敵の敵も敵(5)
国王の独断に迷走する御前会議は本日は散会となった。急ぎ立ちあがったウフルバは会議室の外で立ち去ろうとしている人物を引き止める。
「待て、コージャレ公」
その人物は戦公ラツッパ・コージャレである。
「本当に王城を離れるつもりか?」
「どうして? 陛下はわたくしに謹慎を命じましたわ。臣下としてそれに逆らうことなどできないのではなくて?」
「しかし、貴公を欠いた王国軍はまともな戦術を駆使できなくなる」
彼や臣公ダファクリが戦公に留まることを上申したのは彼女の剣技を買ってだけではない。
「なにをおっしゃるの? 王城に戦公は数いらっしゃるわ。わたくしなどその一人でしかありませんもの」
「貴公は前線に出向かなくとも指揮において非凡なる力をお持ちだ。だからこそ、我らは全体を見通せぬ戦場でも安心して戦えるものを」
「命に逆らってまでできることはなにもないの。それとも、貴殿はわたくしが恨みに思って反逆でも目論むのではないかと危惧しているのかしら?」
そんな考えなど皆無である。ラツッパは忠義に篤いとはいかなくと、信頼に値するだけの義を通す人物だった。
「王国にはまだ貴公が必要なのだ。考え直せ。陛下は私やダファクリ公、モルケトー戦公でお諌めする」
時間は掛かるかもしれないがどうにかするつもりだ。
「いい、ウフルバ?」
「なにか?」
「わたくし、もう未練がありませんの」
王国への忠義は失われたか。
「だが……」
「それくらいマサキとの一戦は充実したものだったわ。剣士のプライドを懸けて彼と戦って敗れた。素晴らしい、悔い一つ残さない勝負。この意味、あなたなら理解できるのではなくて?」
「否めない」
途中から口調が砕けているのは、なんら誤魔化しも隠し立てもない思いの発露であるから。理解できると踏んでいるからこそ彼女は真意を告げてきてくれている。
潔すぎる判断であれど、彼にも痛いほどわかる主張だった。見切りをつけ、退くに値する敗北。それもあり得ると思えてしまうのだ。
「戦士としては本望よ」
曇りない笑顔で言う。
「これからは、少しくらい自分のために生きていくのも許してくださらない?」
「しかし、王国は」
「あなたも感じてるのではないかしら。彼は、全力で戦った結果でならなにもかも受け入れられる相手だと」
怖ろしい言葉を突きつけられる。
「いや、私は国民が平和な生活を送れるよう負けてはならんのだ。それが戦公たる者の務め」
「もっと自分に素直になってご覧なさい。もしかしたら、そうでないと絶対にマサキに勝つことなどできないのかもしれないわ」
「そんなことは」
ないとは言いきれない。マサキは純粋な正義感で戦っている。敵が誰であろうが、どれだけ無謀な試みと思われようが、ただ自分の信じるままに挑んでくるのだ。そんな相手に勝とうというのであれば、自らも捨てなければならないものがあるような気がする。
「もう、よろしくて?」
心変わりはしてくれない。
「最後に一つだけよいか?」
「なにかしら」
「なにもかも投げうって勝つことのみを願えば、私はマサキに勝てると思うか?」
確かな実力者だと思っているからこそ訊いてみたかった。
「きっとよ? 全部捨てては駄目。あの人、結構強かな部分も持ってるわ。わたくしたちと変わらないほど実戦経験があるのではないかと思えるほど」
「確かに。一筋縄ではいかんな」
「武力の優劣をつけるのではなく、同じ人として対峙しないと出し抜かれるかもしれなくてよ。そもそも、まともに相手もしてくれないかもしれないわ」
言うなれば、勝ちに汚い部分もある。彼なりの正義感という芯を持っているからこそ、負けてはならないという思いも強いと思われた。それが、今回のコドアドネ軍迎撃にも表れている。不利な状況を絶対に作らない気持ちがマサキを動かしている。
「忠言いたみいる。参考になった」
「いいえ。格好つけているけれど、負けて吹っ切れたからこそ自分を顧みてもいられるわ。もし、勝負つかずだったらわからなかったかも」
「どういうことだ?」
「わたくしにも強敵を倒して名を挙げたいという功名心が残っていたんだわ」
ラツッパはまるで子どものような笑顔のまま振り返ってしまう。その背中は清々しいほど伸びていた。本当に地位にも名誉にも未練がないのだと思わせられる。
(私はあの領域にまでいつか行けるのだろうか?)
仮に彼女がまだ装鎧戦士でいられたなら、ウフルバでは決して勝てないような気がした。
◇ ◇ ◇
連絡路から抜けだして南下する正輝たち。昨日のうちに回復した小妖精数十名はトレース班の子と一緒に里に送りだしていた。あとは王国と勝負というところ。
「北の隣国は弾き返したから良しとして、王城はどうやって攻略したもんか」
「作戦があるのではなかったのですか、マサキ?」
「これまでは追ってきてくれたからさ、適当なところで迎撃で良かったじゃん。積極的に片づけたかったのは教団のほうだから」
思い知らさなければという思いが強いのはデレキセント教団。しかし、コタカッタ王国もまた妖精種を道具として扱っているのに変わりはない。差があるとすれば、実験などという非道をしておらず、単に生産をしているつもりな点であろうか。
「あんだけガード固いと本拠地に乗り込む度胸ないから引っ張りださなきゃなんない。どうやって?」
「本気でおっしゃってますか?」
呆れ声のエメルキアに正輝は頭を掻いて苦い面持ちを向けた。
次回『避けられない悪化(1)』 「悪いとは……、あんま思ってないけど」




