敵の敵も敵(1)
山脈の谷あいの道を車列が抜けていく。主に貿易路として整備されたものだが状態は決して良くなく、そんなにスピードは出せない。見通しもそれほど良くはない。
そんな状況では賊の襲来など気に掛けねばならないはずなのにその車列は警戒しているふうもない。それもそのはず、数十台にも及ぶ長い車列が乗せているのはコドアドネの軍だからである。
「車輪が軋むほどだぜ。この連絡路も我が国がコタカッタを落としたら整備されるんだろうな」
「当然だ。ただし、敗戦国の民を安く使ってのことだがな。連中に稼ぎ口を充てがってやらなきゃいけない」
「もっともだ」
運転手が前後の車で言葉を交わす。周囲は車輪が地面を食む音以外、トカゲや獣の鳴き声が響いてくるのみ。夕暮れも迫り、彼らもそろそろ停止の合図が掛かって夜営だと思う頃合いである。
「戦公様、今日あたり、戦士隊の連中に狩りでも命じてくれないかね。そろそろ干し肉も飽きて……」
運転手は絶句する。
「おい、チビどもが逃げてるぞ!」
薄闇の中、小妖精の飛行翅の光を視界に認める。その光は車列の一部に取り付いていた。
「籠が壊れてたのか? マズい。どやされる」
「早く捕まえ……」
再度の絶句を促したのは足音だった。「どっどっどっ!」というテンポ良く鳴り響く足音が迫ってくる。運転手は、まさか怖いもの知らずの賊が襲ってきたのかと目を凝らす。
「う……そだろ」
猛スピードで斜面を駆けおりてきたのは赤目の装鎧戦士だった。バトルスーツのボディのあちこちには見慣れた黄色い発光部があるので間違いない。薄闇を斬り裂くようにやってきたかと思うと、一台に体当たりをして吹き飛ばした。
「ちょ……」
まるで玩具のように宙をくるくると舞った車が地面に落下してバラバラになる。放りだされたのは魔法師。適宜配置されている魔法師の車が狙われたのだ。中身は投げだされて目を回しているか大怪我に呻いている。
「敵襲! 敵襲!」
「コタカッタ軍だ! いや、ほんとか?」
軍という数ではない。見るかぎり装鎧戦士が一人だけである。ただし、その一人だけが軍において最強の存在なのは否めない。
「逃げろ! ありゃオレたちには無理だ!」
「装鎧戦士が駆けつけるまで待て!」
怒号が飛び交う。
そうしているうちに装鎧戦士は車の一台を止めてこじ開けると中身を解き放ってしまう。小妖精の籠を満載していた車から大量の小さな影が溢れ、飛行翅がその装鎧戦士の周りに集まったかと思うと山へと飛び去っていく。
「馬鹿な。どうした。チビども、飢えるの覚悟で逃げだす気になりやがったのか」
本来なら籠詰めする必要もない。小妖精は人の精気抜きでは生きていけないからだ。そんな常識を覆す事態になっている。
「来た」
車の陰で怯えていると、聞きつけた軍の装鎧戦士がやってくる。ようやく事態が終わると思って運転手は安堵した。
しかし、槍を手にした勇猛なはずの戦士たちが急ブレーキで止まる。襲ってきた装鎧戦士が両手に光る刃を生みだしたからだ。見慣れぬ技に呆気にとられている。
「敵の威力偵察だ。討ち取れ」
命じられた装鎧戦士三人が槍を突きだしたまま突進する。ところが、凄まじい速度で間合いを詰めた敵が剣を二閃させると、その装鎧戦士は倒れ伏して光りに包まれる。光が収斂して小妖精を生みだすと他の戦士は躊躇う。
「装鎧を剥ぎ取られた。我が国有数の装鎧戦士が」
突進した三人が三人とも剥奪を受ける。一人は斬りたおされて瀕死状態になり、もう一人は敵戦士にキックを食らって数十mは飛ばされると光をまとった。次々と失われる軍の最大戦力を運転手は信じられない思いで眺めているしかできない。
「援護を」
魔法師たちが遅れてやってくるも、敵戦士を抑え込む前に反対に吹き飛ばされる始末。それ以上の救援も望めない。赤目の戦士が光の剣で指し示すと大地が爆ぜ、その車が天高く飛ばされている。
「悪夢か。いったいなにが起こってるんだ?」
このときはまだ少し希望が残っていた。彼ら、コドアドネ軍先陣を指揮している戦公がまだ後方にいる。走りトカゲに乗り換えた歴戦の勇者がどうにか間に合ったところである。
「宣戦布告を済ませたとはいえ、いきなり奇襲とはなにするものぞ!」
「もう、してたのか。そりゃ知らなかった。無関係なんでね」
「なにを言う」
「あんたらには恨みもなにもないが、かき混ぜられるのは迷惑なんだよ。さっさと退いてくれね?」
被害甚大の折り応えてもいられず、戦公が走りトカゲに乗ったまま突き掛かる。ひらりひらりと回避する敵戦士はその間にも数人の王国戦士を斬り伏せていた。そして、最後の瞬間がやってくる。
「エクステンド」
「ぐあ!」
騎乗したまま串刺しにされた戦公がもがき苦しんだ挙げ句剥奪される。失血で体力を奪われた戦公が手を伸ばすが敵戦士は意に介しない。
「こんなもんか。モーズオも来るのかと思って警戒してたのが馬鹿みたいじゃん。あんたら、懲りたらさっさとまわれ右して帰っとけ」
薄情な台詞を残した装鎧戦士は来たときと同じように駆け去っていく。向かう先に光が見え隠れしているのは、逃げた小妖精たちが集まっているからだろうか。その光が見えなくなった頃に運転手は脱力した。
「どうなるんだ、これ」
彼の目には散々たる有り様の友軍車列が映っていた。
次回『敵の敵も敵(2)』 「あれだけ痛めつけとけば戻るしかないだろ」




