聖堂裏の衝突(1)
正輝はコタカッタ支庁の施設配置を把握している。順当に考えれば、襲撃は警備が手薄な夜行うべき。各施設が昼夜でどの程度人口変動があるかはわからないが、すくなくとも聖堂に信者はいないし、準司祭もいないので無駄な被害者を出す心配はない。
「だいたい改造できそうなとこはしたから、もういいかと思ってる」
「え、そうですか?」
ネクリハは不満そうだ。
「物見遊山のつもりで来た王都にもずいぶんと長居したからさ、そろそろ発つかなって」
「王都も離れちゃうんですか? そんな」
「俺って、結局旅が嫌いじゃないんだよ」
王都に住むのであれば車の所持など必要ない。職人が用いる材料を運ぶくらいの頻度であればレンタル車で十分だし、そんなサービスもある。重たい車など維持する理由はない。のんびり、あちらこちらと旅するのに必要なのだと説いてきかせた。
「だったら、わたし……!」
「ん、なに?」
口ごもっている。
「わたし……、司教様に手間賃をお支払いするよう言わないと」
「おう、もらうもんはもらっとかないと」
「では、一緒にまいりましょう」
気落ちしているような仕草の娘についていく。
「もう、王都には?」
「ふらふらするから寄ることも少なくないんじゃね?」
「いらっしゃったらまた支庁にも立ち寄ってくださいますか?」
適当に安請け合いする。ただし、次にウダマンに来たとき、支庁が機能しているかどうか怪しいところ。教団が装鎧少女に関わる研究をどれだけ重視しているかによる。失われたのなら要不要を問うくらいであれば廃止や規模縮小もあり得る。
(派手にぶっ壊させてもらう気だからさ)
一般人やそっち寄りの準司祭はともかく、関係者の生死など気にならない。
「そうですか。発ちますか」
司教はネクリハの呼び掛けに応じる。
「残りの手間賃を払いますが……」
「いや、今さらまけろとか言わないでくれ」
「いえ、マサキ殿は水まわりのことなど詳しくはございませんか? 戦士棟や研究棟の者が使うシャワー室など不便を訴える声があるので、一度見てもらおうかと思っていたところです」
別の仕事を頼まれそうだ。
「はっきり言って詳しくはないし、それに、そのへんってあんまり立ち入ってほしくないって言われたあたりじゃね?」
「まあ、そう言わずに。立ち入り許可は出しますから一度ご覧になってください」
「司教様」
ネクリハが手を組んでありがたそうに司教を拝んでいる。そんなに手放したくないのだろうかと訝しんでしまう。そのうち、専属職人になどと言いだしそうで怖い。
「王都のギルド職人に恨まれたくないんだけどさ。そうじゃなくても睨まれてそうなのに」
「とりあえず見てご覧なさい」
司教は聞く耳持たない。
(こいつ、準司祭たちにいい顔したいだけじゃないのか?)
正輝はそんな考えに捕らわれる。
(まあ、研究棟に近づいて周囲の様子を窺えるのはありがたい。夜中だと上からでもそんなに明瞭に見えてるわけじゃないし)
黙って後ろに従うことにする。準司祭もそう入れないところらしく、ネクリハも物珍しそうに見まわしていた。確認しておいた戦士棟を過ぎ、研究棟の裏手のほうへと向かうルートを辿っている。
「おお、司教様」
一人の男と出会う。
「そちらは?」
「機材類を見てもらっていた職人の方ですよ」
「ああ、噂になっていた者ですか。準司祭の仕事が早くなって食事が滞らなくなったのは彼のお陰らしいですね」
そんな噂が流れていたらしい。
「はい。こちらは神具官殿です、マサキさん」
「話には聞いてたが本当にいたんだ」
「もちろんですよ。めったに表側には顔を出しませんから会ったことはありませんでしょうが」
神具官が胡乱な目つきでエメルキアやランゼッタを見る。疑っているのかと警戒した。
「ずいぶんと美しい少女をお連れのようだ。まるで、装鎧少女と見間違うほど」
セーフらしい。
「預かった子だけど家族みたいなもんなんでね。変な目で見ないでくれると助かるんだが」
「すまない。普段から装鎧少女と接することが多いので、つい似ていると気になってしまう。気を悪くしたのなら謝罪する」
「いいって。こっちも喧嘩腰ですまなかった」
装鎧少女を実験動物みたいに扱っているかと思うと苛立ちが抑えきれなかった。口調が荒くなってしまったのは謝っておくべきだろう。当面は波風立てるつもりではない。
(なんだったら、このあたりもしっかり下見してからの決行でも遅くない。退路確保とか確実を期してからがいいもんな。そもそも、契る前の装鎧少女が何人くらいいるかもわかってない。わかってると間違いがないじゃん)
必死に自制心を働かせる。
「司教様、今日はご許可をいただいていた例の実験をしているのですが、ご覧になられませんか?」
妙な提案をしてくる。
「しかし、今は彼を案内しているところなのですが」
「少しだけです。そろそろ摘出したところだと思いますので。君も技術者ならば多少は興味があるのではないか」
「摘出? なんの?」
神具官の男が研究棟の扉を開く。そこにはベッドが置かれていて、少女がベルトで固定されていた。その右目がえぐり取られてトレーに無造作に転がっている。何人もの神具官がその目玉にメスのような切断具を向けようとしているところだった。
「助けて……」
彼を認めた少女が訴えてくる。
正輝は全身の血が沸騰したのではないかと思った。
次回『聖堂裏の衝突(2)』 「だからって許す気なんてないから覚悟しろよ」




