生まれの差(1)
(そろそろ来る頃)
最近はネクリハが迎えに出ずともマサキは裏口から入ってくる。
準司祭は朝から忙しい。前日に仕込んであった朝食を仕上げて配膳し、そのあとは掃除や洗濯物を片づけて一気に干す。
そうしているうちに、いい時間になってしまうので昼食の仕込みに入って、残りは煮込みになった頃合いのちょっとした隙間時間に賄をいただく。そして、昼食の配膳が終わった昼前になってようやく余裕のある時間が訪れる。
「今日もきれいに咲いてくれた」
花壇を眺めている。
お昼どきとなると聖堂を訪れる信者も少ない。案内に追われることもないので交代で休憩を取るのが可能。以前は同僚とおしゃべりに興じることが多かったが、ここしばらくの間はマサキの担当みたいになっている。
「妹さんにお花をあげたら喜んでくれるかしら」
摘もうかと手を伸ばす。すると、草花の間からなにかが飛びだしてきて彼女の肩にぶつかった。尻餅をつき、呆然と見あげると結構大きな飛びトカゲが滞空しながら威嚇してきている。
「きゃあ!」
怖くて身を縮こませる。通り掛かった同僚が悲鳴を聞いて集まってくるが、彼女たちも飛びトカゲが怖くて近づいてこられない。噛みつかれるかと思って目をつむったがいつまでも痛みはやってこなかった。
「大丈夫かい?」
「あ!」
目を開けるとマサキが立っている。手にはジタバタともがく飛びトカゲ。「ジージー」と威嚇しているが彼はまったく意に介さない。
「これ、そんなに怖い?」
「怖いです。だって、街中にはこんなに大きいのいないんですもの」
「そりゃそうか」
なんてことないように掴んでいるが全長で30cmはあるトカゲだ。身をくねらせて暴れるのも怖いし、大きな目に縦割れの瞳も不気味でしかない。
「支庁の中って花壇多いじゃん。蜜ヒルとか花ネズミもいるから、狙って夜の間に入り込んでたんじゃね?」
「よく触れますね」
「え? こいつ、俺の主食みたいなもんなんだが」
沈黙が流れる。つい信じられないという目で見てしまった。もちろん、調理されたものならネクリハだって食べなくもないが食材としては珍しいほうになる。
「いやいや、大げさに言っただけだって。俺だって、メインは平パンとかだぜ」
少し焦ったように言う。
「でも、胴体は肉にするし、頭や尻尾、骨は煮込めばいいスープになるから、練った麦粉を入れて煮麦にしたりして食うじゃん」
「料理としてならなくもないですけど」
「そ、そう? 普通だと思ったんだけどさ」
ずいぶんと食生活に差があるようだ。先日のデートでは、普通の料理ばかりを平らげていたので差はないと思っていたが違ったらしい。
「あはは、その普通は田舎の子の普通だから」
仲良くしている同僚がやってきた。
「ほら、あたし、外の農家の子でしょ? そのへんはマサキさんと意見は合う。親がトカゲ取ってきて普通に食べるよ」
「そうなの?」
「だろ? ちょっと焦ったぜ」
同僚が王都では下宿して通っていると説明している。
「こいつは食わない。チビだから食うとこないじゃん」
「そうね。まだ子どもだし」
「十分大きいです!」
30cmサイズが飛んで噛みついてくると思ったら恐怖でしかない。開いた口の中には小さな牙がずらりと並んでいるのだ。
「大丈夫だって。この種類は大きくなっても60cm超えるくらいがせいぜい。そのあたりが食べ頃」
怖ろしいことを平気で言う。
「噛むのだって、逃げるためで人間を食おうとしてんじゃないからさ。肉食だけど」
「そうそう、飛びヒルとかネズミとか狙って飛んでるだけだもん」
「えー、でも噛まれたら痛いでしょう?」
噛まれたことはないが。
「まあ、普通に血が出る程度? バイキン入るの怖いから洗い流すくらいで気にはしないな」
「強いんですね」
「というより、獣に比べて狩るの楽だし数多いじゃん」
ずっとウダマン暮らしのネクリハには想像もつかない生活の話をされる。旅暮らしとは聞いていたものの、思ったよりはるかにワイルドだった。
「そういえばネクリハの家って仕立て屋だったもんな」
彼も知っている。
「えー、そんなに親しくなったの? ずるー」
「デー……、この前お出掛けしたときに送ってもらっただけです!」
「なんだ。送られて終わりだったの。もったいない」
からかわれているだけだと気づいた。
「もー!」
「せっかくのチャンスだったのに」
「知らない」
膨れてみせると同僚も取りなしてくる。マサキは緑地の端まで行って、飛びトカゲを空高く放り投げているところだった。
「もう怖くないだろ?」
戻ってきて言う。
「はい、ありがとうございます」
「あれは、もうちょっと育ってから食う」
「マサキさんも意地悪です」
軽く睨みつけた。
「怒るな怒るな。別に合わせろって言ってんじゃない」
「でも、普通なんでしょう?」
「都会には都会の暮らしがある。トカゲが怖いのは当たり前だって思ってるって」
生まれ育ちの差が感性の違いに繋がっているのは仕方がないと思う。しかし、このときほど実感させられたことはなかった気がした。
(食生活の違いって夫婦仲に一番影響しそうなんだもの)
変なところで不安に駆られているネクリハであった。
次回『生まれの差(2)』 「いやいや、そんな馬鹿な」




