街壁の中(5)
臣公ダファクリ・メーゲレは困ったことになったと思う。国王ポストカ・センテドールの怯懦を臣民に明らかにするわけにはいかない。そのためにも早急に件の謎の装鎧戦士を討伐せねばならなかった。
贅沢ともいえる討伐軍編成をしたのは確実を期す意味でだ。他国に軽んじられないようにするには、本気になれば国内の騒乱などすぐに解決できる力を示すため。
(ジーギラ戦士団が敗退するだけではなく、デゼン戦公が戦死にコージャレ戦公が剥奪。完全な敗北ではないか)
近隣国家を勢いづかせるだけの結果になってしまった。
「どうするのだ、メーゲレ公」
「現状での攻勢や警備強化は下策と申しましょう」
国王ポストカは彼の助言で執務室以外の場では威厳を保っているものの、こうしてダファクリと二人となると弱音しか聞こえなくなる。元より気弱で、古参の臣公で支えて玉座に座らせていた王。もし、人材に恵まれていなかったらとうにコタカッタは攻められていたかもしれない。今は悪い部分が顕著に出ている。
「北の国境にはジーギラ戦公を送ったので容易に抜かれることはないでしょう」
責任を取らせた形ではあるが、先を見越した配置でもある。
「沿海領の戦公を動かすわけにはまいりません。北西の列強が海路軍勢を送ってくる可能性もございます。守りは外せませぬ」
「例の怪物装鎧戦士がいつ余の座するウダマンを狙ってくるかわからぬではないか。まずは王都を守らせよ」
「ご再考ください。本当に怖ろしいのは装鎧戦士一人ではなく近隣国家の侵攻です。人的損失を被っているだけの騒動と、国土を食い荒らされる侵攻とを同列に扱ってはなりませぬ」
どちらが被害が大きいか。
「余の守りが薄くなっているに他あるまい」
「しかし、国土防衛がままならなくなれば、直接国民の不満に繋がりますれば。王室の無為無策との誹りは免れません。国土も守れず、民衆の反逆まで始まれば王国は終わりにございます」
「み、民衆など……」
その続きを口にする度胸もないようだ。
当初は件の装鎧戦士を、北のコドアドネ王国の工作だと勘ぐっていた。地政学的に最も厳しい場所である。西に列強各国、南の我が国に挟まれた角地。両側に警戒をしておかねばならない状況を打破するために、せめて南だけでも弱体化を図りにきたのではないかと。
ところが、連動している様子はない。それどころか、もっぱらの狙いは教団支庁に偏っており、王国は後回しにされている感がある。
(別の意図で動いているとしか思えぬ)
ダファクリはそう推察した。
ゆえに、警戒を怠れない。だから、装鎧戦士対策が後手になる。しかし、脅威は脅威。このジレンマを乗り越えられない。
「しかしだ、メーゲレ公。教団などぼろぼろではないか。我が王都もあのようにされてしまうのではないかと思えば」
王はまるで、口にすると現実になりそうだと怖れているように口ごもる。
「教団は王城に小妖精の供出を再三要請してきている。半ば機能していないのであろう?」
「疲弊しているのは教団ではありませぬ。ロアーザ・キュムクラム大司教が意地を張っているだけで、その気になれば他の支庁から取り寄せるのも可能。放っておかれればよろしいのです」
「しかし、あれらの反感を買うのも民衆の心が離れるのではないか?」
判断力は残っているらしい。
「それは確執が本格化したならばの話です。逆に、我らが王都をしっかりと守っているかぎり、支庁も安全でありましょう? 強くは出られないはずですので」
「そなたの言うとおりかもしれんの。大きな口は叩けんか」
「モルケトー戦公には、王都駐在の戦力で反逆装鎧戦士対策を講じるようご下命なさったでしょう? その結果を待ちましょう」
まだ、物言いたげな国王を宥めねばならないダファクリであった。
◇ ◇ ◇
コタカッタ支庁を治める大司教ロアーザ・キュムクラムは頭を抱えていた。これまで散々けしかけて、ようやく王国が本腰入れたかと思いきや、その討伐戦士団が壊滅的打撃を受けて敗退してきた。決して侮っていた編成ではないのは彼にもわかっている。それでも負けたのだ。
「いったい何者なのだ。教団になんの恨みがある。どうすれば討伐できる。誰かあれを討てるものはおらんのか?」
そう命じても返ってくる声はない。
教団戦士は温存されているものの、王国ほどの層の厚さはない。そもそも、戦争をするような軍ではないのだ。討伐すべき異教徒や異教国家などジノグラフには存在しない。世界はデレキセント教団で制覇されている。そのはずであった。
「誰が教団に牙を剥こうと考えるか。世界を相手に戦うのと同義であるぞ? それなのに、無謀な試みをするか」
どうして相手に教えればよいのか。これまでであれば所在の王国に圧力を掛けるだけで済んだ。世界を救う教えを説いた教団には逆らえないからだ。
それなのに、今回ばかりはむしろ教団がターゲットにされている。しかも、末端から攻められて、いつの間にか首が回らなくされていた。
「二重装着者の脅威など」
強がりでしかない。
「コタカッタなど本庁に上がる腰掛けとばかりに思っていたのに、我が栄達を阻むとは。なにゆえコタカッタに現れたか、反逆者め」
しかし、今のロアーザにできるのは王城に討伐団の編成を急がせる書簡を送ることだけだった。
次回『街壁の中(6)』 「立派な説教してるけど内実はそんなもんか」




