街壁の中(4)
「悪いんだ。あんな純そうな娘を騙して」
「いいじゃん。こっちから近づいたんじゃないぜ」
宿に戻るなり饒舌になったティナレルザの揶揄に正輝は片眉を上げる。
敵情視察とばかりに乗り込んでみたら、いきなり内部の人間と顔繋ぎができてしまった。これを利用しない手はないと思ったのは事実である。
「綱渡りよ。バレるんじゃないかってひやひやするわ」
最初の頃の教会襲撃では顔もさらしている。
「手配されてないのが不思議なくらい」
「前はそれほど警戒されてなかったろ? 最近は顔バレしないよう変身してから出向くようにしてんじゃん」
「当初は教会を襲撃されることが衝撃でしたでしょうから、それどころではなかったでしょう。最近はかなり警戒されていると思いますけど」
エメルキアも注意しているていど。
今回も、コタカッタ支庁が外部の人間を拒むのは難しいからと計画した偵察である。予想どおり多くの人間が出入りしているので警戒のしようがない様子だった。
「上のほうはまだ、できれば大げさにしたくなくて王国内で収められるなら収めたいってって考えている証拠だな」
正輝は予想する。
「すでにのっぴきならない状態だって自覚がないのかも」
「たぶんそうだな、ランゼ」
「それにしても無警戒すぎ。いつ王都まで手を伸ばしてくるかもとか考えないのかしら」
ティナレルザは呆れ気味である。
「下も情勢は怪しいなって思ってるんじゃね? でも、襲撃者が装鎧戦士だってくらいは知ってる。だから、戦士は警戒すると思うぜ」
「マサキが戦士には見えないから無関係だと思ったんですね」
「俺って、そのへんの一般人にしか見えないじゃん」
そう言うと、ロナタルテまでが細目になったのは心外だった。きっちり演技したつもりだったのに役者として力不足を問われたように感じてしまう。
「演技はできてたと思う。でも、ネクリハはマサキの顔しか見てなかった」
ランゼッタに指摘されて「う」と口ごもる。
「利用する気は満々だったのでしょう?」
「そうよね。如何にも気を持たせるような言い方だったもの」
「思わせぶりー」
集中攻撃だ。
「お陰でバックヤードまで入れたじゃん。誰もが入れない場所から全体の構造を把握するにはこのうえないんじゃね?」
「仕方ないわね。人間の女に媚びたのはそれで相殺してあげる」
「うわ、浮気者扱いじゃん!」
泣き言をもらすと皆が笑った。軽いジョークはここまでというところか。
「完璧に面割れしてるのはジーギラ戦士団の面々くらいだな。ウダマンなんだから、いつ遭遇するかわからない。ほんとはどのあたりまでセーフなのか測りたいとこなんだが」
相手は戦公という貴族っぽい階位の人物だ。
「おそらく、この宿がある下町までは出てこないでしょう。支庁のあるブロックあたりになるとやや怪しいかもしれません」
「ウフルバ本人は大丈夫でも、戦士団の連中は下町をうろつく可能性もあるんじゃない?」
「あるかもしれませんね。特に男性は色街あたりにくり出してくるかもですし」
エメルキアが指摘する。
「できれば、ルキにはそういう考えを持たないでいてほしかったんだけどさ」
「現実から目を逸らしてはいけません。マサキも解消すべきものがあるのではありませんか?」
「しないしない。あるけど行かないって」
際どいトークになる。あまり深入りすると、自分やランゼッタで解消しろとか言いだしかねないので速やかな転換が必要だ。
「全体の把握は基本夜だな。昼間は支庁に出向くくらいにしたほうがいいと思う」
窺いつつ提案する。
「中にいるうちに、私たちが素知らぬふうに飛びまわるのがいいかしら」
「偵察するー?」
「それもいいんだろうけど、あまり離れないようにしてくれ。ネクリハも言ってたみたいに、教団の奴ら、小妖精を欲しがってる可能性が高い」
捕まえようとするかもしれない。
「そうね。ルキやランゼは素性を誤魔化せても、私とロナは無理だもの」
「ほんとは連れてかないのが一番かもしれない。でも、二人の視点も重要だしな。難しいとこ」
「十分注意する。みんなとあまり離れない。そのあたりでどうにか、ね」
「もしものときはすぐマサキのとこー」
逃げ場所にしてもらうのが順当だろう。彼ならば、いくらでも守る手段がある。正直、一気に攻め落としてもいいのではないかという閑散ぶりに感じていた。
「表向きは平穏に見えても支庁は支庁だもんな。どこに教団戦士が溜まってるかもわかんないし、できるだけ準備を整えてからにしたいな」
「王都ウダマンだというのも忘れずに。教団支庁から逃れても、警備隊にも相当数の装鎧戦士が配置されていてもおかしくありません」
「そうだな、まずは全体像の把握から進めないと無謀な試みになる。一番の難所だってのを忘れないようにしないと」
おそらく、支庁内には契りを交わす前の装鎧少女も少なからずいるはずだ。少女たちを無事連れだそうと思えば、退路の設定と確保は最重要課題になる。そのために回りくどいことをしようとしているようなもの。
ネクリハには申し訳ないが、正輝は徹底的に今の立場を利用する気であった。
次回『街壁の中(5)』 「余の守りが薄くなっているに他あるまい」




