心と身体の距離(2)
「俺の感性だと、この世界はひどく歪んでる」
正輝は明言する。
「ところが、ジノグラフの住人自身はそうとも思ってないときた。人族は自己正当化に勤しんでるし、妖精種は妖精種で依存する相手に選んだ心苦しさから、ある程度は許容すべきだとあきらめてるってとこじゃね?」
「否めません。どれだけ苦しもうが、反逆しようなどとしなかった事実が物語ってます」
「人間もそこにつけ込んで洗脳してきたってのもあるけどな。どちらにせよ、歪んだ関係のまま安定しちまったのが現実」
正しいか正しくないかとは異なる。調和できてしまったのだ。そこに大きな問題があった。
「当事者は目を逸らしたけど、それを良しとしない誰かがいたとしたら?」
疑問を投じる。
「それがゼアネルヒ様だと?」
「いや、もっと大枠だ。ジノグラフそのものが歪みを嫌ったとしたら?」
「そんなことがあり得るのですか?」
慮外のことに目を丸くしている。
「自然ってのは寛容に思えて意外と不寛容なんだ。予定調和って考えがある。一定条件下で育まれた生物は、どれも役割に応じた、似た形態を取るものなのさ。収斂進化っていう」
「そんな考え方が」
「なのに、歪んだまま安定しようとしてる種がある。それも複数。矯正する力が働いても変じゃなくね?」
正輝の理屈にエメルキアは考え込む。少女の常識にはない理論なので受け入れがたいのかもしれないが、理解してもらわねば話が進まない。
「それがマサキで、ゼアネルヒ様は察したのだと?」
どうにか寄せようと努力の跡が見える。
「あれほど自然と一体化していた方だ。意思を感じ取っていたのかもしんないなって」
「わからなくもありません」
「だったら、流れに従ったほうがいいんじゃね?」
重すぎなくなるように心掛ける。
「だとしても、マサキの心は置き去りです」
「それなんだよな。俺としては決めつけられたくない」
「でも、わたしとあなたは違う種なのは間違いないんです」
身体はもちろん、心の在り方も違うと思いたいようだ。しかし、正輝は違うとは思っていない。
「そろそろ認めてくんない?」
誘い掛ける。
「俺は同類だと思ってる。そもそもだ、ゼアネルヒ様が作った禁域には人間は入れないはずだろ? 入れる時点で妖精種寄りだって思えない?」
「それは希望的観測です」
「確かに俺は人間だ。ジノグラフの人間とはちょっとばかり、特に色素形成とか違う点はあるけどおおよそ身体構造的に人間。精気を生みだせるとこも同様」
認めるべき点は多い。
「でも、意識は君たち寄りなんだよ。俺がどうして服装とか倫理観に関して注文が多いと思う?」
「マサキの世界の常識だからではないですか?」
「いいや、俺が君たちをちゃんと異性として見てるからだ。そうじゃなきゃ、そんな発想には至らない。動物たちが服を着てないからって注意したことある?」
当然のごとくない。言うまでもない質問をぶつけて意識を変えさせる。
「妖精種が少女の形態を取ってるから誤解が生じてるだけです」
意外と強情だった。
「仲間と認めてくれよ。俺は君たちと一緒がいい。君たちが安心して暮らせる姿が見たい。君たちが喜んでいるとこが見たい。そのためなら頑張れる。それじゃ駄目なのか?」
「駄目じゃないです。……でも、認めてしまったら……心が近くに行ってしまいます。離れられなくなる」
「離れないでくれ」
溜まった涙の雫を親指で拭い去る。
「普通にルキを愛してる。みんなを愛してる。みんなのために人間の身体をして変身できるなら好都合でしかない。一番歪んでるのはお前だって笑ってくれてもいい。この感情は嘘じゃない」
「笑えません。だって、わたしも同じだもの」
「そりゃよかった」
感情が溢れてしまったか、エメルキアは自然に唇を重ねてくる。普段なら問題視して拒む彼も、今だけは自分に嘘をつけなかった。しばらく、そのままでいる。
「どうして垣根を取り払ってしまうのです?」
「気に入らなかっただけさ。俺も強情なところがある」
「いけませんよ。マサキが欲しくなってしまいます」
「でも、独占したいなんて言いださないのがルキなんだよな。ちょっと不満」
身体の距離が心の距離と等しくなった二人はそのまま重なり合っていた。ヤバい雰囲気になってきたと思ったところでどうにかストッパーが来てくれる。
「ズルーい! ロナも仲良しするー」
「おう、仲良ししような」
「えへー」
張り付いてきた小妖精に頬ずりすると嬉しそうだった。エメルキアも、本当の意味で皆との距離が近いのを喜ぶ心持ちになってくれたようだ。
「マサキはもっと頑張ってくれるそうですよ?」
「やったー。ロナももっともっと頑張るー」
「皆でマサキに頼りましょうね」
将来をただ夢見る気持ちでいてくれる気になったようだ。そうでいてくれれば彼もまた気後れすることなくすごせる。
「で、お願いがあるんだけどさ」
「なんですか?」
変な期待をしていそうだ。
「バイクも新素材で作り直してもいい?」
「まさか、それが目的でこんな話をしたんじゃないですよね?」
「ちょっとだけ」
「むー!」
正輝は脇腹をつねられて悲鳴をあげる羽目になった。
次回『機材更新(3)』 「どうやってルキを懐柔したの?」




