心と身体の距離(1)
やはり操舵輪に動力を繋げるのには難航した。おおよその構想はあったものの、細かい部分で齟齬が生じる。正輝はランゼッタと唸る時間を経て、どうにかシャーシフレームにパワーユニットと車輪を組み付けるのを五日でクリアした。
「やっとか」
苦労の果てに車体が一つ。
「ボディと他諸々は小さいパーツを組みあげてくだけの作業だから問題なし。シート周りは頼んだものができる頃合いだろ」
「薄皮張りにポリエステルの表地が接着されてれば運転快適」
「革張りに直座り長時間はしんどいもんな。これからは汗で張り付いたりしない」
さまざまに提案した改善点が惜しげもなく投入された新車両になる。走破性だけを追及するでなく快適さにも配慮された仕上がりになるはずだ。
「さあ、もうひと頑張り頼むぜ」
「あーい」
結局、七日を投じて完成したピカピカの新車両。住空間としても十分だと好評だった。コタカッタ王国が温暖なだけで、寒い地方では足りない点も多かろうが当面は事足りる。
「試乗はまたにして、ちょっとのんびりするか」
「うん、ぼくも疲れたかも」
ランゼッタに休養してもらって、正輝はエメルキアを誘う。放置しがちになったのでフォローが必要だろうと思う。ちょうど天気の良い日だったので、サンルームの一つに入って大樹に背中を預けた。少女は膝の上である。
「見え見えですよ」
そうは言いながらも、エメルキアは満足げに身体を預けてくる。
「別にご機嫌取りをしようってんじゃないぜ。なんか、思うところあるんだろ?」
「わたし、そんなに変でした?」
「ちょっとな。なにを怖がってるのかわからなかった」
彼女は構ってもらえなかった程度でヘソを曲げたりはしない。かなり寛容なほうだ。露骨におざなりにでもしないかぎりは大丈夫だと確証がある。不機嫌に見せるのは甘えたいときのポーズであって、本当のところは違う。
それなのに、エメルキアが彼に厳しいことを言うとすれば原因は内面にある。なにか気後れするような思いがあるのだと感じた。例えば、正輝が必要以上に妖精種に傾倒して、人間社会との決別するのを避けたがるような。
(あまり心が近づきすぎるのを良くないと思ってる素振りだな)
厳しいのもポーズなのだ。
「…………」
少女は静かに向き直ってくる。
「誤魔化しはききませんか」
「無理だな。ルキはそんなに悪い子じゃない」
「嫌なんです」
声音には切実な思いが含まれている。吐露するのさえ怖れているかのようだ。
「マサキはきっと、もっと妖精種の生活を良くしてくださるでしょう」
信頼の言葉は心地いい。
「でも、このままでは使い潰されてしまう。わたしたちのためだけに生きていくあなたを見るのは心苦しいどころではないのです」
「それが俺の望みでもか?」
「それでも、です。その気になればはるかに長寿な妖精種が人間のマサキを利用するだけの図式です。そんなのはいけない。マサキにはマサキの幸せがなくてはならないと思うから」
瞳をうるませていることで本音だとわかる。
「俺の幸せは俺の中にしかないんじゃね?」
「ええ。そして、人間の幸せは人間の中でしか味わえないのです。あなたはそこからどんどんと離れていってる自覚を持っていますか?」
「そうだな。心はとうに離れてる。最近は立ち位置さえ距離ができてきたのはほんとだな」
一般人は敵にしたくないとはいえ、そこに交じる気持ちはない。そもそも、敵にしたくないと考えることも、自分とは違うものを語る感覚でいるのだ。
「それではマサキの貢献だけが置き去りになってしまいます」
彼にもメリットがあるべきだと思っているらしい。
「頑張ってくださればくださるほど心に重いものが滞っていくんです。ましてや、危険度が下がることなどないでしょう。もし、マサキの負担が限度を超えてしまったとき。もし、それであなたが命を失うようなことがあれば、わたしはどんなに悔いることでしょう。心が壊れて消えてしまうかもしれません」
「それは困るな」
「わたし一人のことなら別に。でも、妖精種が捧げられるのが感謝だけであれば、それは事実上利用しただけなのも同然です。とても耐えられない」
とうとう顔を伏せてしまった。
「ルキは無償の愛に溺れてしまいそうなのかい?」
「そんな綺麗事ではないでしょう?」
「そうだな。……ゼアネルヒ様はどうして還ってしまったんだと思う?」
あまりの話の転換にエメルキアは変な面持ちになる。誤魔化されないとばかりに口を尖らせた。
「きっとですが、わたしが少しは前向きになったのを察せられていたのだと思います。お疲れになっておられたでしょうし、マサキが来たことで独り立ちの時期だと考えられたのでは?」
ゼアネルヒ自身も語ったことを反芻している。
「俺はそれだけだとは思ってない。たぶん、俺の中になにかを見た。それと、俺と関わることで変化したルキの中にもなにかを見た。だから、安心したんじゃないか?」
「安心、ですか」
「たぶんだけど、それが俺がジノグラフに来た理由とも関係してるんだと思う」
正輝はずっと考えていたことを少女に打ち明けるつもりになった。
次回『心と身体の距離(2)』 「俺としては決めつけられたくない」




