西部周遊(2)
王国戦士団の大規模討伐作戦から逃れた正輝は、追跡を怖れて妖精種の里に不用意に近づけないでいた。しばらくは尾行を確認するためにあえて西側沿岸部へと進路を取る。
「ついでに海水魚も堪能しよう。前に話した刺し身も食わしてやるからさ」
「それはいいけど、ぎゅうぎゅう」
「ごめんな、ランゼ。もうちょい我慢して」
なにせ、車内は小妖精でいっぱいいっぱい。バイクの彼が何人かシャツの中に匿っているものの、焼け石に水という状態である。早く後を尾けられていないか確認して中央森林帯を目指したいが、沿岸部に行くなら行くで無為に過ごしたくはない。
「で、これが布だ」
立ち寄った港街の商業ギルドでのこと。
「織るとこんなになる」
「なんだ、この生地は。伸縮性もあるのに、適度に光沢も出る。肌触りもいいし、洗濯にも強いんだな?」
「思いきってグシャってしてみろ。他の生地みたいに簡単に毛羽立ったりしないぜ」
ギルド職員は「おお、すごい」と感嘆している。
「どうやって作るんだ?」
「この特性の糸を使えばできる」
「その糸はどうやって?」
「それだけは教えらんないな。俺の儲けの種だ」
職員は垂涎ものという目で糸巻きを見ている。本当は製法を知りたいのだろうが、いかんせん、この糸は妖精種でなければ作るのは難しい。教えるも教えないもないのだ。
「あの木箱いっぱいにこの糸巻きが詰まってる。どうする?」
職員は一も二もなく買うと言った。
「ちょっとばかり値は張るぜ?」
「仕方ない。高級衣類として扱う」
「どう売るかは好きにしてくれ。俺はあれの買い手が付けばいい」
収入が心許なくなっていたので、港街には資金調達に立ち寄っていた。里で作られたポリエステル糸は大量にクロスカントリー車に積んであった。それを軍資金にする。
「もう一個の木箱は何だ?」
「知りたいか? 後悔すんなよ」
もったいぶると職員は余計に前のめりになる。
「こいつを見ろ」
「なんだこの感触は。薄いのにスベスベだ。うお! いくらでも伸びるぞ!」
「いくらでもは言いすぎだ。でもな、伸縮性には自信がある。さらに特殊糸で繊細に織ればこんな生地ができあがる。その糸がもう一個の木箱いっぱいに詰まってるとしたら?」
にやりと笑って吹っ掛ける。
「頼むから売ってくれ。どこにも持っていくな」
「話次第だな」
「言い値で買うから」
エメルキアたちのまとうスパッツを示し、例題として使い方を示すと目を皿のようにしている。どうせ、買い取ったら研究して同じ物を作ろうとするのだろうが、まず作れないと思える。まさか、そのへんで安価に仕入れられる植物油から糸ができるなどという発想はジノグラフの人間にはない。
(こいつは里の産品として財源になる)
正輝が目星をつけたとおりの展開。
「しゃーないから、この成人女性サイズのスパッツと妹たちが着てるサイズのスパッツも渡してやろう。さあ、幾らだ?」
「これでどうだ?」
「それぽっちか。安く見られたもんだ。またな」
「待て!」
カウンターに取引価格を書きつけた紙を放りだして席を立とうとしたら呼び止められる。その後の交渉で五割増まで引きだした。
「即金じゃなきゃこの話はなしだぜ?」
「用意させる。すぐ出させるからそのまま待っててくれ」
なかなかの金額を手に入れた正輝は、待ってましたとばかりのエメルキアに手渡した。損をするのは面白くはないが、所持金には執着がない。お金も嫌いではない少女に任せたほうがいい。
「引っ掛かりましたね」
商業ギルドを出た彼にエメルキアが言う。
「おう。やつら、解析する気満々だろうけどポリエステルやスパンデックスは作れない。落胆するだろうな。でも、あの量の糸で織った生地の服を高級品として捌けばギリ儲けは出るはず」
「お勉強と思っていただきましょう」
「懐も温まったし、漁港で沖合の大物魚でも手に入れるか」
すぐさま糸の木箱が大型回遊魚が入った箱に化ける。魔法師が作った氷詰めの木箱に眠る魚の新鮮さには期待ができた。
「まずは捌くか。最近は慣れたもんだから大型魚でもなんとかなんだろ。ちっとばかし大振りのナイフを頼めるか、ルキ?」
「調整します。ただ、流体金属の在庫もそんなになくなってきてるんですよ?」
「あ、はい、ルキさん。善処するんで少し待っていただけます?」
少女が一番気掛かりにしている点を指摘してきた。里に戻ればメタルスライムを狩った分があるのだが、あまり多く持ちだすわけにもいかない。なにせ、人口は増大の一途なのである。
「お魚、美味しー!」
真っ先にロナタルテが刺し身に舌鼓を打つ。
「これ、秀逸だろ? 海藻出汁を煮詰めて塩を入れた付けダレ」
「すごくいい」
「ほんと、どういう発想なの?」
醤油代わりに、旨味成分を付け足すのに苦肉の策である。
「うん、これだ。いい味出てる」
「少し付けるだけでお魚の旨味が引き立ちますね。なんというか、甘いというか」
「わかってるじゃん。魚の脂の甘味って他じゃ味わえないんだよな」
その後は兜を鍋で煮込んでだし汁にする。わりと安く仕入れられた回遊魚だったが心ゆくまで楽しんだ。
「よし、尾けられてなさそうだし、みんなで里に帰ることにするか」
「どんなとこ?」
正輝は賑やかな道中を過ごしながら妖精種の里を目指した。
次回『西部周遊(3)』 「ついでにルキも喜ばしいから一石二鳥な」




