破綻する包囲陣(2)
ウフルバは次の朝をもって包囲陣の輪を狭める作戦に出る。敵はマサキわずか一人なので夜襲も警戒していたがそれもない。他に手もなく、やや強引な手段に訴えるしかなかった。
「伝令です」
走りトカゲが本隊に駆け込んでくる。
「接敵したか?」
「いえ、攻撃を受けました。死傷者多数」
「同じ意味ではないか」
報告を受けたシュラウナがいきり立つ。
「違います。敵影を確認できておりません。ただ、飛来した4mはあろうかという土錐の直撃を受けた車列が大ダメージを受けたのです」
「は?」
「敵の魔法攻撃です。しかし、それ以降は攻撃もなく報告にあがった次第です」
襲撃かと思って警戒に当たっていた随伴戦士は、次弾の飛来がないと確認して報告に来たそうだ。つまり、近くまで来たであろう敵影をを確認できていない。
「これは?」
「撹乱に来ているな」
ウフルバは即座に断じる。
「ならば、死傷者は魔法師団と輜重隊に限定されている。負傷者の救護に治癒魔法師を残して前進。引きつづき包囲陣を維持しつつ輪を狭めていけ」
「了解」
「敵はなにを考えているのでしょう?」
戦公シュラウナはわかっていないようだが、彼にはマサキの意図が手に取るようにわかった。かの男は魔法遠隔攻撃で包囲陣を破壊しにきているのである。ただし、その単発攻撃はウフルバの思惑を超えた効果を生みだしてしまう。
「やられました。一台が直撃を受けて中の魔法師の方々はミンチです」
雑な報告が来る。
「周りの車も巻き込まれて大破。負傷者も大勢出ましたぜ」
「正確に報告しろ」
「正確にって言ったってそのとおりでさあ。他になにを言えってんで?」
報告者は戦士ギルドの一員である。王国から連れてきた、装鎧戦士以外の戦士は全体の四割程度。それ以外を付近の街や都市のギルドから調達している。包囲陣に必要な人員確保にそういう措置を取ったからである。
「しかも、わざわざ少ない手から走ってきたんですぜ? とやかく言われる義理はないじゃないですか」
戦士は険悪な空気を放っている。
「十分な報酬は払っているはずだ。その分は働け」
「へっ、相場以上はもらってませんよ。厄介な任務ってわかってたら、もっと吊りあげてたってもんだ。だいたい、自慢の小妖精偵察隊を飛ばせばいいじゃないっすか?」
「いない」
シュラウナもそう答える以外にない。
「はあ?」
「一匹もいない! 全部敵に取り込まれた。そういう敵と戦っているのだ! 攻撃の偵察だって彼奴は小妖精を使ってやってるに違いない」
「じゃあ、伝令も偵察も全部人員を割いてやるしかないってんですかい? それほどの人数はいませんって」
もっともな苦言を浴びせられる。しかし、若き戦公はそんな言葉を許せるはずがない。
「だから、さっさと包囲を狭めて敵を追い込めと言っている。死傷者分はそれで埋めればいいだろうが」
冷たい視線を送る。
「なんすか、その言い草は! 人を捨て駒みたいに! 俺たちは小妖精とは違うんですぜ?」
「文句を言うくらいなら、まだ小妖精のほうが役に立つ。あれらは飛んで素早く報告してくるんだからな」
「ああ、ああ、そうですかい! もう結構だ! 俺たちは手ぇ引かせてもらいますからね。前金は手間賃としていただきます。こんな仕事で命落としてなんかいられるかってんだ」
ギルドの戦士は踵を返す。
「よせ、デゼン公。それ以上彼らを怒らせるな」
「一隊抜けたくらい、すぐに穴埋めできるでしょう?」
「いや、もう無理だ。あれらにも横の繋がりがある。ギルド戦士はほとんど抜けていくと思っていい」
輜重隊と魔法師の護衛に就いていた戦士の半数以上が抜けて丸裸にされてしまう。マサキにとってはただの的だ。
(いや、こんな薄皮みたいな包囲、最初から彼の敵ではなかった。突破しようと思えばいくらでもできたはずだ)
コージャレ戦公でさえ、マサキの前に敗北を刻まれたのである。装鎧戦士以外の物量で止めることなどできはしない。それを思い知らされた気分だ。さらには、その状況を利用して包囲が破綻している。
「……申し訳ございません」
シュラウナはようやく気づいたようだ。
「まあ、いい。どうせ早晩似たような状態にされていたであろう。小妖精を奪われたことで、我らは情報戦に敗れているのだ」
「彼奴はそこまで計算して?」
「いや、マサキにとっては余録でしかない。本来の目的を達して、そのうえで逆利用しているだけなのだ」
王国戦士団は目と耳を奪われたも同然である。自分たちがこれまで、どれだけ有用な戦具を用いてきたか思い知った。そして、どれだけ大事なものを粗雑に扱ってきたのかを。
「これでは、包囲陣は機能いたしませんが?」
若き戦公が窺ってくる。
「封じ込めは無理だと思っていい。ただし、それはこれまでもできていなかったのだ。状況を利用して、彼は我らを削りにきている」
「そこまでですか?」
「間違いないな。ならば、残り少ない戦士と魔法師団を索敵要員として活用するしかない。被害は度外視してな」
無情な判断を下すしかない。
「仕方ありません。王国の威厳を保つにはそれしか」
「わかったら準備しておけ。我らがどれだけ急行できるかで味方の被害は減る」
「承りました。戦士団に周知しておきます」
予定外の泥沼になってきたとウフルバは臍を噛んだ。
次回『破綻する包囲陣(3)』 「苦戦していらっしゃるのね」




