クワハン会談(6)
咄嗟にウフルバは、マサキが語った推論を吹聴されるのは大問題だと感じる。ゆえに、阻止しなければという心理が働き、知識の中で異論を模索した。
「だが、変ではないか?」
黒髪の男は「どこが?」と応じる。
「もし、その旧き妖精種が語ったように、メタルの災厄以前は人類と妖精種が共生関係だったとする。さすれば、当然のように記録が残っているはずだ。私はついぞ見聞きしたことがないぞ?」
「そりゃそうだ。教団にとって一番最初に排除しなきゃならん証拠そのものじゃん。真っ先に抹消するにかぎる」
「理屈としては否めない。だが、そんなに簡単ではあるまい?」
それが日常であったならば。
「普通は簡単じゃない。でも、やり方如何では簡単なのさ」
「やり方とは?」
「宗教が人心掌握術として非常に便利な道具であること。そして、各国がその宗教を利用したいと考えるほどに、国の中枢に食い込めるってこと」
指折り挙げていく。
マサキ曰く、別に難しくはないそうだ。この現代、記録といえば紙である。そして、市井の民たちはわざわざ過去の歴史を記録に残そうとはしない。残したがるのは、為政者が自らを賛美させるのに残すくらいのこと。
なので、正確な記録など国の中枢にしかなかっただろうという。さらには、その国そのものが災厄以後すぐは統一王国のみであった。そこに浸透して、本来の記録を抹消するのくらい容易であると。
「なるほど。確かに」
異論を封じられる。
「んで、新しい常識を一般に流す。ただの口づてなんて役人の押し付けじみた広報にあっという間に駆逐される。紙の歴史、口伝ともに封印するなんて百年も掛からなかったと思うぜ?」
「徹底すれば可能か。しかし、どこかに残っている可能性はなくもない」
「きれいさっぱり消してるだろな。でも、残滓くらいはあるかもしれない。例えば、そうだな。どこかに、妖精種信仰なんてものがこっそりと継がれてたりしない?」
言われて気づく。コタカッタ国内で確認されたことはないが、他国に一部では秘密裏にそんな習慣がわずかにあると聞く。即時に粛清されるが、妖精信奉者と呼ばれる者が確かにいるのだ。
「当然だな。デレキセント教団にとっちゃ最悪の存在。異端扱いにして歴史と一緒に抹消するにかぎる」
「私は貴殿がそうなのではないかと思ったくらいだ。いよいよ国内でも確認されたかと」
「あ? 俺は妖精種を信奉なんてしてないぜ? ただ、自分と同じ命ある存在として敬意を持ち、同列として振る舞ってるだけ。まるで、彼女たちを上位存在みたいに扱ってるように聞こえたなら、それは妖精種のほうが人間より優れてる証明じゃね?」
決定的なひと言が放たれる。それだけは認めてはならない。国家どころか世界が転覆する魔法の言葉だ。
「それだけはあってはならん」
「もちろん、俺も違うと思ってる。人間と妖精種はメタル進化種みたいな強敵と対するうえで補完し合う共生者。それ以上でも以下でもないって思ってるから、普通に接してる」
切り込むところがないほどに理路整然としている。
(だが、それを前提としたならば、人類はどう向き合うべきなのだ?)
迷いしかない。
迷いが怖れとなってウフルバを襲う。思わず、自身の装鎧少女エノカリスを窺う。少女の形を模した存在がどこまでも透き通った視線で彼を貫いていた。
(く、これは、否定材料がないということか)
あまりの事態に混乱する。
この対話を試みるまで、彼はマサキと歴史を語り合うとは思ってもいなかった。そこで、非常に重大な内容を告げられるとも。ただ、味方であれば心強いであろう男を翻意させたいと思っていただけ。
「ま、こうして真実は闇に葬られ、歴史は改竄されただろうって話だ。俺がなにを思って戦ってるのか全部理解できただろ?」
「う……むう」
「認めろなんて言わないからさ、覚悟を持って来いよ。俺の常識とあんたの常識のぶつかり合いだ。どっちが正しいかなんて今さらな話なんだからな」
翻意などとんでもないことだった。マサキはあまりに強固な自分を持っている。曲げようとするなど不可能に思えるほどに。
(もし、マサキの強さが正しさを根底に持っているからだとすれば)
ぶつかり合えばどちらかが壊れるしかない。果たして物量の王国か、あるいは理念のマサキか。共存の道などどこにも見いだせなかった。
「私……は……」
誰の正しさに懸けるべきなのか。
「どうしてウフルバ戦公ともあろう方がそんな男の戯言に耳を傾けられるか。即座に斬って捨てられるべきです!」
飛び降りてきたのは装鎧戦士。装着者はシュラウナ・デゼンに違いない。すでに剣を抜いていた彼はマサキを斬ろうとしている。
「やれやれ、ルーザが言ったとおり罠だったか。ジノグラフの人間なんて信用するもんじゃない」
「違う、マサキ! デゼン公、近づくなと言ってあったはずだ!」
「敵を欺くならまず味方からでしょう? ウフルバ戦公は好機を作ってくださっただけと理解しておりましたが」
斬撃は空振りする。マサキは仰向けに倒れ込みつつ、剣身をつま先で蹴りあげて逸らしていた。
「生身じゃ勝負にならないと思ったか? 甘かったな、あんた。ビルドイン!」
「く、一歩足りなかったか」
マサキは装着時の魔法障壁に包まれ、それ以降の斬撃を受けつけない。
ウフルバは急展開になにをすべきか咄嗟に動けなかった。
次回『シュラウナ乱入(1)』 「あー、お前、言ってはならんことを言ったな?」




