変わった人間(2)
「もっと欲しいんだろ? 口に出して言ってくれるとなおいい」
ルイゼトネが見あげてくるのに正輝は応える。
「怒ら、ない?」
「怒らない。俺ももっと食べたいと思ったら言う。ただし、俺の場合、君たちの何十倍も食べちゃうから、食べ過ぎだってたまにルキに怒られる。それは彼女が正しいから仕方ない」
「あんまり怒ったりしないじゃないですか?」
苦言を呈される。
「だって、車に載せとける量には限りがあるから、食べたいだけ食べてたらすぐなくなっちゃうって言うじゃん」
「事実です」
「な? これが最低限のルール。我慢しなきゃいけないライン」
少女の黄色い瞳に理解の色が浮かぶ。ルイゼトネにとって見えていなかったものが、少しだけ見えてきた兆しがある。
「あたしも、我慢、する?」
名残惜しそうに指を見ている。
「いいや、イーゼが食べるぶんはほんのちょっとだから今は我慢しなくていい」
「嬉しい」
「よな? ほんと美味しいもんだからつい食いすぎちゃう。街でも買えればいいのに」
内陸の都市では塩のきつい干物がせいぜいである。
「なんとかならないかな。大量生産して行商してプレゼンしたら普及しない?」
「その大量生産が大変なんだと思います。なにせ、人間はすごく大勢いますので需要を満たせないのでしょう」
「嗜好品みたいになっちゃうか。高価だと街で買う気にならないな。作ればいいんだし」
「でしょう?」
骨についた身をこそげてルイゼトネの口に入れてやる。そこが案外美味しいところなのだ。ほころんだ笑顔を見ているとそれだけで幸せな気分になった。
「美味しいか? ほら、カップも空だ。どうすればいい?」
試しに訊く。
「ルキ、もう一杯、欲しい」
「はい、待ってくださいね」
「みんな、優しい。こんなの、変。あたし……」
瞳が潤んでくる。
泣いたら叱られたのか、必死に涙がこぼれそうになるのを耐えていた。手で隠そうとするのを止める。顔を胸に押し付けるよう抱きしめた。
「我慢しなくていい」
正輝の胸に温かい染みが広がっていく。
「その涙は君がこれまで我慢してきて胸に凝り固まったものが溶けだしてきてるのだから思いきり出しちゃえ。全部洗い流せたら、生まれ変わった自分に出会えるぜ?」
「うん……」
「これからは俺がイーゼを守る。だから、なにも気にせず好きに生きていい」
「うん」
最後の返事はわずかながらはっきりとしていた。自己主張の欠片が垣間見える。新しいスープをもらったルイゼトネは涙を流しながら嬉しそうにすすっていた。お腹がいっぱいになったら安心したのか、正輝の胸にもたれ掛かって眠りだした。
「もう、大丈夫だと思います」
エメルキアも温かく見守っている。
「大変だな。生まれてこの方、望むことを許されないまま育つとこうなっちゃうか」
「繁殖形態ともなると苦難もひとしおですので。小妖精はまだ奔放な部分が残ってます」
「どっちがマシなんだろうな。装着者と契って縛られるのと、繁殖個体として人間の男の性の玩具にされるのと。いや、どっちも嫌だな」
想像するだけで怖気がする。
「後者はストレスしかありません。でも、前者は装着者次第なのですよ? 今のわたしやランゼッタが不遇を囲っているように見えますか?」
「内心どう思ってるかまでは俺にはわからない。でも、幸せであってほしいなとは思ってる」
「あなたが願ったとおりなのですよ」
両サイドから二人の装鎧少女が身を寄せてくる。感じられる体温がスープ以上に彼を温めてくれた。大きめの雨音だけが皆の間を流れていく。
正輝は今の幸せを噛み締めていた。
◇ ◇ ◇
雨は夜半のうちに上がったようで、快晴の下をバイクとクロカン車で走っていく。途中で街道を外れ、西側連絡路へと進路を変えた。
「轍はまだできてないな。見つかってないか」
「みたい」
今、バイクのシート前に座っているのはランゼッタである。車は少々緊張の面持ちでハンドルを握っているエメルキアに任せた。隣で若干不安げに見つめるルイゼトネがいる。ロナタルテとティナレルザは少女の珍しい姿に笑いを堪えていた。
「河原に出たら交代するからそれまで頑張れ」
「あんな狭いとこ走るのは怖いです」
「練習練習。慣れたらなんてことなくなるって」
「これだったら、マサキに変身してもらって動かしてもらったほうが全然いいです」
島で暮らしていた頃の、変身頻度をひどく気に掛けていた少女とは大違いである。どれだけビルドインしようが、全く影響を表さない彼に頼りきるようになった。
「もっとスピード出してー。早く里に帰ろうよー」
「気も知らないで!」
せっつくロナタルテに目を剥いている。
「こらこら、やめてあげなさい、ロナ。ルキは今、すさまじい緊張感にさいなまれているんだから」
「大丈夫なのにー」
「そうだぞ、ルキ。このスピードなら、ちょっとくらいは脇の木にぶつけたってちょっと傷がつくくらいのもんだ」
ゆったりと走っている。
「嫌です」
「完璧主義者だよな。失敗していい場面だって」
「じゃあ、マサキはそこの木に突っ込んでバイクが傷ついても怒らないんですか?」
「そこ、ツッコむ?」
皆が笑いだすと、ルイゼトネも釣られて笑っている。いい傾向である。
正輝たちは中央森林帯に潜って妖精種の里を目指した。
次回『変わった人間(3)』 「びっくり。こんなに、いっぱい。里?」




