変わった人間(1)
正輝たちは街道脇に立つ大木の下に車とバイクを停めていた。大雨が降ってきたからである。とてもバイクで走れる状態ではないので、クロスカントリー車のリアハッチを開けて皆でそこにいる。
「しっとり」
「あー、ごめんな。ちょっと濡れちゃったからさ」
彼が膝に乗せたのは緑の髪に黄色い瞳の装鎧少女。名を『ルイゼトネ』という。オリネキの教会で保護した少女だ。まだ、全快とはいかないので隙あらばこうして精気補給をしている。
「乾かしますね」
「ありがと、ルキ」
彼女に水気を飛ばしてもらう。服は乾燥したのだが、少女はもたれ掛かってきたりしない。まだ、警戒しているのだ。
「変わった人間」
「そうか?」
「普通は、あたしたちに謝ったり、お礼を言ったり、しない」
不思議そうに見つめてくる。オリネキからはずっと一緒に車移動しているのだが、まだ彼らの関係性を理解しているとは言いがたいのだろう。
「変なことじゃないと俺は思ってる」
しっかりと伝えねばならない。
「確かに俺は人間だし、君は妖精種で生命の形としてはまったく違う。でも、君は今便宜上人間の少女と同じ形態を取っているし、こうしてコミュニケーションもできる。対等であり、互いに尊重し合う関係じゃないとおかしいんじゃね?」
「他の人間、そんなことしない」
「そうだな。君を物みたいに粗雑に扱ったり嫌なことばかりしたかもしれない。それは間違いだと思ってるから同じことはしない。これからはただ耐えるんじゃなく自己主張してほしい」
植えつけられた過ちを正すとこから始めねばならない。
「よく、わからない。マサキは、あたしと、契りたいの? もう、二人も、いるのに?」
「求めたりしない。君を『イーゼ』って呼ぶな。イーゼはこれから行く場所で、気の赴くままに暮らしているだけでいい。集団生活だからそこそこ守らないといけないルールくらいはあるけど、誰もイーゼだけに強いたりはしないから安心していい」
「じゃあ、あたしは、なんのために、いるの?」
「イーゼの人生を生きるため」
共感したのかランゼッタが後を継ぐ。言われても、なんのことだかわからないふうだったが、そこにいるメンバーを見まわして少しは納得したようだ。
ロナタルテはルーフからウインドウに流れ落ちる雨だれを楽しそうに手でなぞり、ティナレルザは雨が鬱陶しいとぷりぷり怒っている。エメルキアはなにかの準備にしきりと手を動かしているし、ランゼッタはルイゼトネが心配なのかずっと手を握ってあげている。
(みんな、自由にしてていいってわかってもらえるかな?)
それぞれの個性を発揮しているのは明白なのだから。
「好きに、していい?」
「そう。イーゼが思うようにしていい。これまでは無理だったから急には難しいかもしれないけど、少しずつでいいから自分の心の声に耳を傾けてやってくれるかな? すると、存在することに理由を求めたりしなくていいってわかるし、自分がなにをしたいのか感じ取れるようになってくる」
「感じ、取る」
まだ、ピンとこないのだろう。その様子を見るだけで、ルイゼトネがどれほどの苦難を強いられてきたのかが察せられる。意に添わない、嫌なことばかりをさせられてきたはず。心があげる悲鳴に耳を貸さず、ただすり減ってきてしまったのだ。
「どうぞ。身体が冷えたでしょう?」
エメルキアがカップを渡してくれる。
「お、いいね。さすが、ルキさん」
「お任せください」
「ふう、沁みる」
カップの中身はスープだ。トカゲの骨で出汁を取って煮詰めたものに、保存料代わりの塩とスパイスを混ぜてペースト状にまでして置いてある。それに熱い湯を注いで溶いたのがこのスープ。深いコクに、ピリッとスパイスが効いて雨に濡れた身体を温めてくれた。
「美味しい」
「だろ? もっといっぱい美味しいを思いだして」
一生懸命息を吹きかけ、冷ましながら夢中ですすっている。その熱さがルイゼトネの心も溶かしてくれると願いながら見守る。
「マサキ、これも如何ですか?」
「気が利くね。ありがと、ルキ」
軽く温めてある燻製魚も手渡される。香しい湯気が正輝の胃袋を刺激する。口中に溢れてくるよだれに耐えきれずかぶりついた。最高の香ばしさと旨味にテンションが上がった。
「堪らないぜ」
少女の黄色い瞳が見あげている。
「欲しい?」
「食べ、たい?」
「まだ、自分の欲求がピンとこないか。欲しかったら欲しいって言っていいんだぜ?」
少し千切って持たせると、小動物のように恐る恐るかじりつく。
「美味しい」
「そっか、よかった」
「ずるいー、マサキだけー!」
ロナタルテが香りを嗅ぎつけてやってくる。皆の目が燻製魚に釘付けになってしまった。
「もう、みんな食いしん坊なんですから。今、温めて差しあげますからマサキのを取ったら駄目です」
「ルキ、早くー」
「ロナと分けるから一匹でいいわ」
「二人で一匹も食べるの? じゃあ、ぼくのぶんも」
(こういうのさえ珍しいんだろうな)
皆が自己主張するのを、ルイゼトネは目を丸くして見ている。
(当たり前になるまで少し時間掛かるか)
正輝は気長に見守ってあげねばならないと思った。
次回『変わった人間(2)』 「みんな、優しい。こんなの、変」




