飄々とした男(1)
「ねえ、まだ?」
「全然脈なし」
「なんでなの?」
メイドたちがさざめいている。話題の主は彼ペンセが連れ戻った細工職人のこと。
彼もわりと男前のつもりであるが、例の男はそれにも増して美男子である。お世辞にも愛想がいいとはいわないが、無表情でも非常に整っている。所作も男らしく、様になっていた。
なので、メイドたちが騒ぐのも当然である。好きにするようにも言ってあった。寝所に伴われるのも自由という意味である。特に禁じたりはせず、むしろ気に入られればいいとまで思う。
「レレイデでも駄目?」
「身持ち固いのね」
「でも、あの妹たちに見せる微笑み、痺れるわぁ」
「そうそう、こっちに向けてほしい」
絶賛されているのに、いまだ誰もお手つきではないらしい。
ペンセがまだ活動開始していない午前中からふいと出掛けてしまうらしい。本調子になる昼までには帰ってくるが、そのあいだはオリネキの都をバイクで散策している様子だった。
珍品を見つけてきては妹二人と面白がっているという。少女たちも将来が非常に楽しみな美少女たち。そのうえ、小妖精二匹まで連れていて、最近の離れは非日常な幻想感に包まれていると噂だった。
「全然駄目。あんたんとこの職人はなにを思ってこんな物を寄越した?」
彼がかなりの大店の御曹司と知っても、ぞんざいな口調は変わらない。
「鋼材に流体金属使ったって表層にしか浸透しないから強度操作できないじゃん。こういうときは砂鉄を使うんだ、砂鉄。練りものみたいにして成形するんだよ」
「そうなのか?」
「決まってる。そりゃ、使う流体金属は多めになっちまうぜ? でも、仕上がりが比べものになんないってなんでわからない?」
製品にはかなりこだわる。初日からペンセのバイクをほとんど解体してしまって、駄目なパーツを端から挙げていった。実に半分以上にも及んでしまう。
するとマサキは素材を揃えるように言い、まともに走るものに手直ししてくれるという。対価は求められたが妥当な金額だった。素材を要求する分、ほぼ工賃だけである。彼の持つ技術を思えば、むしろ安上がりにも思えた。
「ベアリングのコマってのはオマケじゃない。乗り物にとっちゃ最重要部品に近い。こんな、見た目で不揃いでどうする。あんたんとこの職人は図面が読めないのか?」
苦言を浴びせ掛けられる。
「精度基準を書いてやるからそれを職人に渡しとけ。外れたら不良品で弾くんだぜ? そうしないと、いくらも走らずにそこから壊れてく。ああ、最低強度も書いとく」
「そんなに細かいのか?」
「あのな、そこらの木製車の三倍以上のスピードが出せるってのはそういうことなんだよ。押さえるとこしっかり押さえとかないと話になんない」
彼自身は職人でもないのに叱られてばかりだ。バイクに乗るのが好きなので、マサキの言うことには従う。バイク旅に耐えられるような車体を作れる技術が貴重なのは身に沁みてわかっている。
「これまでこの程度の精度で仕事してきたってどういうことだ? ペンセのとこはなにを作ってる」
真剣に問われる。
「えーっと、車はもちろん製粉機とか紡績機、織り機、他には製紙機なんかも扱ってる」
「織り機? それちょっと興味ある」
「そのうち、クルカイゼンの工房も案内するよ。メインは金属製品だけど、在来型の木造車を含めた機械ものの工房も置いてあるから」
おかしなところに食いついた。わりあいオーソドックスな、昔からある工作機の一種なのに構造を知らないらしい。
(知識が偏ってるな。ほとんど金属パーツを組み合わせた機械しか知らないみたいなとこある)
マサキはとにかく変わり者だった。
「あと、バイク乗りならゴーグルも作っとけよ」
彼が首から下げている物を示す。
「これは?」
「スピード出して正面から風浴びると目を開けてらんないだろ? そのための装具さ。目が乾くのも防いでくれる」
「へぇ、よくできてる。ガラスの透明度も見事なものだ。それ以外は革と……、このバンドなに? めちゃくちゃ伸びない?」
携行品にも驚かされる。
「っと、それは企業秘密だ。やすやすと教えられない。普通の伸縮皮革素材で十分。バイクとセット売りできるぜ」
「確かに。これはいいものだ」
「むしろ、ないと困るもんだ」
外から帰ったときは少女二人も着けている。眼鏡とかなり違ってこれまでにない外観をしているが、どこか機能美を思わせて格好いいと思ってしまう。
「ガラスの工房もあるんだろ。ちょっと気合い入れさせて透明度上げないと、クロスカントリー車には使えないぜ? あれだって、整備された道を走らせりゃ在来車両の二倍以上のスピード出るんだからな」
「言われてみればそのとおりだ。君の車なんて、見たことない仕上がりになってる。これほどの製品だと、上流階級の客じゃないと手を出せない価格設定になりそうだ」
まるで怪物だ。
「今、車のほうはどうしてる?」
「職人ギルドから買った図面に従った車両も作ってみてるけど、主には木造車体に図面のパワーユニットを載せた廉価版が作れないか模索してる」
「そうか。できなくもない。だったら、動力系だけでも金属部品にしろ。あと、タイヤさえ工夫すれば、ぎりどうにかなる」
「なるほど。父に話しておくよ」
いつもこんな有様で、マサキとは若者らしい会話になったことがないペンセであった。
次回『飄々とした男(2)』 「まったく、耳が早いね」




