袖触れ合うも(3)
身ぎれいにして、久々に本格的な柔らかいベッドで眠った正輝は、早朝に目覚めると軽くストレッチをして離れの周囲を何周か走った。それから、メイドが運んできた朝食を口にする。
聞けば、ペンセは金持ちのボンボンらしく夜遊びもお盛んらしい。午前中に起きだしてくることは稀らしく、起きたとしてもダラダラとしているので会えはしないという。
「しっかし、昨日はまいったな」
「なかなか強敵でした」
「別にルキやランゼはお願いしてもよかったんだぜ?」
メイドが何人もやってきて彼の入浴のお手伝いを申しでたが固辞して下がってもらった。なんならエメルキアたち少女は頼んでもよかったのに、二人も一緒に入りたがったので、いつもどおり洗ってやらねばならない。
ロナタルテやティナレルザまで洗っていると結構な手間で、時間も掛かってしまう。しかし、埃を落としてピカピカになった彼女たちは満足げなので手抜きもできない。その後は結構豪勢な夕食をご馳走してもらって早々に就寝した。
(寝室も三部屋あって、それぞれベッドも二台あるってのに一台しか使ってないとか変に思われかねない)
つい二部屋目の一台も寝乱したふうに装って出てきていた。
バイクでゆっくりと走るオリネキの都はとても賑わっている。午前も早い時間から大通りは多くの人が行き来し、客引きの声もほうぼうから飛び交う。非常に活気のある都市であった。
商品も豊富で、ありとあらゆる種類のものがある。これまで見たこともない食材などは、もしかしたら大陸北西より海を越えて届けられたのかもしれない。早速、物珍しいスパイスを何種類か購入してある。
「兄ちゃん、そのバイクはクルカイゼンのとこのかい?」
オヤツの甘い菓子を買いに寄った露店の店主が訊いてくる。
「いや、違う。でも、俺たちはあそこの客だ。こう見えても職人なのさ」
「そうだったのか。あそこも本腰入れて新しい車やバイクを売り出す気なんだな。それで兄ちゃんみたいな細工職人を呼び寄せたんだろう」
「ちょっとした縁で招かれたんだがな、まあ、指導することになりそうだ」
それっぽく話しておく。そんな形で噂と顔が広まれば都合がいい。活動しやすくなる。街中をふらついても不審がられないはず。
あちこちと探りを入れて、上手くいけば王国や教団の動きも仕入れられる。熱心に捜索しているようであれば、少し河岸を変えねばならないだろう。
「特に王国の動きな。教団と連動して攻められると数が多くてやってられない。当たるにも、場所を選ばないと一般人を敵にまわす」
「活動が難しくなりますものね」
「正体がバレないよう振る舞うのが得策」
菓子を齧りながら話す。
下町はなかなかの喧騒なので、隅にバイクを停めて話していてもそう目立つことはない。しかも、注目されないことでバイクの普及率を測ることもできた。子どもなどは絡みにくるケースもあるが大人はまず気にしない。
「美味しいけど、ちょっと違う味するー」
「本当、なにかしら?」
「こいつはたぶん香料だろうな。香りの強い植物を乾燥させて粉にして少しだけ混ぜてあるってパターン」
「あー、小妖精がいる!」
遠く声が聞こえる。
むしろ、注目を浴びるのはロナタルテたちのほう。以前は店先などでよく見られた小妖精が最近は見られなくなったのを惜しむ声もある。まるで、愛玩動物のように扱われるのは面白くないものの、多少は愛されていたと思うと複雑だ。
「接し方にちょっと行き違いがあっただけなんだろうな。もし、メタルの災厄がなかったら、ジノグラフはもっと違う姿を見せてくれてたかもしれない」
「そうかもしれません。デレキセント教団の売名行為の影響が大きいかと」
「一概に人間を排除する考えも問題だってことよ」
エメルキアやティナレルザが取りなしてくる。二人は他の人間が誰一人いなくなっても構わないという正輝の言説に異を唱える。やはり、彼一人では精神的に問題が生じると思っているのだろう。
(自分たちが少女の姿をしているから精神安定剤になってるって自覚が薄いんだな。人間とは違うって一歩引いてるところがある。俺から見れば、彼女たちさえいれば孤独を味わうなんてまずないって感じるとは気づかないか)
隔絶を作ろうとしているのは人間だけではない。まあ、妖精種の場合は人間側からの虐待が大きく影響した結果だといえるが。
「香味草も探してみる? コタカッタじゃあまり流行ってないみたいだけど、あるとスパイスとは違うアクセントになると思うぜ?」
彼もそれほど詳しくないが感じはする。
「ええ、悪くないかも。どうせ使うのはほんの少しなんでしょうから、持ち歩くにも苦労しないわ」
「この香り、嫌いじゃないかもー」
「ぼくも好き」
ウケは悪くない。
「探してみるか。でも、たぶん売ってるのはこのへんじゃないな。もっと中央寄りのほう商店が怪しい」
「ええ、少し高級寄りだと思います。スパイスも珍しいものが見つけられるかもしれませんし」
「流しながらペンセの屋敷に戻るさ」
昼からは坊っちゃんのバイクも見てやらねばなるまい。客分らしく、役に立たなくては座りも悪い。それっぽい仕事もするつもりである。
正輝は高級商店街も賑やかしつつクルカイゼンの屋敷への帰路についた。
次回『飄々とした男(1)』 「身持ち固いのね」




