思い深まり(2)
翌朝、元気になった小妖精を見送ったものの、正輝たちはまだ動けない。ロナタルテに偵察に飛んでもらうとタンルン周辺の街道には警備隊が出て検問をしていたからだ。
せっかくの空き時間なので植物油を利用する化学繊維生成研究に着手する。とはいえ、彼にできることは少ないので補助的立ち位置になってしまう。
「液体から繊維を取りだすっていっても目に見えませんので困りますね」
エメルキアも戸惑っている。
「だよな。感覚的な操作なんだろうけど難しい?」
「できなくはありません。イメージの問題だと思います」
「こんなふうにすればいいってわかってればできる」
ランゼッタも意欲的だ。
そもそも、元となるイメージを誰も持っていない問題に直面する。三人で目を見合わせ口の端だけで苦笑い。
「えっとな、ルキに解体してもらったランニングパンツが化学繊維100%だった。なんだっけ。ポリなんとか。そう、ポリエステル」
記憶をひねりだす。
「あれですか。はい、とても変わった組成をしていて、そのまま変形させるしかできなかったんです。一応憶えてます」
「まずはそれによく似た繊維を作れるかやってみる?」
「手順としては正解だと思いますね」
他に作戦がない。
「共有します」
「しよ」
エメルキアがランゼッタと両手を繋ぐ。それも指を絡めて。さらに額を合わせて瞑想するように静止した。
「それで共有できるんだ」
「はい。極めて複雑なものはこうでもしないと」
小妖精同士で飛び先の位置を共有するにも似たような触れ合いをするという。妖精種独自の感覚器だ。
(まるで蜂みたいだな。群体で組織構成ができる性質を持ってる)
感心する。
「まあ、なんつーか、絵的にすごいなって」
「どういう意味ですか?」
美少女同士がくっつき合っている図だ。
「そっち界隈の人が見たら垂涎ものだと思う」
「……参考にします」
「いや、参考にすんな」
誤解を招いたらしい。
「どうしたの?」
「どうやらマサキはわたしたちのイメージ共有に興奮したようです」
「なんで? 混じってもないのに? マサキって変」
「変態扱いすんな」
認識の齟齬を修正しなくてはならず言い訳する。ただし、美的には感じるものがあったので言い訳が言い訳にならなかった気がした。
「ともあれ、試してくれたまえ」
「誤魔化した」
ランゼッタに笑われながら指さされるのは心外だ。
樽から汲みだした植物油の器にエメルキアが手を伸ばす。人差指と親指をなにかをつまむように浸した。しばらく、そこで静止していたが、ゆっくりと持ちあげた指には細い糸のようなものがつままれている。
「おお、すげえ」
「まだ、成分を絡め合わせただけです。これから余分なものを絞りだすと……」
「もっと細く。なるほど、糸ってより繊維だな」
糸の木の実の繊維、一本を取りだしたような感じ。糸を作るうえで元になるものなのは間違いない。
「ぼくにもできた。でも、大変」
「うん、上手だ。しかし、これはちょっと作業的に遠いな」
「はい、手間が掛かりすぎるきらいがあります」
ここから糸にして生地にまでするにはどれだけの工程が必要か。あまりに複雑で実用的ではない。
「無謀な試みだったかな。うーん」
正輝は眉根を揉む。
「これでは誰にでもってわけにはまいりません」
「理想的なのはランゼだけじゃなくロナやルーザでもできる操作だもんな」
「美味しそうな匂いする」
「ほんとだー」
細い繊維を嗅いでいる。植物油の成分の一部を取りだしたものなので、習慣的に食べ物のイメージになってしまうのかもしれない。
「んん?」
閃きがある。
「もしかして、ルキ、この繊維になる成分だけを分離して取りだせないか?」
「あ、それならできそうです。先に分離してしまえば、あとは糸にするだけですものね。工程を経るだけで操作は単純化していきます」
「やってみよ」
流体金属で別の器を用意して分離作業をしてみる。少女は今度は植物油の表面に手をかざし念じている。中身の一部がふわりと隆起し、彼女の手についてくるように持ちあがった。それを隣の器に移す。ランゼッタも同じことをくり返した。
「いい感じだ。たぶん、これが植物油の中の繊維にできる成分。見たとこ、連なって繋げられる性質を持ってるだけっぽいな」
ただの液体に見える。
「ここまで来ると、そんなに難しくないです。これを、細く取りだして乾燥させつつ編んでいくと」
「おお、一発で糸になるのか」
「ルキ、すごい」
できた糸を見せてもらう。化学繊維特有の張りのある感触の糸だった。意外としっかりもしている。
「これこれ」
順調だ。
「さらに、糸を結いながら編み合わせていけば生地にもなります」
「え、すごすぎん? 油から生地が出てくるぜ?」
「ぼくもぼくも」
ランゼッタも作って見せてくれる。一緒に作業していればできるものらしい。少女たちの能力の高さに感服する。
「うん、これはほんとに化学繊維の生地。まんま、ポリエステルっぽいけどさ」
「あれをイメージして合成したのでそうなってしまいますね」
「これはこれで生地として優秀なんだ。熱に弱いってウイークポイントはあるけど、いろいろな特性持ちではある。撥水とか通気性とかよくてな」
スポーツウェア向きの生地なのだ。非常に便利ではあるが、今回の研究の基点はそこではない。
(まあ、ここまでできただけでも信じられない成果だけど挑戦してみる価値はある)
正輝は少女たちに説明した。
次回『思い深まり(3)』 「うん、落ち込んでるのかしら」




