ランゼの挑戦(4)
ランゼッタは愛しいマサキのところに帰らねばならないと思った。騒ぎになって彼の負担になるのは本意ではないものの、このままでは簡単に戻してもらえそうにない。
(この人間たちが言うことを聞いてくれないなら……)
今はただ、黒髪の青年のところに戻りたい一心である。
黙っていれば、無理矢理にでもパッチオと契りを交わすよう強要されてマサキとの縁は完全に切れてしまう。それだけは嫌だった。最後の手段、眼の前の人物たちを殺害してでも自由を得なくてはならない。
(嫌われるかな。マサキなら許してくれると思うけど)
絶対の自信はない。しかし、彼の下へ二度と戻れなくなるよりはるかにマシな選択だと思えた。
「邪魔しないで。しなかったら、ひどいことしないから」
彼女は宣告する。
「なにを言う。装鎧少女なら人間の言うことを聞け。そういうふうに生みだされた存在だろうが」
「マサキ以外の人間はみんな同じなんだね。ぼく、わかった」
「わけのわからんことを言うな。さっさと部屋に戻れ!」
伸びてきた手を魔法で弾き飛ばす。
「痛い! 戦具が人間に逆らうか!」
「帰るだけ」
「おい、取り押さえろ!」
店員が掴み掛かってくる。ランゼッタは力を用いて押し戻そうとしたが、そんな必要はなかった。
すさまじい破砕音がしたかと思うと、部屋のドアが廊下側に吹き飛んだ。そこから現れたのは変身フォームのマサキである。
「迎えに来たぜ、ランゼ。ちょっと騒がしくしたのは勘弁な」
愛しい男が救いに来てくれた。
「マサキ!」
「心配したルキがどうしてもって言うから、外からルーザに覗いてもらってた。それで、ランゼが枷まで掛けられてるって聞いてな。ルキに感謝な」
「ありがと、ルキ」
(いいえ、こうなるような気がしたので)
抱きかかえられているとエメルキアの声も伝わってくる。なににも代えがたい安心感が彼女を包んでいた。
「ごめんなさい、こんなことになって」
後悔もある。
「いいさ。悪いのはランゼじゃない。間違いなく人間のほうさ」
「でも」
「また、あとでな」
ランゼッタを抱えあげたままマサキは押し通ろうとする。店の面々は恐れおののいて一歩引いた。
「貴様、こんな騒動を起こしてただで済むと思うな。例え装鎧戦士だとしても、なんでも許されるわけじゃない。私が訴えでれば罪に問われる」
言葉で押し返そうとしてくる。
「今なら交渉に応じてやろう。その装鎧少女を置いて去れ。金なら少しくらい払ってやってもいいぞ?」
「はぁ、わからないやつだな。見て察しろよ。誰が、金を積まれたからって家族を売るか」
「か、家族だと? 馬鹿なことを」
指を突きつけてくる。
「わからないのは貴様のほうだ。常識外れを抜かすな」
「結構だ。俺は常識なんてどうでもいいんでね。帰らせてもらう」
マサキが進む分、相手は下がっていく。装鎧戦士の怖ろしさだけは言い聞かせるまでもないようだ。
「でも、ランゼはここにいたがってるんだよ。そうだよね、ランゼ?」
パッチオが言い募ってくる。
「ううん、パッチオが欲しがってるのはぼくじゃなくて装鎧少女でしょ? だったら、いたくないよ」
「それは……」
「そこで口ごもる時点で失格だ。お前らに危害を加えないのはグリスとか売ってくれた分のお返しだけだからな。もし、今後も俺たちに絡んでくるようだったら容赦しない。忘れるな」
はっきりと告げられたレルガの親子はそれ以上返す言葉もない。店員など、先ほどから腰を抜かしている。まさか、自分が相対していたのが装鎧戦士だとは思ってもいなかったのだろう。
「これまでだ。ちょっとだけ世話になったな。つまらん企みは身を滅ぼすって勉強になったろ? じゃあな」
マサキは道を開けた親子の間をすり抜けて出口へと向かう。破壊しなかったのは、彼らへのわずかな気遣いでしかない。
「悪いが、買い食いする間もなく速やかに撤収だ。このまま車まで走るぜ」
「うん」
(部屋に宿代を置いてきて正解でしたね)
気楽な会話が続いているものの、通りを走る装鎧戦士に住民は大わらわだ。しばらく、タンルンの都には近づけない。
疾風のごとく宿の裏まで戻ったら車に乗り込む。緊急事態につき、変身したままマサキが走らせて速やかに街門を通り抜けた。
「ぼく、馬鹿だった」
そう切りだせたのは、タンルンを遠く離れてひと息ついてからである。
「人間を知りたいと思ったけど、もう知ってた。全部、同じだった」
「そう思いたくなったとしても変ではないのですよ。わたしも通ってきた道ですもの。誰かは味方になってくれるんじゃないかと淡い期待を抱いてしまうのです」
「そうね。つい救いはないかと思ってしまう。楽に流れたくて」
切迫感の代償だと言われた。
「ロナはマサキしか知らないけどマサキだけで十分だもん」
「うん、ぼくもそうだった。マサキだけでいいのに欲しがっちゃった。どうすれば、マサキに欲しがってもらえるかって考えて失敗した」
「おかしなこと考えるなって。俺はランゼがランゼであるかぎり、ずっと傍にいてほしいって思ってる。役に立つとか立たないとかそんなの別次元の話だって憶えといてくれない?」
今は彼の懐にいられるのが至福であった。それ以上を望むのが愚かしい考えなのだと知る。
「うん」
「な?」
抱きしめられてランゼッタは泣きじゃくってしまった。
次回『思い深まり(1)』 「なにを企んでいらっしゃるのですか、ルキさん?」




