ランゼの挑戦(3)
話しはじめてみると、意外と話題に欠く。ランゼッタとて、マサキを巡る環境は熟知している。不利になるようなことは絶対に漏らせない。すると、当たり障りのない地方の風物や、各地で口にした動物やフルーツの話に偏る。
しかし、それでも少年パッチオは堰を切ったように話し掛けてくる。まるで、話が止まると興味が失われると思っているかのようだ。彼女としては、教団や王国の人間以外の印象を知れればいいだけ。
「それで? じゃあ、東部の人は魚ってあんまり食べないの?」
「ぼくは好きだけど、みんなはあんまりみたいだった」
「僕はお魚好きだよ。一緒だね」
とにかく共感を得ようとする。
(なんか変。同じなら認めてもらえると思ってる?)
違和感は重なってくる。
(マサキは自分したいこと、はっきりしてる。好きなこともはっきりしてる。そのうえで、ぼくのことも尊重してくれてる)
とても大人なのだと思った。生まれてから経た時間はもしかしたらランゼッタのほうが長い可能性もある。しかし、さまざまな経験を経てマサキは誰かともにいるとき、なにが大事なのか学んできているのだ。閉じ込められていた彼女とは違う。
(そう、この少年みたいに押し付けだけじゃない。ぼくのは願いじゃなくて押し付けだった。マサキはそれがわかってたから断ってくれた。あれも優しさだった)
改めて実感する。
理解すると同時により求められたいと思ってしまう。どうすれば、彼に報いられるだろうか。彼女にすべてを与えてくれた黒髪の青年に。
(やっぱり、知らないと駄目)
ランゼッタはしばらくは我慢してパッチオに付き合わないといけないと思った。
◇ ◇ ◇
「珍しく坊っちゃんが女の子を欲しがったんでさあ。どうなさります、旦那様?」
「その男、夕方には迎えに来ると言ったか?」
「ええ、商品のほうはそろそろ届いているはずです。おそらく、旅のもんですから、明日以降いつ発っても変じゃないでしょう」
店員は気を利かせたつもりである。レルガ商会の主人に報告していた。
「そうか。惜しいな」
主人も跡継ぎがなかなか異性に興味を抱かないのを嘆いていた。
「帰さないようにできないか? 男が迎えに来れば、本人が帰りたくないと言ってるとでも言い含めて」
「そりゃどうにかしましょう。女の子のほうはどうなさるんで?」
「閉じ込めればいい。息子の相手をさせる」
もしかしたら永遠にとでも言いだしそうな勢いだ。
「そこまで見目がいいなら利用価値もある。男がごねるなら金を握らせてもいい。どういう関係だ?」
「すんません、そこまでは」
「ならば、聞きだせ。問題にならない程度にしなくてはならん」
人身売買の扱いになると王国警備隊が黙っていない。最悪、身上が潰れる。法に触れないラインを模索しろと命じられたようなもの。
「わかりやした。どうにか」
「頼んだぞ」
店員は点数を稼ぐいい機会だとも思っていた。
◇ ◇ ◇
パッチオが父親に呼びだされて部屋をあとにしてずいぶん経つ。不安になったランゼッタは誰かに声掛けして帰らせてもらおうと思った。宿までの道筋は憶えている。
「あれ?」
ドアが開かなかった。鍵が掛かっているようだ。ランゼッタは魔法でノブの中の様子を探ると動かして解錠した。
外に出ると、ちょうど目の合ったパッチオが慌てて駆けてくる。部屋の中に押し込めようとしてきた。
「どうして?」
「誰か間違って鍵を掛けたっぽい。だから外した」
「え、どうやって?」
「魔法で」
「そんな複雑なこと……、まあいいや。すぐにお代わりのお茶が来るから待ってて」
少年の顔色が怪しい。不審には思ったが、目が泳いでいるパッチオを押しのけるのも悪いと思って我慢した。出てきたお代わりのお茶を口にする。
「ランゼは……」
「ん……」
急激に眠くなった。少年の声がろくに耳に入らなくなったかと思うと、次に気がついたときはベッドに寝かされていた。悪いことをしたと思って身を起こす。
「え?」
足枷が掛けられていた。重たい鎖がベッドの足へと続いている。それを見たランゼッタは愕然とした。
(これじゃ、教団と同じ)
閉じ込められたのだと気づく。
しかし、ここはコタカッタ支庁ではない。逃げだせば、人間からもらった精気がそのうち切れて動けなくなったりしないのを知っている。足枷の鍵も解錠して外した。どうやら、ここは危険なのだと気づいた。
「う……そ」
再びドアを解錠して外に出るとパッチオと見知らぬ男が呆然と見てくる。
「なんだと? どうやって、あれを外した?」
「難しくない。だって、ぼく、妖精種だもん」
「エル……! なんだって? まさか、そんなことが。いや、それなら問題ない。いくらでも閉じ込めておけばいい」
パッチオの父親らしい男が言う。
「例の男と交渉しろ。この装鎧少女を幾らなら売るか、とな」
「わかりやした」
「あれ、装鎧少女なの。父様、どうするの?」
「契りを交わしてお前の装鎧少女にするのだ。そうすれば、将来は安泰だぞ? 上手くいけば国王から戦公に取り立てていただけるかもしれない」
勝手ばかりを言われる。全身から力が抜ける思いだった。
(どこも同じだった。教団も王国も、一般人も。ぼくがぼくでいられるのはマサキのとこだけだった)
ランゼッタは悲しくなって視界が霞んでいた。
次回『ランゼの挑戦(4)』 「マサキ以外の人間はみんな同じなんだね」




