ランゼの挑戦(1)
正輝たちはタンルンの都にやってきている。街門をくぐるときはギルド所属の職人として入った。特に職人ギルドに顔を出すつもりもなく、麦粉などの食材と研究目的の植物油を購入するのが目的である。
「雑然としてるけど、それだけ活気があるって感じもするか」
東側にあったのどかさが薄い。
「北西に大きく大陸が広がってますので、西側のほうが海運に便利で人も多いんです。海洋を越えて東にも大陸があると聞きますが、そちらとの交流は薄いようです」
「なるほど、大陸西側の国々との交易が盛んだから活気が違うんだな」
「物も人も動く量が違うもの」
エメルキアやティナレルザに教わる。
「国としての守りやすさよりは物流を重視してるってか。まあ、元を辿れば一つの国の一都市だったのが王都になったんだろうし」
「ええ、成り立ちに起因する部分が強いでしょう」
元は統一王国だったものが、メタルの災厄以降分裂したことを踏まえると理解しやすい。地方一都市であれば、物流の要として機能する都市が自然と発達する。発達した都市に、より人が集まる。人の集まった都市が独立を求めた意思の集約地点になる。自然な流れだ。そうして王都ウダマンは成立したのだろう。
「なので、西側の都市は総じて物が豊富です。ときには大陸北西側の国の産物も入手可能ですし」
エメルキアがゼアネルヒから受け継いだ知識を披露してくれる。
「これだけ活況してれば目的の物は大抵手に入るだろう。ただし、物価は少々お高めかもな」
「よくわかるわね。そのとおり」
「うーん、ジノグラフに特許って考え方が成立してればな。車とバイクで黙っててもひと儲けできたと思うが贅沢か」
どう足掻いても権利関係は甘い。
「マサキが前に言っていた、技術で稼ぐという方法です?」
「そう、こっちじゃ実物で勝負するしかないけど、俺の世界じゃ作り方そのものが商品になったのさ」
「それって情報管理が徹底してないと成立しないわ」
ティナレルザの指摘は正しい。統治が行き届き、情報が整頓されてきちんと管理されてないと特許という概念は成立しない。情報伝達に難のあるジノグラフに求めるほうが酷だ。
「ま、細々とやっていくとしよう。言語と通貨が統一されてるだけ御の字だ」
正輝は楽できる点だと思っている。
「売った図面は元には戻らないわ。別の方法を考えて。なにか当ては?」
「今んとこない。こっちで製造できるような代物はなかなか。それこそ、植物油由来の生地を作れるようになったら売り物にできるかも。製法となるとそうそう売れるもんじゃないし」
「高級生地として商うわけね」
決まった部品を組み合わせれば動く機械と違って、化学繊維の製法など簡単に普及するものではない。ましてや、妖精種の合成能力に依存するとなればなおさらである。
「そこを目指して努力してみるか」
生活を犠牲にしないよう妖精種解放に励む算段である。
「とりあえず、植物油を扱う店舗はどこなんだか」
「そのへんで聞ければとは思うのですが、こう人目が気になるでは迂闊なことも」
「車だけにしても限界があるな」
せっかくバイクを置いてきてクロスカントリー車だけにしてもそれなりに注目を集める。むしろ、西側の人々のほうが目利きが効くかもしれない。東側なら西側の新物が入ってきたくらいの受け止めで済んでいた気がする。
「こりゃいかん。変な噂が立つ前に宿を取って車を隠そう」
買うもの買ってさっさと退散する作戦を放棄する。
「それが正解っぽい」
「ですね」
「そのほうが食べ歩けるー」
ロナタルテのは目的が変わっている。
「たまにはベッドで寝るか。まともな風呂にも入れるし」
「高級宿にいたしません? それでしたら部屋のバスタブで……」
「却下」
触れ合いたがる少女の願いを無碍にして安宿に。余計に目立つ行動は避けるにかぎる。
「これでしか売ってない?」
店舗に並んでいたのは革袋入りの植物油である。
「どういう使い方しなさるんで、お客さん?」
「ちょっとな。ここにある分、大半買っていったら困る?」
「できりゃ遠慮してくださいませんか」
店主も呆れる。
「そんなに要るなら油問屋に直接行かれたらどうなんです?」
「そこなら大量購入できる?」
「ええ、もちろんでさあ」
店主に紹介された油問屋に向かう。一般家庭向けの店舗と違い、店主たちが仕入れに用いている問屋だ。さまざまな単位の仕分けで商っているという。逆に直接小分けで求めるのは嫌うらしい。
「こんちは」
彼が入店すると不思議な目で見られたのは一見さんだからだろう。
「植物油を樽とかで分けてもらえるかと思って」
「ほうほう、そういうご注文でしたら」
「可能かい?」
露骨に店員の態度が変わった。
「お持ち帰りは無理そうですな。どちらにお届けすれば?」
「宿に頼みたい。もちろん手間賃も払う」
「まいどあり」
極力トラブルにならないよう慎重に振る舞う。都市の行動での鉄則だ。できるだけ、誰かの印象に残らないよう気をつけねばならない。
「店の車で宿のほうに届けさせていただきます」
「ありがたい。じゃあ、ひと樽とあの大袋を一つ頼める?」
「はい、宿の場所を承りましょう」
正輝はその問屋の奥から覗いている目があるのに気づいてなかった。
次回『ランゼの挑戦(2)』 「そりゃ、それだけきれいなお顔立ちをされていれば」




