ほとぼりを冷ます(1)
コタカッタ王国全域において異常事態が発生している。
村となると珍しいが、街や都では時々見られる店先に吊られた籠。中には観賞用の小妖精が肌も露わな状態で入れられている。男性客が下卑た笑いを貼りつかせて覗きに来るのを当てにしているのだ。
ところが、どこからともなく飛んできた小妖精が籠の鍵を外して中の同胞を逃がしてしまう事案が多発していた。普通は飢えを怖れて逃げない小妖精がその誘いに乗ってしまうという、今までにない現象を伴って。
当然、相応の金を払って購入した小妖精である。店主は王国警備隊に訴えるが、まともに相手してもらえない。せいぜいが遺失物扱いの書面を残して追い返される。その程度の認識なのだ。
王国がその事態を深刻に受け取るのはずっとあとのこと、全域から民間所有の小妖精が消えた頃になるのだった。
◇ ◇ ◇
「皮剥いでーっと」
正輝はナイフを器用に操って40cmほどの飛びトカゲの皮を剥ぎ取っていく。いろいろな種類が見られる飛行種のトカゲだが、全般に皮は薄く伸縮性に富んでいる。念動力を外に放出するのに分厚い皮は邪魔になるらしい。
「肉は一口サイズで焼き網に」
塩とスパイスを振って並べていく。
「んで、革はだいたいこんな感じでよろしく」
エメルキアに乾燥してもらって加工品になった革を程よいサイズにカット。膝上の少女にイメージを伝えて、目的の形に成形してもらう。
「なんです、これ?」
少女は不思議そうだ。
「ん? これをスパッツという」
「すぱっつ?」
「そう。履くもんだ」
短パンみたいな形状の革製品の出来上がり。ただし、そのサイズ感は大人どころか少女にも当てはまらない。
「このサイズってことは?」
すぐに思い当たるだろう。
「そう、ロナとルーザの。おーい、これ履いてー」
「なーにー」
「え、履物なの?」
渡されたスパッツをひらひらとさせている。理解してない様子だ。
「だって、ロナもルーザも空飛ぶじゃん? そのとき、パンツ丸見えだってーの」
貫頭衣の中はダイレクトに下履きのみである。
「これを履いて恥じらいを憶えなさい」
「別に気にならないのに」
「俺が気になるの。革パンだから下履きの上にな」
履くよう促す。
「なんだか、ぴちっとしてるんだけど」
「ぴちっとー」
「だって、ルーザ、ズボン嫌だって言うじゃんか」
前にも提案したことがあった。しかし、可愛くないという意見の下、却下されたのである。ゆえに、苦肉の策として太もも半ばまでのスパッツで妥協することにしたのだ。
「これならどうだ?」
「うん、まあ、可愛いかも」
なぜか足の肌面積にこだわっている様子。
「よし」
「でも、おしっこしにくいー」
「こら、女の子がおしっことか言うんじゃありません」
ロナタルテはウエスト部分を引っ張って中を覗いている。まだ、はしたないという感情を覚えるには時間が掛かりそうであった。
「早め早めの対応で」
注意を与えておく。
「革製品ですので、塩分で劣化しやすいですものね」
「ルキ、君まで塩分とか言いだすんじゃありません」
「むー。だって、ロナとルーザだけずるいです」
贔屓と捉えているらしい。
「え? じゃ、履く?」
「わたしとランゼッタにも準備してください」
「履いてくれるならもっと大きめの飛びトカゲを狩ろう」
嫉妬心をあおるのが要求を叶えるファクターになるようだ。正輝はしめたと思った。
(中にタンクトップかビスチェを着せるのも遠くない)
貫頭衣なのでスパッと脱いでしまうエメルキアであったが、中に重ね着していれば初期に制止するのも難しくなくなる。悪くない作戦だった。
「善は急げだな。これ食ったら狩りに行こう。ん、ランゼ? ランゼはショーパン履いてるから別にいい」
彼女は貫頭衣ではない。
「仲間外れ嫌」
「そ、そうですか。じゃ、履きます?」
「履く」
彼が訊くと履くという。ショーパンの下にスパッツならファッションとしてなくはないと思う。それなりに可愛いのではなかろうか。
「でもなー、せめて革じゃなかったらお勧めなんだけどさ。あれ、きっと化繊だもんな」
淡い望みである。
「『かせん』ってなんですか?」
「化学繊維。原油っていう地下から掘りだせる油から作った繊維のこと。いろんな特性持ちだから汎用性高い」
「この場合は伸縮性ですか」
彼は「正解」と応じる。
「それってその原油じゃないと駄目なのです?」
「俺の知識じゃそこまでだけど」
「植物性の油とかでは?」
知識の中にはない。しかし、繊維といえば植物性。無理だとは思えない。
「できそう?」
可能なら最高である。
「やってみる価値はありそうです」
「挑戦してみて。なにせ、ジノグラフって虫がいないからさー」
「また、『虫』ですか? 虫がいるとなにができるのです?」
不思議そうに問う。
「糸出すんだよ。超細くて超丈夫なやつ。服とか作るのに最高でさ、伸縮性も結構あったりするし」
「『虫』が糸を……」
「蜘蛛とかさ」
当然通じないのでイメージを伝える。すると、妖精種たちが総出で飛び退った。
「これまでで最高に気持ち悪いです!」
「ひどいもの見せられたわ」
「おえー、なのー」
「食欲無くなるの」
「めっちゃ嫌われてんじゃん!」
益虫といわれる蜘蛛が憐れに思えてくる正輝であった。
次回『ほとぼりを冷ます(2)』 「バイクは癖強」




