アンブッシュレディ(5)
だんだんと男が怖ろしく思えてきた。こんなことはレクナクが装鎧少女を預かってから初めてである。
(青い瞳の装鎧少女、本当にいたのね。聞いたとおり)
黒髪の青年は確実に強敵だといえる。
(だからこそ、こんなに強い? いえ、違うわ。身体能力から感覚器まで全般に底上げされるだけ。戦闘センスにまでは反映されない。彼はそれなりの訓練を積んできてる)
時間を掛けて身体に染みつかせたものだ。そうでなければ、彼女の鋭い攻撃の最中に自分の攻撃を織り交ぜることなどできない。閃きに従って反射的に動いているからこそ形になる。ただの思いつきでは無理。
「中身は全然噂どおりじゃなかった」
「あん、なんだって?」
「噂どおり気持ち悪い仮面だったって言ったのよ!」
「うるさいな! 俺にとってはこれがヒーローのフォームだってんだ!」
言葉にしたのは誤魔化しだったが、本気で少し怖ろしげに見えてきている。跳ね上げ式のバイザーではなく、巨大な吊り上がった真紅の目。六角形の連なりの模様の入ったその目がまるで強さの象徴のように思えてきた。
(そのへんが中途半端。こいつったら、伝承にあるみたいに顔全体を覆われたら装鎧少女の自我侵食を受けやすいとか全然信じてないの? 正気じゃない)
実際にはそんなことはないとレクナクも思っている。しかし、どこか心の奥にしこりのように伝承が刺さって、彼女もバイザー方式にしていた。
「ヒーローって誰のよ」
「だから、あんたたちには理解できないって言ってんだろ」
躱しきれない距離で光の剣が身体の陰から飛びだしてくる。今度は真下から跳ねあがってきた。バックステップでは間に合わない。浅く斬られてしまう。床を蹴って横に転がった。
「んくぅ」
背中でベンチを粉砕しつつ転がる。そうしないと追い打ちがやってくる。実際に光る刃が飛び散る破片を斬り裂いた。
立ちあがったところで間合いが取れている。落ちた破片を足でジリジリと押しのけながら立ち位置を変える。今や、回廊は壊れたベンチだらけで散々たる有り様。
(半分以上はこいつが壊したのに、ボディには傷一つ付いてないんだもの)
強度が高いとはいえ、かなり強打して擦り傷くらい付いていてもいいのに見当たらない。
(回復も使ってる。こんなんじゃ埒が明かない)
一撃で大ダメージを与えるような大振りを当てるしかない。しかし、そんな大きな隙を男が見逃してくれるとは思えない。一か八かの勝負を仕掛けるしかない。
(右?)
助言された。
(右に回避する確率高い? 勝負かける?)
切っ先を下げて、レイピアにまとわせる出力を最大に。斬れ味に特化させて乗せる。柄を握る右手を上半身ごと突きだすように踏み込む。左手は柄頭に添えて引く。それで剣速を最大限にした。
剣身が男の股に迫る。左寄りに振り抜けばいい。ところが、相手の剣が腕の軌道上にある。そのままでは左の手首から上を刎ねられる。
「んんっ!」
装着解除すれば復元されるとわかっているのに思わず引いてしまった。その分だけ浅くなり、相手はバックステップで躱してしまう。そして、光の剣が上段で両手で握られた。
「マズ!」
回避できる態勢ではない。それでも男の最大出力の斬り落としが来る。引いたレイピアの剣身にまとわせた魔法力を切り替える。
(強度に全振り!)
初めてかもしれない刃同士が噛み合った瞬間。とてつもない衝撃が腕を伝わってくる。衝撃波さえ伴った一撃が彼女に吹き付け、弾き飛ばされてしまう。教会の壊された扉を通り抜け、通りの反対側の露店を爆散させながら背中を打ちつけた。
「た、立たないと。とどめ刺される」
痺れる腕を酷使して身を起こした。
男が扉から顔を覗かせる。ところがそこで急ブレーキ。「うげ」とうなると、中へと取って返した。
「どうして?」
「おい、大丈夫か?」
「装鎧戦士? 警備隊の?」
「ああ、そうだ」
駆けつけてくれた警備隊の装鎧戦士が助け起こしてくれる。その間もいつ扉から襲ってくるか警戒していた。
「君をやったのは?」
「中」
指さす。
「よし、同時に突入するぞ」
「気をつけて。半端じゃないわ」
「わかった」
息を合わせた瞬間、男が再び出てくる。なんと、その腕にはいっぱいの小妖精を抱えて。
「用済んだ。じゃなー」
一目散に通りを駆け抜けていく。
「え?」
慌てた彼女は教会内に駆け込む。最奥部の育成室は扉が破壊されもぬけの殻になっていた。
「な……」
愕然とする。
「なんてことしてくれんのよー!」
レクナクはどこにともなく吠えるのだった。
◇ ◇ ◇
「戦公モルンバが消え失せたか」
男は「ふふふ」と笑う。
「己がこそ国の要と威張りくさっている戦公どもが、わけのわからん男一人に翻弄されている。いい気味だ」
サイドテーブルに目をやると、カップが浮いて彼の手の中に収まってくる。中のお茶を優雅にすすった。
「ですが、教団もいいようにやられている様子。嘗めていい相手では」
副官が言い募ってくる。
「確かにな。都や街の教会だけではなく、体面まで見事に潰されているな。ならば、そろそろ本気で討伐に掛かろう。となれば、どうなる?」
「大規模な戦士団が編成されて狩りだしに掛かるかと?」
「そうなれば、援護が必要だな。デレキセントは装鎧戦士の総本山を気取っているからバックアップが弱い」
そこが狙い目である。
「やつめを追い詰めたときこそ私の出番。そうであろう?」
「はい、魔公ウズナル・トリクタン様の本領が発揮される場面かと」
「ふっふっふっふ」
魔公は愉快そうに笑った。
次はエピソード『激発のライダー』『ほとぼりを冷ます(1)』 「このサイズってことは?」




