アンブッシュレディ(4)
(なに、この剣技)
教団戦士レクナク・リリーンの常識にないものである。
普通は刃を合わせようとする。彼女のようにレイピアを扱う剣闘技であれば突きが主体。迫る切っ先を剣で弾いて隙を狙うのがセオリーだ。事実、男は格闘技のときは攻撃を手足で捌きつつ間合いを詰めてきた。
ところが、剣となると一転して合わせようとしない。基本的に回避。ステップを刻みつつ上半身を揺らして突きを避けていく。ならばと薙ぎ払いを混じえても、スウェイバックでギリギリに避けてみせる。
(合わせてこないと、どれがガードでどれがフェイクでどれが本命かわからないじゃない)
その力の掛け具合で読むのだ。
今は彼女の攻撃が宙を刻んでいるのみ。男のステップの足音と、剣の紡ぐ風切り音だけが回廊内に響いている。
「御大層なものを生みだしたのに、それは飾り?」
「普通は合わせにいくんだけどさ、あんたの場合、合わせた瞬間にペースを持っていかれる気がする。ヤバい匂いしかしない。だから、回避一択」
「いつまで避けていられる? それに、避けてるだけじゃ私には勝てないわ」
言葉の挑発に乗ってくれる相手じゃなさそうだ。
これまでの情報は、味方という味方の存在を感じさせない。周囲は敵しかいない。それなのに、この男は勝利したうえで逃げおおせている。待ち伏せしないと姿を捉えさせてくれなかった。
(思ってたよりずっと強か。振る舞いも、そして戦い方も)
教団が捕捉しきれない厄介な背信者を確保して手柄にと考えていたのに、相手のほうに興味が湧いてきている。なにを思って教会を破壊してまわっているか知りたくなった。
「誰の思惑?」
「俺を使うのは俺のみさ。誰の指図でもない。ライダーは正義を実践する」
「全然わかんない」
「おう、あんたたちは俺の行動原理を死ぬまで理解できない」
言い方が気になった。男は「あんたたち」と括ったのだ。つまり、周囲すべてを敵と認識している。実際にそう行動している。余計にわけがわからない。
「だから、それだけ慎重。正しい選択。でも、あまり利口ではない選択だわ」
「お利口でいようとするのはとうに捨てた。馴染まなくてね。昔から我慢するのは下手なのさ」
「それは生き方が下手って意味よ」
「違いない」
仮面の裏では朗らかに笑っていそうだ。表情が想像できそうなほど口調に屈託がない。自身の行動に悔いるところはないと感じさせる。どうにも捉えどころがない男だった。
「あなた、友人としては面白そうだけど、男としては魅力に欠けるわね」
「ほどほどにモテてきたと思うんだが」
「女を苦労させる男だってこと」
「おう、それは否定できないかも」
素直なところも小憎らしい。ここで斬って、コタカッタ支庁への貢物にするのは惜しい。だが、レクナクにも手柄を立てなくてはならない理由がある。
「投降してくれたらキスくらいサービスするけど。私のは安くないんだから」
「遠慮しとく。とんでもなく高くつきそうだ」
「あら、そう」
会話している間も男は彼女の攻撃を回避しつづけている。単調にしていたのは意図的なものでもあった。
ここで強く踏み込んで鋭いひと突きと見せ掛ける。その実、途中から腕を引いていた。相手の回避方向に合わせて二段突きを放つのである。
「つっ!」
しかし、引っ掛かってくれない。それどころか完全に意表を突かれた。男が低く頭から突っ込んでくる。剣の勝負と見せ掛けて、格闘で絡め取りにきたのだと思った。
「な!」
ところが、低い上半身の下からさらに剣が伸びてくる。それが光の剣でなかったら見定めるのさえ困難だっただろう。反射的にレイピアを持っていって弾くのに間に合った。
「どういう剣技をしてるのよ」
「完璧、我流なんでね。きれいな剣技は習ったことない」
「やめてよ。一番面倒くさいタイプじゃない」
剣を交えるのもある程度のセオリーがある。それを完全に無視する対戦相手は非常に対処に困る。身体に染みついていないパターンを引きださなくてはならない。
「ぞんぶんに嫌ってくれ」
「ぶー」
「うわ、そんな子どもみたいな嫌い方すんのかよ!」
正直、面倒くさいどころではない。大概が身体から入ってくる。そこに合わせて剣を出すと相手のペースだ。弾くなり絡めるなりやりようがある。
ならば、ワンテンポ遅らせればどうなるか。それこそ、やられ放題だ。出方に合わせてカウンターを狙うしかなくなる。彼女の剣技に合わない。
「だったら、ちゃんと女性をエスコートなさい」
「どんな男でもそれが当然みたいな口振りじゃん」
「ええ、私が微笑めばほとんどの男性は喜んでくれるわよ?」
引いている気配がする。非常に遺憾であった。ここまで見事に誘いを断られたのは初めてかもしれない。
「なあ、俺、あんたみたいな女が苦手」
「あら、私もあなたみたいなタイプが苦手だわ。奇遇ね」
「変なとこだけな」
踏み込みが深い。その足を払いたい欲求に駆られる。ただし、光る刃はひねった身体の向こう側。最大出力の攻撃が来るとわかっている。狙いにいけば、回避も迎撃もできない。
柄頭に左手を当てて切っ先を下に。すさまじい一撃が襲ってきて、レイピアの上を滑っていく。思わず、首を縮めて通り過ぎていくのを見送った。
(どうすれば、この男をやりこめられる?)
レクナクは手札が足りないと思いはじめていた。
次回『アンブッシュレディ(5)』 「噂どおり気持ち悪い仮面だったって言ったのよ!」




