本格始動(5)
街門外の溜まりには人だかりができてしまっている。顔見知りの警備隊員の姿も当たり前に加わっていた。
もちろん、戦士の装着後の姿とわかっている。彼らは装鎧戦士の強さを知っているので、逆に一般人が必要以上に近づかないよう整理に走っていた。
「絶対に来るな!」
バイザーを上げ、素顔をさらして吠える。
「警備隊くらいではこいつに敵わない。間違っても援護など考えるな。人を抑えておいてくれ」
「了解いたしました」
「頼む」
これにもバイザーの存在は有効だ。自らを誰なのか知らしめ、安全であることをアピールしなくてはならないケースがある。
「無関係の者には手を出すな」
「わかってるって。邪魔しなきゃな。俺が手を出せばミンチになる」
「わきまえておいて……」
襲ってくるなと言いたい。
この男は危険だった。人をまるで障害物のように言う。パンチが見物人相手に振るわれたときのことを思うと怖気がした。装鎧少女や小妖精にはあれほど優しげにしているのに、人間に対してそこまで冷酷になれるかと思う。
(根本的に狂っている。野放しにしたら死人が束で出る)
思えてならない。
それほどに怖ろしい敵なのに戦士の剣はその身に届かない。時折届いても、柔軟に見える薄皮で覆われた部分さえ、まったく刃を受けつけない。切っ先が引っ掻いた感触を返すだけだった。
「なんという」
「今さら? 装鎧戦士の怖さは同じ装着者のあんたこそ理解が深いだろ?」
「だとはいえ、お前はあまりに危険だ。なにがそうさせた?」
「あんたが言うかよ」
説得を試みたというのに、青年の機嫌は余計に悪くなる。彼の言葉に反応して声音が険悪さを帯びた。
「もう引けない。変身したら敵対者を排除するまで。負けは永遠の負けを意味する」
「鉄則だな」
一度致命傷を受ければ二度と装着者になれなくなる。
戦士の連撃に対して当然の如く拳を合わせてくる。火花とともに弾き、あまつさえ隙間に打撃を滑り込ませようとしてきた。
それは彼の身体を狙ってくるだけではない。ときには剣の腹を叩きに来る。剣身をひねって刃を立てねばならない。そうしなければ剣は折られる。
「強い、な」
「勝負がつくまで終わらんぜ?」
「無論、承知」
拳はまだいい。ちょっとでも隙間を与えるとキックも放ってくる。そちらは剣だけでは防ぎきれない。刃筋で逸らし、さらには腕まで使わないと外しきるのは無理だった。
それゆえに攻めつづけるしかない。相手にペースを持っていかれると一気に押し込まれると思えた。怖れがプレッシャーとなって吹きつけてくる。
「なにゆえ人を憎む」
「胸に手を当てて訊いてみな」
「お前の過去など知らぬ」
「そんな感性しかないのが俺は許せないんだよ」
裏拳が剣をへし折りにきた。剣先を下げて逃がし、変化させて跳ねあげる。斬撃がスピードに乗る前に、器用に足先で蹴って逸らされた。パワータイプに見えて、驚くほどの技巧も備えている。
(俺はこの男を退けられるのか?)
弱気が劣勢を呼び込む。
青年の両手を固めたオーバーアクションの一撃だったのに受けそこねた。かろうじて逸らしたものの、剣身が嫌な軋みを柄を握る手に伝えてくる。おそらく、次に剣同士を合わせる機会があれば確実に折れる。そんな感触だった。
(目を瞠りたくなるほど強靭で高価な剣だったというのに)
一人の戦士を相手にその寿命を終えようとしている。
「捌くしかあるまい」
右手の剣を引き、左腕を前に出す。
「無駄だぜ。それじゃ俺の剣は防げない。サイコブレード」
「なに!?」
青年が右手に光で編まれた剣を生みだした。驚愕のままに捌こうとした左手が手首から断たれて宙を舞う。見物人から悲鳴があがった。
「ぐぅ」
ひるがえった斬撃を剣で受け止めようとする。しかし、噛み合った途端に彼の剣は折れ砕けてしまった。さらに返ってきた一撃が右の肩口から入り左脇に抜けていく。
「くはっ!」
「勝負ありだろ?」
血がしぶいて倒れ伏す。ただでさえ左手からの激しい出血が、胴体からともなると耐えられなかった。痙攣する身体が死を伝えてくる。
「く……ふ」
痛みが若干和らいできた。眼の前を光が瞬き、左手の感触が指先まで戻ってくる。一瞬の熱さから、次は冷えを覚えさせていた身体の斬り傷が再生の気配を伝えてきた。
「ふ……う」
気づくと装着は解けている。その代わりに彼の装鎧少女は役目を終え、小さな存在に戻っていた。
「あなたが嫌いではありませんでした」
「お……まえは」
「でも、心を開いてさえくれなかった。さよならです」
飛行翅を持った元少女が遠ざかっていく。力を振り絞っても、失われた血がわずかに腕を持ちあげるだけしか応えてくれない。
「ああ」
思い起こすのは、彼のベッドの横に置いた一抱えほどの籠の中で丸くなって眠る姿。それを眺めて感じたのは癒やしの感情だったかもしれない。
装鎧戦士の立場を失った以上の喪失感がある。胸に空いた穴は、経路が閉じられた以上のなにかを覚えさせた。
「置いていくな」
飛んでいく小妖精が、青年の連れている二体に迎えられる。抱き合って浮かべるその笑顔は、ついぞ彼に向けられたことのないものだった。そのときになって、自分がなにを失ったかを知る。
戦士は混濁する意識の中で後悔にさいなまれるのだった。
次回『舞い戻って(1)』 「ちょっと寄り道するからさ」




