本格始動(3)
その男はバーの片隅でグラスを傾けている。店先は飾っていないが、客にガラス製の杯で酒を提供するようなそれなりの店ということ。
流体金属を使う割れない杯ではないので洗ったり磨いたりする手間も掛かるし、会計も相応の額になる。しかし、男はその雰囲気が嫌いではなかった。
「旦那もストイックですな。他の都の装鎧戦士なんかはもっと傲慢で、好き勝手に振る舞う方も少なくないって聞きますよ」
カウンターの主人が間を埋めるように話し掛けてくる。
「偉ぶってなにが変わる。人に敬遠されるだけ。避けられれば尻の座りが悪くなろう?」
「ですが、それなりに苦労なさって装鎧少女を手に入れられたんでしょう? 適性も厳しいって聞きます。いわば、選ばれた人間なんですから多少は致し方ないことかと」
「俺はいい。こうして、少しいい酒にありつける収入があれば十分だ」
褐色の液体を舐めれば馥郁たる香りが鼻まで抜ける。
「もっと、いい生活をなさってはどうです? 飲み食いしたって、あの戦具に吸い取られる分もあるんですから」
「あれか。あれはそう手間の掛かるものではない。剣の手入れのほうがよほど金が掛かる」
「そういうもんですかね」
混んではいない店の隅には少女が一人立っている。彼の装鎧少女だ。特に連れ歩かねばならない制限はないのだが、なんとなく剣と同じで連れていくのが習慣になっていた。
「気持ち悪くないんですかい? 旦那には贔屓にしていただいておりますが、私なんてあれの声を聞いたことさえございません。そもそもしゃべるので?」
気になるようだ。
「自らしゃべることはない。が、訊いたことは答える」
「そんなのに肌に触れさせるとか怖気が来そうもんですが」
「邪魔にはならん。それでいい」
人間のように時間が経つと汚れて臭くなるようなこともない。手入れに関しては剣のほうが時間を要するくらいだ。うるさくしないのなら、今の状態がちょうどいいと感じている。
「あ! ちっ、小妖精が来てますな。どこかの店先で飼ってるのが逃げだしたんでしょうか。追い払ってきます」
「放っていおいてもいいぞ。害にはなるまい」
「私が嫌いなんでさあ」
男は目の端に映るものに少し驚いた。彼の装鎧少女の肩に留まった緑の髪をした小妖精が話し掛けると少女の口が動いている。内容は聞こえないが会話しているのだ。
(ほう、珍しいこともあるもんだ)
それほどに自発的行動に乏しい少女だった。
その黄色い瞳がちらりと男を窺った気がする。しかし、店の主人が小妖精を追い払いに近づくと、すぐに伏せられ元に戻る。気の所為かと思うが、なにか引っ掛かった。
「今日はこれくらいにしておく」
「すんません、旦那。興ざめでしたね」
「気にするな。また来る」
夜も更け、どうせ帰る頃合いだった。
都市としては小規模のコハルセの都にいる装鎧戦士は彼一人。もし、管轄範囲でメタルビーストが発生すれば命懸けで討伐に向かわねばならない立場だ。
負ければ装鎧少女を失い、彼もビーストの餌食になるしかない。明日をも知れぬ命であれば、変に肩肘張らず満足できる毎日を送りたいと思っていた。
「小妖精となにを話していた?」
なんの気なしに尋ねる。
「いえ……」
「同胞が恋しいか? ならば、買ってやらんこともない」
「いえ……」
会話という会話でもない。しかし、どこか少女には通じるものを感じていた。
「そうか」
男は部屋に帰って彼女に精気を与えるとベッドに入った。
◇ ◇ ◇
翌日の夕刻、男が勤務を終えて警備詰め所を辞すると黒髪の男が近づいてきた。戦士の空気ではないと思ったものの、その風情が気になって顔を向ける。
「なあ、あんた、顔貸してくんない?」
「なんだ?」
「わかるだろ?」
男は少女を二人連れている。肩には緑色の髪の小妖精まで留まっていた。察して窺うと、彼の装鎧少女が目を見開いていた。そんな表情を見るのは初めてだ。
「その子があんたを殺してくれるなと言ってる。できるだけ穏便に済ませられればなと思ってさ」
軽い口調に騙されそうになる。
「どこの戦士だ?」
「流しだ。が、あんたとは対立する立場にある」
「ならば、勝負するしかあるまい」
黒髪の青年は眉根をもんでため息を吐く。驚いたことに彼が視線を向けたのは自分の少女のほうだった。
「どう思う?」
「あなた次第です。でも、事に及べば障害になるのは否めません」
「だよな。じゃあ、普通のおっさんに戻ってもらうしかないか」
(装鎧少女に意見を聞くだと? この男……)
対処に迷う。
「街の外でいいか? ここでやれば巻き添えが出るだけだ。本意じゃないだろ?」
青年が訊いてくる。
「いいだろう。お前も剣を取ってこい」
「いや、俺はいい。このまま行こうぜ?」
「俺は嘗められてるのか?」
眉がピクリとしてしまう。
「勘違いすんな。俺の流儀なんだ。それに、剣はお世辞にも得意じゃないんでね」
「勝負にならんぞ?」
「そっちこそ嘗めてる。俺にはこいつもあるんだぜ」
黒髪の男は拳をかざしてきた。腕に覚えありというところか。拳士系の装鎧戦士がいないこともない。まだ、相対した経験はないが。
(面白い。叩きのめしてから何者か問いただすとしよう)
戦士は剣にはかなり自信を持っていた。
次回『本格始動(4)』 「実績か? 賞賛か? 誰よりも強くありたいとかいう子どもっぽい欲求ではあるまい?」




