始動準備(3)
「よーし、出掛けるぞ。準備いいか?」
正輝は車の運転席から後ろを覗く。
「いつでもどうぞ」
「ええ、大丈夫」
助手席側にエメルキアとランゼッタ、ロナタルテとティナレルザはダッシュボードにいる。後部座席で返事をしたのがテアクルセとピトレスカ。小妖精勢はメルメシル始め思い思いにダッシュボードに座っていたり、後部スペースに浮いていたり、積載部分の床に寝転んでいたりと自由だ。
「上流に向かうから揺れるぜ。身体をぶつけないよう気をつけろ」
「はーい」
「うん、また女子校教師化してきたな」
パワーユニットはランゼッタがルンルンで動かしている。自分の関わった機械が作動する感触を味わうのが楽しいらしい。それなりに消耗するはずなのに喜んで志願する。
「行けるとこまでな。滝があったらそこでアウトだ」
「進めませんものね。でも、滝も楽しそうです」
「楽しみそう……、しまった、全員分の下着は間に合った?」
どう見ても泳ぐ気満々である。これだけの数の妖精種が全裸で歩きまわったり飛びまわったりしてると居心地悪いでは済まない。
「車を造ってる間に全員に配りました。そのためにあんな大量に生地を買ってきたのですから」
「危なかった。目が潰れるかと思ったぜ」
「どうしてです?」
「だって、こんな美少女ばかりが全裸でいると、この世のものとも思えない光景になっちゃうじゃん?」
隣のエメルキアに腕をつねられた。悪戯げな視線には嫉妬も混じっている。
「あら、マサキ様。なんだったら小妖精が増えても構いませんのよ。わたくし、喜んでこの身を捧げます」
「わたしも協力していい」
背筋が凍る。
「よせ、テア。トーレスも。ルキにタコ殴りにされる」
「もちろん、ルキ様の次の順番ですからご心配なく」
「じゃあ、私は三番目かあ」
「駄目だよ。ルキの次はぼくなんだから」
ろくでもない方向に話が進む。心を許すと積極的なのは妖精種の性質なのだろうか。繁殖形態の本旨はそれなのだから当然ともいえるのだが、彼としては承服しかねる。
「ざばー!」
「きゃー!」
河原に森が迫っている箇所もあり、半分川に乗り入れる場面もある。派手に水しぶきをあげるとロナタルテが喜び、他の小妖精も乗っかって騒ぐ。途中からクロスカントリー車になると予想が立ったので車高を高めにしておいて良かったと思った。
「ここまでだな」
「無理そうだわ」
川幅、水量ともに減少してきた頃、滝というほどではないにしても結構な落差のある急流に差し掛かった。それ以上車で遡るのは不可能だと判断し、手前の淀みの河原に停車して降りる。急流の終端にはちょっとした深さの流れ込みらしきものもできあがっている。
「このへんで遊ぼうか」
「わーい」
「着いたー」
ドアを開けると同時に小妖精が一斉に飛びたってほうぼうを偵察している。特に危険もない様子なので、正輝は車に積んでおいた物を降ろす力仕事に掛かる。
「お手伝いしますよ?」
「いいって、大した量じゃない。鍋だの焼き網だの燻製器だの簡単なものしかないしな。それよりあの子たちをまとめて薪でも拾ってきといてくれる?」
「そうします」
道具を降ろしたあとは、河原のゴロタ石を取り除いて積みあげ、簡単な竈を幾つか作る。持ってきた麦粉もその近くに置いてスタンバイ完了。
「まきー!」
ロナタルテがすっ飛んできて薪を爆撃よろしく落としていく。
「こら、危ない」
「つぎー」
「あーあ」
遊び感覚なのは結構なことだ。小妖精が次々と持ってくる薪を集積する作業に移る。そうしているうちに必要なものは揃った。
「もういいぞ。あとは自由時間。川に入るときは流されないよう気をつけろ」
「やたー」
「ルキ、上流の水は冷たいから凍えて戻ってくるかもしれない。先に火だけ起こしといて……」
「え?」
すでに半脱ぎの少女に出くわすことになる。貫頭衣を上から抜き、そのまま抱えあげて膝に乗せた。
「着火よろしく」
「はい」
差しだした薪の先端に火を点けてもらい、それを元に焚き火を組む。
「もういいけど?」
「もうちょっとこのままで」
「別にいいが」
膝から見あげてくるエメルキアを抱えて焚き火が本調子になるのを待った。火が安定した頃合いに、少女を抱きあげて川に向かう。そこはもう小妖精が乱舞する空間だった。
「意外と冷たくね?」
「テンション上がってそれどころじゃないでしょっ!」
ティナレルザが水を掛けてくる。珍しくはしゃいでいた。彼女にしてみれば、こんな光景は夢の中のことで、焦がれながらもあきらめていたのだろうと思われる。
「わたしもー!」
エメルキアも降りると駆けていって水掛けに加わる。
「ずぶ濡れだな、ランゼ?」
「集中攻撃された」
おっとりしたランゼッタははしゃぐテアクルセやピトレスカに集中砲火を浴びて逃げてきたらしい。腰にしがみついて目を丸くしていた。
「よし、じゃあやり返すぜ」
「おー」
正輝もシャツを脱ぐと駆け寄って少女たちに水を掛ける。下着だけの彼女たちは歓声をあげながら応戦してきた。すごい水しぶきの中をロナタルテが突っきって遊んでいる。
(遊ぶってのに飢えていたんだろうな。ずっと気を張っていたんだろうから)
今は変身できる彼がいることで、なにがあろうと大丈夫と思ったのだろう。
正輝は気を緩めた妖精種たちに混じって歓声をあげた。
次回『始動準備(4)』 「おいおい、小妖精は自然の一部かよ」




