妖精種の里に(5)
幸いというべきか、あいにくというべきか、隠れ里を空けているうちに精気の噴出は起こらなかった。戻った正輝たちは急く気持ちを胸に秘めて待つことになる。
「頼むから成功してくれ。これが上手くいったら、すべてがまわり始めるんだ」
「そうですね。里のキャパシティは数倍どころではなくなるはずです」
「少なくともコタカッタ攻略の弾みにはなるわね」
そして一週間後、誰もが焦りを覚えはじめた日の午後、精気が湧いた。それがわかったのは、はめ込みガラスが煌々と輝きはじめたからだ。塔の下からの水の湧出量も増え、間欠泉が噴きだしていると確認した。
「ほとんど外には漏れてきませんですのね?」
テアクルセも不思議そうに見あげる。
「浴びるものを浴びないと不安になるわ。せっかくマサキがこまめに補給してくれているにしても」
「習慣というのは怖ろしいものですわ」
「ある意味、喜びの共有だったのかも。次がいつになるかわからない不安があるからこそ待ちわびていたのね」
テアクルセとピトレスカが感慨深げに話している。メルメシル始め小妖精も息を呑んで見守っていた。間欠泉はいつもの如く三時間ほどで止む。終わってもガラス窓は輝きを放ったまま。まるで灯台のようだった。
「それでは」
テアクルセが代表して塔に触れる。
「素晴らしい。とんでもない量の精気が中に満ち満ちておりますわ。これならひと月くらいは十分に飢える者を出さずに済みます」
「被膜があるからダイレクトには入ってこないけど意識すれば吸えるわね」
「いつでも誰でも枯渇する心配なく暮らせますわ」
二人は感動に震えている。頭の中では苦労の日々が駆け巡っているのかもしれない。涙まで流しているのだから。
「いいかな?」
違う意味でお祭り騒ぎになっている妖精種たちに告げる。
「ここを俺たちの本拠地とする。これからも世話になるけど構わないか?」
「もちろんですわ。大恩あるマサキ様のためにわたくしたちはすべてを捧げましょう」
「そんなにかしこまらないでくれ。一緒に暮らす家族が増えたくらいの感覚でいるんだから」
呼び方までが変わってしまっている。
「いいえ、そうはまいりません。あなた様が妖精種の神様であるのは疑いようもない事実となりました。どうかわたくしの忠誠をお受け取りくださいませ」
「きっと彼女は納得しませんよ?」
「このパターンか。あきらめるか」
頑張って結果が伴ったのは間違いない。受け取らねばテアクルセたちのほうが気兼ねだろう。
「というわけで、俺たちの家も建設していい?」
「お手伝いさせてください」
こうして、隠れ里は妖精種の里に生まれ変わることになった。
◇ ◇ ◇
正輝たち五人で暮らす家を建てるつもりだったがテアクルセとピトレスカも同居したいと望まれる。いない間の管理だけしてもらうのも悪いので了承した。
「これはすごい」
お礼とばかりに小妖精が暮らす小屋を新調する。こちらは家ではなく全面ガラス張りのサンルームにした。
大樹の根本をぐるりと巡る構造にしてあって下は土間のまま。陽光が直接入ってくるので植えた芝生がよく育つはずである。幹には大層な数の張り出しも付けてある。
「ありがとう、マサキ様」
メルメシルが顔に張りついてくる。
「押し戸が秀逸だろ?」
「うん、格好いいわ。それもガラスでできているんだもの」
「まあ、俺やテアたちが出入りする扉が木製なのは我慢してくれ。そこもガラスにすると若干怖いんでね」
まるでなにもないところに扉だけ立っているように見えなくもない。
「換気口も付けたけど、天気のいい日は基本的に窓を開放な。たぶん、暑くなりすぎる」
「ええ、自分たちで調整するから心配ないわ」
至って好評である。小妖精が代わる代わるキスしてくるのでロナタルテたちが弾きだされていた。
「これで里はなんの心配もなくなりました。なので、わたくしのお願いを聞いていただけますでしょうか?」
テアクルセが改まって言ってくる。
「いいぜ。なにか修正点があるなら……」
「どうか、契りを交わしてくださいませ。わたくしをマサキ様の装鎧少女としてお連れくださいませんでしょうか?」
「あ……ん?」
思ってもみなかったことを申し出られる。
「待て、それは」
「これ以上のご奉仕を思いつけないのです。わたくしを自由に使っていただければと願っております」
「思い直してくれ。せっかく里が安定して、君が思うがままに暮らせるようになったものを」
自ら自由を放棄したいというのは受けいれがたい。彼女はこれからなのだ。
「それがわたくしの願いでもですか? あなた様の装鎧少女になりたいと望む自由は許してくださらないのですか?」
涙の懇願は断りにくい。
「うーん、なんて言ったらいいんだろう。君はまだこの里の支えなんだよ。それは俺にとっても同じこと。ここに君がいるから安心して留守を任せられる。それじゃ駄目かな?」
「でも、わたくしは……」
「それくらいにテアを信頼してる。本拠地の運営を任されてくれ。それを飲んでくれたら契りを交わそう。確か、それで経路が開いていつでも俺を感じられるんだよな?」
ぎりぎりの条件だった。
「はい、それなら。わたくしをマサキ様だけの装鎧少女にしてくださいませ」
「わかった」
「あの……、私もお願いしていいかしら?」
ピトレスカも申し出てくる。テアクルセに許したものを彼女だけ許さないのは悪い気がする。
「大盤振る舞いだ。その代わり、変身するのはこれ一回で当分なしだぜ?」
「「はい!」」
正輝は居場所だけでなく装鎧少女が増えた。
次回『目立たなくするには(1)』 「この妖精種殺し」




