ランゼの意識改革(5)
小動物の死骸がぽつんと湖畔に置かれている。気づいた水トカゲが水際まで上がり、様子を窺っていた。陸地でも意外と素早い走りで食いつこうとするが、なぜか死骸は生きているかのように逃げる。
警戒して動きを止めた水トカゲだったが、血の匂いにつられて再び歩み寄る。動く死骸を追いかけて一匹で木立の際まで来ると、一斉に少女が立ちあがって念動力で殴りつけてきた。
「そのまま!」
タコ殴りにされている水トカゲに走った正輝は脳天にナイフを突きたてる。
「どうだ!」
「動けなくします。耐えてください」
「齧られないで」
エメルキアとランゼッタが二人掛かりで3m近くある身体を縛りつけている。派手に暴れていた水トカゲも徐々に力を失っていって絶命した。
「ふぅ、怖え」
馬乗りになったまま汗を拭う。
「これで水トカゲは完全に我々を狩る側として警戒するでしょう。作戦勝ちです」
「湖水で水浴びもしやすくなるな」
「そのはずです」
「ルキ、頭いい」
エメルキアが考案した作戦である。というのも、彼女たちが水浴びする分にはなにも問題ない。近づいてくるたびに打ちのめしてやればいいから。
ただし、正輝一人だと丸っきり獲物になってしまう。それを苦にした彼がなにか方法がないのかとお願いした結果が狩猟作戦だったのだ。
(水浴びするたびに護衛してもらうのも気が引けるし)
なにより、エメルキアたちも一緒すると言いだして、素っ裸の少女と行水する羽目になる。誰が見るでもないが、あまりに風聞が悪い。せめて頻度を減らせればと苦肉の策を決行した。
「とはいえ、狩っただけでは申し訳ない。当然、いただくわけだが」
巨体を眺める。
「これ、食べられる?」
「わかりません。誰も食べたことないので」
「島にはカルデラ湖にいるだけだったもんな」
海トカゲは何度も食べたが水トカゲは未経験。二人の念動力で軽くしてもらって正輝が森の中にと引きずっていく。
「解体するか。少なくとも皮は張りがあって柔らかそうだし素材に使えそう」
首を落として血を抜いていく。内臓は例によって湖の魚に還元した。皮を剥いで乾燥させるとわりと上質な肌触りになる。ボトムスと手袋に加工してとエメルキアにお願いしておく。
「あとは肉か」
切り分けた感じはプリプリとした感触。
「やっぱり鶏肉っぽいな」
「とりにく?」
「あ、そうだった」
ジノグラフに鳥はいない。
「典型的なトカゲ肉かな。カエルにも似てそうだ。ん、そういえばヘビを見たことないな」
「へび?」
「ヘビもいないのか」
考えればわからないこともない。ヘビは爬虫類の中でも移動力と攻撃力に特化して進化し、足を捨てている。こちらの世界で飛行能力を得ることが可能なトカゲがヘビに進化する必要がなかった。
「とりあえず焼いてみるか」
「ですね」
「見た目は美味しそうに見える」
食べる楽しみを覚えたばかりのランゼッタはなににでも夢中である。解体する傍ら少量を焼いてみた。
「うん、淡白すぎる。塩とスパイスないとなに食ってるかわからん」
「他のトカゲに見られる癖がほとんどないですね」
本当にササミを食べているようで、ランゼッタは「もそもそ」としょげる。
「プロテインを常飲してるようなタイプは大好物かもしれんが、普通に食うには味気ないな」
「ぷろていん?」
「ごめん。乱発してるな」
苦い面持ちになると小妖精たちにはウケた。
「これには対策もある。きっと上手くいくはずだ」
「美味しくなる?」
「任せとけ」
解体を進めて肉だけ取る。次に、若干肉の残っている骨を、流体金属で作った鍋に放り込んでぐつぐつと煮込む。出汁が決め手になるはずだ。
「匂いは良くなってきた」
ランゼッタの機嫌も戻ってきた。
「どれどれ、どんな感じだ?」
小皿に入れたスープを冷ましてすする。いい感じにいろいろなものが溶けだしていた。目が釘付けのランゼッタにも飲ませる。
「これだけで美味しい。施設のスープと全然違う」
旨味だけが凝縮したものである。
「あら、素敵なお味ですね」
「ルキが採ってきた臭み消しの野草も効いてる?」
「しみるー」
ロナタルテは彼の口癖を真似している。
「骨は取りだして、味を調整しつつ肉と野草とで煮込めば」
「ひと手間掛けると段違いだわ」
「たのしみー」
肉は大量に出たので一部は塩漬けに、一部は燻製にしてみる。いずれもスパイスは多用して仕上げてみた。
この日の食事は鍋と、焼いた平パンで十分。フォークが進んだ。
「これも楽しいんですが、やはり人間社会へのアクセスには足りない部分がありません?」
エメルキアが膝に座りながら言う。
「誰か、人間社会側の協力者を模索するべきです」
「でもな、その協力者は俺と同じに君たちに接するか? 高確率で無理だろう」
「はい」
少女も否定できない。
「それなら不要だ。まず第一は君たちの穏やかな生活であって、効率的な手段は二の次だ」
「嬉しい話ではあるのですが」
「自分を押し殺して目標に邁進する。それが政治家なら選択としては悪くはないだろう。でも、俺は政治家じゃないから個人として自分を押し通すことを選ぶ」
妖精種優先の生活を変えるつもりはないと宣言する。自然と皆が寄り添ってきた。
「ランゼにもこのまま余計な苦しみを知らないでいてほしい。そのためなら俺の苦労なんて知れてる」
「どうしてマサキはそんななの?」
「簡単な話さ。弱きを助け、が正義のライダーの基本だからだ」
「時々わからないこと言う」
彼女の温かみを脇に感じるのが正解だと正輝は思った。
次回『ホジダラ情報戦(1)』 「暗黙の了解ってやつか」




