↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝石のような時間をどうぞ  作者: みつまめ つぼみ
第6章:私たちの青春

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/60

58.

 バイトが終わり、駅に向かう夜道を歩く。


 今日も私は、潮騒の中でマスターの手を握った。


 歩美(あゆみ)が驚いたように目を見張った。


「……どうしちゃったの、朝陽(あさひ)」


「恋人と手をつなぐのが、そんなに不思議かな?」


 早苗(さなえ)がニンマリと笑ってスマホを構えた。


「ハイ二人とも、笑って笑って~」


 私は早苗(さなえ)に振り向いて、ニコリと微笑んだ。


 カシャリと音がした後、早苗(さなえ)が告げる。


「本当に笑ってる……なにがあったの?」


「んー、なんとなく」


 マスターは黙って私の手を握り返してくれている。


 その顔を覗き見ると、ニコニコと幸せそうな笑顔をしていた。


 早苗(さなえ)が空いているマスターの手を握って「こっちは私がもらった!」と告げた。


 歩美(あゆみ)が不満げに告げる。


「ちょっと、私が余るじゃないの」


 早苗(さなえ)がのほほんと応える。


「歩美(あゆみ)には孝弘がいるでしょ」


「なんでそこで孝弘さんがでてくるのよ!」


 賑やかなふたりの会話を聞きながら、潮騒の中を歩いて行く。


 こうしていられるのも、あと三年くらい。


 大学進学するなら、もっと短いかもしれない。


 孝弘さんが言うように、本当にあっという間なんだな。


 私は黙って、宝石のように輝く時間を味わいながら歩いた。



 駅に着き、みんなでマスターに笑顔で告げる。


「それじゃ、また明日ね!」


「うん、気を付けて」


 私たちは手を振りながら、改札を通過した。





****


 晩御飯を食べながら、お母さんに尋ねてみる。


「もしもの話なんだけどさ、私があの喫茶店に就職するの、どう思う?」


 お母さんが私を見つめて告げる。


「朝陽(あさひ)、本気なの?」


「どこかに就職するなら、選択肢の一つなのかなって」


 お母さんが小さく息をついた。


「小金井(こがねい)さんとの関係はどうするの?」


 私はおずおずと応える。


「まだ決めた訳じゃないけど、その場合は結婚するのかなって」


「あのお店、きちんと利益は出してるの?」


「マスターは『黒字経営だよ』って言ってた。

 それに浜崎のお爺さんが、助けてくれるって言ってたし」


 お母さんが小さく息をついた。


「だとしても、大学くらいは出ておきなさいよ?

 飲食業なんて不安定で、いつ潰れるのかわからないんだから」


 やっぱり、普通に考えたらそうなるよね。


 これ以上、何をどう説明したらいいのかわからない。


 私が肩を落としていると、お母さんが優しく告げてくる。


「今度、小金井(こがねい)さんと浜崎さんの二人と会えるかしら。

 朝陽(あさひ)が本気なら、詳しくお話を聞かせて」


「……わかった。言ってみる」


 私は静かに晩ご飯を食べ終わると、「ごちそうさま」と言って部屋に戻った。





****


 お風呂上りにお水を飲んでいると、お母さんが私に尋ねてくる。


「ねぇ朝陽(あさひ)。普通に就職しようとは思わないの?」


「働くとかまだよくわからないし、私はあの喫茶店が大好きなんだ。

 せっかく働くなら、好きな所で働けたらいいなって」


「小金井(こがねい)さんはなんて言ってるの?」


「……きちんと大学を出て、普通に就職しなさいって」


 お母さんがため息をついた。


「それでも喫茶店で働きたいの?」


「だって、他の会社に就職したらもう、あの喫茶店で働けなくなっちゃうし」


 お母さんが私の目をしばらく見つめた。


「……わかったわ。

 近いうちに、小金井(こがねい)さんたちと話し合った方が良さそうね。

 進級して二年生になったら、もう大学進学の準備もしないといけない。

 その頃には自分のキャリアも考え始めた方がいいもの」


「うん……」


 私は「おやすみ、お母さん」と告げて、部屋に戻った。





****


 ベッドに倒れ込み、マスターにメッセージを送信する。



朝陽(あさひ):お母さんが話を聞きたいって。


朝陽(あさひ):浜崎のお爺さんと一緒に。


辰巳(たつみ):わかった。源三にかけあってみる。



 ふぅ、とため息をついて、秀一さんにメッセージを送信してみる。



朝陽(あさひ):私の幸せはどこにあるのかな。


秀一:幸せは自分で見つけるものだ。


秀一:他人から与えられた幸せでは、人は満足できん。


朝陽(あさひ):そうなの?


秀一:自分で選ぶことが大事なんだ。



 『自分で選ぶ』か。


 あの喫茶店は、私にとって大切な場所。


 マスターにとっても、とても大切な場所。


 あそこを守っていきたいと思う。


 だけどやっぱり、まだ結婚はわからなかった。


「あーもう! 高校生って忙しすぎない?!」


 思わず一人でぼやいてしまった。


 子供で居られる、最後の時間。


 それを過ぎたら、私は大人にならなきゃいけない。


 怖い気持ちと、楽しみな気持ち。


 二つの気持ちが揺れ動いてる。


 私は『自分の幸せ』を見つけられるのかな?


 喫茶店で働く以外の職業なんて、わからないし。


 早苗(さなえ)や歩美(あゆみ)はどうなんだろう?



朝陽(あさひ):二人は就職どうするの?


早苗(さなえ):考えてるわけないじゃん。


歩美(あゆみ):私はデザイナーかな。


早苗(さなえ):お、すごーい!


朝陽(あさひ):どういう仕事?


歩美(あゆみ):服を作ってみたいのよ。難しい職業だけど。


朝陽(あさひ):難しいんだ?


歩美(あゆみ):競争率高いからね。


早苗(さなえ):孝弘と結婚すれば、簡単なんじゃない?


歩美(あゆみ):それは今関係ないでしょ?!


早苗(さなえ):社長夫人がデザイナーとか、よく聞くじゃん。


朝陽(あさひ):歩美(あゆみ)はすごいね。


歩美(あゆみ):高校生だもの。考えるのが当たり前よ。


早苗(さなえ):えー、もっと遊ぼうよー。



 歩美(あゆみ)は偉いな。私なんてまだ、中学生の気分が抜けきらないのに。


 スマホを枕元に置き、布団をかぶって目をつぶった。


 マスターと一緒に喫茶店を経営するのって、現実的な道じゃないのかな。





****


 朝の通学路、いつものようにマスターが青い巾着袋を渡してくる。


「はい、お弁当。

 源三が次の土曜日、朝陽(あさひ)のお母さんを迎えに行くよ。

 そこで話し合いをしてみようか」


「ありがとう……話し合いって、何を話すの?」


「朝陽(あさひ)のお母さんが不安に思ってることに応えるんじゃないかな。

 大丈夫、源三が巧くやってくれるさ」


 私は「うん」とうなずいて、立ち去るマスターの背中を見送った。



 ホームルーム前、早苗(さなえ)と歩美(あゆみ)が私の席に近づいてくる。


 歩美(あゆみ)が微笑んで告げる。


「朝陽(あさひ)も将来を考える気になったの?」


「だって、嫌でも考えなきゃいけないじゃん……」


 早苗(さなえ)が笑いながら告げる。


「一年生の間は別に遊んでていいじゃん!

 大学なんて三年生からでいいし。

 就職なんて大学に入ってから考えれば!」


 歩美(あゆみ)がため息をついた。


「あのね。大学選びも重要なのよ?

 キャリアプランにあわせた大学に行かないなら、お金と時間の無駄よ。

 ゆっくりしていられるのは一年生の間だけなの。

 進級したら、キャリアプランに向けて資格も取っていかないと」


「歩美(あゆみ)は真面目過ぎるよー!

 せっかくの女子高生を楽しまないでどうすんの?!」


「早苗(さなえ)がお気楽すぎるのよ」


 私は「あはは……」と愛想笑いを浮かべていた。


 もっと遊んでいたいっていう早苗(さなえ)の気持ち、わかっちゃうなぁ。


 だって就職とか、実感ないし。


 歩美(あゆみ)はしっかり将来を見据えていて、偉いよなー。


「あ、先生来たよ」


 早苗(さなえ)たちが席に戻り、今日のホームルームが始まった。





****


 『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』のカウンターで、マスターが私たちに告げる。


「土曜日は臨時休業するよ。

 早苗(さなえ)さんと歩美(あゆみ)さんはお休みだ」


 早苗(さなえ)がきょとんとして告げる。


「え? 朝陽(あさひ)は?」


「ちょっと朝陽(あさひ)のお母さんと、今後のことを話し合うつもり。

 だからお店を閉めて、源三と朝陽(あさひ)を含めて、四人で会おうかなって」


 歩美(あゆみ)が眉をひそめてマスターに尋ねる。


「大丈夫なんですか?

 ちゃんと朝陽(あさひ)のお母さんを説得できます?」


 マスターが困ったように微笑んだ。


「僕としては、朝陽(あさひ)はきちんと就職した方が良いと思ってる。

 その辺りも、土曜日に話し合おうかなって」


 私は落ち着かない気分でコーヒーを一口飲み、一息ついた。


「今から進路のことを言われても、わかんないよ」


「だけど朝陽(あさひ)は、大学進学を考えていたんだろう?」


「だって、お母さんが『大学くらいは出ておきなさい』っていつも言ってるから」


 歩美(あゆみ)がクスリと笑った。


「自分で考えていたわけじゃないってことね。

 やっぱり朝陽(あさひ)はお子様ね」


「歩美(あゆみ)がしっかりしすぎなんだよ!」


 マスターが明るい笑い声をあげてから、私たちに告げる。


「君たちは今、『宝石のような時間』の中にいる。

 その大切な時間を、無駄遣いしないようにね」


 いつもはお客さんに提供していると思っていた『時間』。


 私たちも本当は、そんな時間の中にいる。


 マスターの言葉で、それだけは心に染み入るように実感していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。