44.
カランコロンとドアベルが鳴る。
接客に出た私の前には、女子高生くらいの女の子。
オーバーサイズのパーカーで、手首まで袖で隠れてる。
青いショートヘアとキュロットスカートから覗いた白い足が印象的だった。
その子は私を無視して店内を見回し、カウンターにいるマスターに目をとめて駆け出した。
「――辰巳! 会いたかった!」
女の子がカウンターの上に飛び乗り、マスターに飛び掛かる。
マスターは驚いた顔でその子を受け止めていた。
「お前――桜か! どうした、突然!」
「だってー! 辰巳ってば全然会いに来てくれないじゃんかー!
仕方ないから、僕が来てあげたんだよ!」
――『僕っ子』?! 実物は初めて見たかも?!
呆然としながら、私はマスターに尋ねる。
「その子……誰なの?」
マスターは女の子に対応で必死で、私に応える余裕がないみたい。
熱烈な情熱をぶつけてくる女の子に、マスターが押されていた。
代わりにカウンター席に座る秀一さんが、私に応えてくれる。
「こいつは浜口桜、俺たちの親戚みたいなもんだ」
「――じゃあ、竜神なの?!」
「ま、ちょっと違うが、似たようなもんだ。
どちらかというと『あやかし』に近い存在だな」
早苗が不機嫌そうに告げる。
「親戚だからって、いきなり抱き着くとか節操が無いんじゃない?!」
秀一さんがコーヒーを飲みながら応える。
「桜は昔から、辰巳べったりだったからな。
なんせ中国からついてくるほどの執着ぶりだ」
マスターがようやく桜ちゃんを引き剥がして告げる。
「――桜! いい加減にしないか!」
「辰巳! もっと引っ付かせてよ!
昔みたいに、僕をそばにおいてよ!」
マスターが深いため息をついた。
「お前にはきちんとした社があるだろう。
俺の力は必要がない」
「そんなぁ?! どうしちゃったの?! 辰巳!
――ん? なんか、巫の匂いがする」
店内を見回す桜ちゃんの目が、私にロックオンされた。
「……君が悪臭の発生源だね?」
「悪臭って、言い方が酷くない?!
桜ちゃん、少し落ち着いて?!」
桜ちゃんは冷たく座った目で私に告げる。
「辰巳は僕のものなんだよ。
それを邪魔するなら、誰であろうと容赦は――」
次の瞬間、桜ちゃんはマスターの手で壁に叩きつけられていた。
桜ちゃんの首を掴み、怒りをにじませながらマスターが告げる。
「いいかげんにしろ、桜。
朝陽に手を出したら、容赦はしない」
「――そんなにこの女が大事なの?!」
「ああ、大事だ。お前よりもな」
桜ちゃんが涙目になって告げる。
「そんなぁ……ひどいよぉ。
辰巳と僕の仲じゃんかぁ」
秀一さんがフッと笑った。
「桜、本気で謝っておけ。
そろそろ辰巳も我慢の限界だぞ」
「――わかったよ! 謝る!
もうその女には手を出さないから!」
マスターが冷たい低音で告げる。
「俺に誓えるか?」
「誓うって! だからもう放して!」
ようやく解放された桜ちゃんは、床に座り込んでしまった。
私に振り返ったマスターが、悲しそうな顔をする。
「ごめんね朝陽、桜には手を出させないから」
「あはは……お手柔らかにね?
――桜ちゃん、コーヒー飲もうか!」
私はカウンターに入り、桜ちゃんに肩を貸した。
****
桜ちゃんは秀一さんの横で、大人しくコーヒーを飲んでいた。
「なんだよ、今度こそ独り占めできると思ったのに。
なんで巫なんて用意してるのさ」
マスターがフッと笑って応える。
「出会ったのは偶然だ。
だけど今は、その偶然を感謝している」
私はおずおずとマスターに尋ねる。
「桜ちゃんはどんな竜なの?」
マスターは困ったように微笑んだ。
「ごめんね朝陽、それは僕の口からは言えないかな。
桜本人から聞いてみて」
私が桜ちゃんを見ると、彼女はプイッと私に背中を向けた。
「僕が教える訳、ないじゃん!」
ですよねー……。
ふぅ、とため息をつくと、またカランコロンとドアベルが鳴る。
歩美がエントランスに向かい、お客さんに告げる。
「いらっしゃいませ。
『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』へようこそ。
お一人様ですか?」
お客さんは二十代後半くらいの女性だ。
ベージュのスリムパンツにミントグリーンのライトジャケットを羽織っていた。
丸いサングラスを外しながら、店内を見回していた。
「……一名よ。奥の席にしてもらえる?」
「はい、こちらへどうぞ」
歩美が店の隅にある席に女性を案内していった。
女性は椅子に座るとメニューを眺め、ブレンドを注文したみたいだ。
それからもしきりに店内を見回してるみたいだった。
私はマスターに尋ねてみる。
「あの人も知り合いなの?」
マスターは首を横に振っていた。
「いや、違うよ。
珍しいね、人間がやってくるなんて」
――人間のお客さん?!
おもわず女性のお客さんを観察していると、彼女は鞄からカメラを取り出した。
そのまま店内を撮影していく。
あわててお客さんに駆け寄って告げる。
「お客さん! 勝手に写真撮影されたら困ります!」
女性は私にニコリと微笑んで応える。
「あら、いいじゃない。
噂に聞いた『幻のお店』にせっかく入れたんだもの。
記念撮影ぐらいしたいわ」
私はカウンターに振り向いて声を上げる。
「マスター! どうしたらいいんですか?!」
彼はふぅ、と小さく息をついてこちらにやってきた。
私に構わず店内を撮影する女性に、マスターが告げる。
「あなたは誰なのか、聞いてもいいかな」
女性はマスターの顔を見ると、ニコリと微笑んでカメラを向けた。
「若松香織、ジャーナリストよ。
オカルト雑誌に記事を売って生計を立ててるの」
――それって、この店を取材に来たってこと?!
香織さんはパシャリとマスターを撮影すると、懐から名刺を取り出した。
差し出された名刺を受け取ったマスターが告げる。
「店内の勝手な撮影はお断りしています。
守れないなら、後悔することになりますよ」
香織さんは余裕の笑みで応える。
「どう後悔するのか、教えてくれる?」
――次の瞬間、バキリという音がしてカメラがひしゃげていた。
あっけに取られる香織さんに、マスターが告げる。
「コーヒー一杯は許してやる。
それを飲んだら帰れ」
香織さんに背中を向けたマスターは、カウンターに入りコーヒーを入れ出した。
****
早苗や歩美がひそひそと話していた。
「なんか感じ悪い人だよね」
「ジャーナリストって、大丈夫あのかしら」
私はマスターからコーヒーを受け取ると、香織さんにそれを届ける。
「ごゆっくりどうぞ」
香織さんは穏やかに微笑んで応える。
「あら、ありがと。
ねぇあなた、バイトでもしてるの?」
「ええ、そうですけど」
香織さんはメモを取り出して私に尋ねる。
「あなたが知ってること、全部教えてくれる?」
――この人、たくましいな?!
カメラを壊されたばかりで、まだ取材続ける気?!
「香織さん、マスターが怖くないんですか?」
「心霊スポット巡りをしてれば、これぐらいいつものことよ。
むしろ目で見える『人でないもの』なんて、レア体験過ぎて興奮するわ」
『人じゃない』ってわかるのか……。
この人もしかして、結構強い巫なのかな?
香織さんが私に告げる。
「バイトを始めたきっかけは?」
「求人広告を見て……」
「じゃあ、マスターってどんな人?」
「えっと、優しい人ですけど……」
「このお店、どこか変わったところはある?」
――まだ続くの?!
私が困り果てたところで、カランコロンとドアベルが鳴った。
振り返ると――のっぺらぼうの三井さん?!
タイミング最悪?!




