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宝石のような時間をどうぞ  作者: みつまめ つぼみ
第4章:長期休暇旅行

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43/60

43.

 二人きりで静まり返ったコテージのリビング。


 これは人間なら、お母さんが危惧した『万が一』の危機っ?!


 ……だけど、相手は神様だしなぁ。


 神様の『特別』って、なんなんだろう?


 私はマスターの胸を押しのけながら告げる。


「ねぇマスター、ちょっと離れて。

 真面目に話したいことがあるんだけど」


「……何かな」


 マスターは捨てられた子犬のような目で私を見てきた。


 ――くっ?! その目は反則だと思うんだけど?!


「あ、あのね! 急に距離を詰められても、私は困っちゃうの!

 それに、マスターの気持ちも全然わかんないし!

 どうしていいか、わからないんだよ!」


「……『辰巳(たつみ)』」


「え? 何か言った?」


「僕のこと、『辰巳(たつみ)』って呼んで。

 プライベートでは、名前で呼んで欲しい」


 そんな、懇願するような目で言われましても~~~~?!


 でも、そう呼ばないと話が進まない気がする……。


「じゃ、じゃあ辰巳(たつみ)!

 お願いだから、いつもの辰巳(たつみ)に戻って!」


 マスターは悲しげな瞳を見せたあと、コクリと頷いた。


 すっと立ち上がって私に告げる。


「コーヒー、入れるよ。

 ちょっと待ってて」


 マスターがキッチンに向かっていった。


 キッチンでお湯が沸く音がする――なんでもう沸騰してるの?


 遠くからふわりとコーヒーの香りがリビングまで漂ってきた。


 マスターがリビングに戻ってくると、カップを二つ持ってソファに座った。


 私の前に、カップが置かれる。


「ごめんね、ちょっと舞い上がってた。

 朝陽(あさひ)さんは、今まで通りマスターでいいから」


「~~~~?! その、なんで『舞い上がる』のか、聞いていいかな?!」


 マスターはマグカップを見つめながら応える。


「……朝陽(あさひ)さんを独り占めしてもいいのかなって。

 そう思ったら、もう止まらなくなっちゃって」


 ボッと音がしそうなほど顔が熱くなった。


 私もカップを手に持ち、コーヒーを一口飲んで気持ちを落ち着かせる。


「あのさ、それってどういう意味なのかな?

 ほら、マスターって神様じゃん?

 人間と違うから、どう受け取って良いか、わかんないんだ」


 マスターが自分のカップに口をつけて、一息ついた。


「……人間の場合と、同じと考えていいよ。僕の場合はね。

 潮原(しおはら)で信仰されてるうちに、僕の愛はそういう『形』に変質したんだ」


 ――今、『愛』って言った。


 私の手が震えて、カップがカタカタと音を鳴らす。


 波紋が生まれるコーヒーの水面を見つめながら、私は言葉を口に乗せる。


「マスターの気持ち、ハッキリ聞かせて」


 秒針の音が一回なる間に、心臓の音が四かい聞こえる。


 それが十回繰り返される頃、マスターが私に告げる。


「僕は、朝陽(あさひ)さんを愛してるんだ。

 とても大切な存在だと思ってる。

 この世で何よりも」


 私はおそるおそるマスターを盗み見た。


 マスターはこちらを見つめ、寂しそうな顔で微笑んでいた。


「――なんで、そんなに寂しそうなんですか?」


「だって、朝陽(あさひ)さんは僕の愛を受け止められない――そう考えてるんでしょう?

 僕もそれを無理強いする気はないから。

 だからこの話は、ここでおしまいなんだ」


 私はガチャンとカップを乱暴にテーブルに置いてマスターに振り向いた。


「勝手に終わらせないで!

 まだ、まだわからないじゃない!

 私は子供だから、恋愛とかわからないけど!

 でもマスターの気持ちは、その、嬉しいと……思う、から」


 最後の方は、マスターの目を見れなかった。


 あまりに幸せそうな微笑みに、気持ちが負けてしまいそうだったから。


 気持ちが負けて、状況に流されて――とか、そういうの、よくないと思うし。


 マスターが私の手を握った――私の肩が、ビクンと跳ねる。


「ありがとう、朝陽(あさひ)さん。

 その気持ちだけで、僕はもう充分だから。

 だから無理をしないで」


「……無理じゃないよ。

 ただ、『もう少しゆっくり距離を詰めて』って、言いたいだけだから」


「……本当に?」


 私は黙ってうなずいた。


「じゃあ、また『朝陽(あさひ)』って呼んでいいかな」


 私はまた黙ってうなずいた。


「……じゃあ、『辰巳(たつみ)』って呼んでくれる?」


「それは……頑張るけど、期待はしないで」


 マスターが「わかった」と言って立ち上がった。


「そろそろ遅くなるよ。

 僕らも最後の温泉に入ろうか」


 私はうつむいたままうなずいて、自分の部屋に戻った。





****


 翌朝、最後の朝食を食べた私たちは、午前八時にコテージ前に集合した。


 浜崎のお爺さんがみんなに告げる。


「それでは、忘れ物はないな?

 ――では全員、バスに乗りこんでくれ」


 荷物をトランクルームに預け、バスに乗りこんでいく。


 行きと同じく、子供グループがバス後方、保護者グループがバス前方に座る。


 行きと同じ席順で座ろうとすると、孝弘さんが私に告げる。


「おい朝陽(あさひ)、俺と席を交換してくれよ」


「え? いいけど、なんで?」


「細かいことを気にするなよ」


 最後尾の窓際に孝弘さんが移動し、私がマスターの隣に座る。


 走り出したバスの前方では、大人たちが缶ビールを開けて楽しそうにしていた。


「まだ飲むの? どれだけお酒が好きなのよ」


 マスターが楽しそうに笑った。


「車の運転を気にせずにお酒を飲みながら移動する。

 最近ではそういうことも、難しくなったからね」


 そうなのか……。


 後ろの席から早苗(さなえ)が私に告げる。


「ねぇ朝陽(あさひ)、マスターに永久就職するなら、喫茶店に就職してもいいんじゃない?」


「――まだそれは決まってないから!

 でも、喫茶店に就職するのは考えてみようかな。

 そうすればもっと長くマスターと一緒にいられるのは、間違いないんだし」


 マスターが私の席に手を伸ばし、手を握ってきた。


「ありがとう朝陽(あさひ)。

 君が来てくれるなら、僕も全力で頑張るよ」


 私はその笑顔が眩しくて、返事もできずにうつむいた。


 後ろのから孝弘さんが私に告げる。


「そうなると、その店を守れるようになるのが俺の使命ってとこだ。

 今から大学入り直して、五年後に親父の下で勉強させてもらって。

 十年か二十年で、たぶんそれなりの仕事はさせてもらえるんじゃねーかな」


 早苗(さなえ)の声が聞こえる。


「だってよ? 歩美(あゆみ)。

 社長夫人の座を狙うなら、孝弘さんもありじゃない?」


「あら、早苗(さなえ)がなりたいなら止めないわよ?

 こんなお金持ちの家に入ったら、きっと苦労するわ。

 小市民は小市民らしく、もっと慎ましく行きたいところね」


 孝弘さんが残念そうに告げる。


「なんだよ、遠慮すんなよ歩美(あゆみ)。

 俺は別にいつでもウェルカムだぞ?」


「だから、名前で呼び捨てるな!」


 あ、それまだ続いてるんだ……。


 私たちの席も明るい笑い声に包まれながら、バスは潮原(しおはら)を目指して走っていく。


 いつしか後ろの席から声が聞こえなくなり、私もゆったりとくつろぎながら映画を見る。


 私の左手はマスターの右手に捕まったまま、放してもらえそうにない。


 横を見ると、優しく微笑むマスターの笑顔。


 それに微笑みで応え、私はゆっくりと目を閉じた。


 不思議な充足感に満たされながら、私はバスの揺れに身を任せた。





****


 カランコロンとドアベルが鳴る。


 今日もカウンター席から飛び降り、エントランスに駆け込んだ。


「いらっしゃ――って、なんで秀一さんが?!」


 見慣れた姿の秀一さんが、ニヤリと微笑んで「よぉっ!」と告げた。


「せっかく俺のご利益を与えてやったんだ。

 きちんとくっついているかを見に、遊びに来てやった。

 とりあえずブレンド、頼むぜ」


「はぁ。ではお席へ――」


「いや、カウンター席でいい。

 ――辰巳(たつみ)、どうだ?

 少しは俺に感謝する気になったか?」


 マスターはムスッとしながら応える。


「……複雑な心境だが、今回は感謝しよう」


 秀一さんの目がカウンター奥の棚に移る。


 そこには民芸細工のフォトフレームが置いてあった。


「なんだ、あの時の写真か。

 良い思い出になっただろう?

 俺に感謝しながら、ブレンドを入れろ」


 マスターは黙ってコーヒーを入れ始めた。


 私はお水を秀一さんに出しつつ、尋ねる。


「いったい、いつから計算して動いてたんですか?」


「そんなもん、最初からに決まってんだろう?

 これでも元は同じ神から分かれた存在。

 親戚のために一肌脱いでやったんだよ」


「そうですか。暇なんですね。

 こんなところまできて、大丈夫なんですか?」


「ハハハ! 分身は本殿に置いてきた。

 あそこで信仰されてる限り、ここのコーヒーで充分足りる。

 俺も常連になるから、よろしくな」


 うげぇ、なんだかめんどくさいお客さんが増えたなぁ。


 私の顔を見た秀一さんが楽しそうに笑った。


 マスターもムスッとしたまま秀一さんにブレンドを出す。


 秀一さんはコーヒーを一口飲んで一息ついた。


「――うん、美味い。

 朝陽(あさひ)の味がするな。

 これなら毎日、通ってやってもいい」


「そこまで来なくていいからね?!」





 『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』は幻のお店。


 お客さんに『宝石のような時間』を届ける喫茶店。


 今日も私は笑顔で接客する。


 カランコロンとドアベルが鳴り、お客さんが姿を見せる。


 彼らに穏やかで楽しい時間を提供するのが、私のお仕事だ。


 心からの笑顔で私は告げる。


「いらっしゃいませ!

 『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』へようこそ!」


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