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宝石のような時間をどうぞ  作者: みつまめ つぼみ
第3章:神社の危機

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20.

 木曜日の放課後、喫茶店の制服に着替えた私たちに店長が告げる。


「今日は計画の準備を進めるよ。

 僕と伊勢佐木(いせざき)さんはスタッフルームにこもるから。

 儀式が終わるまで、接客は清水(しみず)さんと荒川(あらかわ)さんにお願いするね」


「はい!」


 私たちの声が店内に響き渡る。


 私はマスターに背中を押され、スタッフルームへと入っていった。





****


 中に入るとすぐに勝手口がノックされた。


 マスターが鍵を開けて勝手口を開けると、髪の長い白衣を着た女性が入ってくる。


「私まで呼びつけるとか、珍しいこともあるわね」


「やぁいらっしゃい薬師寺(やくしじ)さん。

 頼んでおいたもの、持ってきてくれた?」


 白衣の女性――薬師寺(やくしじ)さんが、黒い鞄を持ち上げて微笑んだ。


「採血用具一式、ちゃんと持ってきたわよ?」



 私はソファに寝かされ、ブラウスの袖をまくって不安を必死に紛らわせていた。


 注射って、苦手なんだよなぁ~?!


 薬師寺(やくしじ)さんがフフっと笑った。


「気分が悪くなったら、すぐに言いなさい。

 少し多めに抜き取るから、無理はしないようにね」


「はい……」


 左ひじの内側を、アルコールをひたした脱脂綿で拭かれていく。


「それじゃあいくわよー。力を抜いてねー」


 言わないでいいよ! そんなこと!


 私は左腕以外を力ませて目をつぶり、痛みに備えた。


 プツリと鋭い痛みが走り、体から体液を抜き取られて行く感触がする。


 ――なんかもう、気持ち悪いかも。


 薬師寺(やくしじ)さんが優しい声で告げる。


「もう少し頑張ってねー」


 一度針が抜ける感触がして、またアルコールで拭かれ――まだ抜くの?!


 二回目の痛みと共に、体から体液が減っていく。


 なんだか世界が回り出して、それでも必死に我慢した。


 マスターの声が聞こえる。


「おい瑠璃子(るりこ)、伊勢佐木(いせざき)さんがもう限界だ」


「はいはい、わかってますよー」


 ふわっと体が温かくなって、気分が楽になっていく。


 針が抜ける感触がして、薬師寺(やくしじ)さんの声が聞こえる。


「はい、もうおしまい。

 そのまま横になってなさい。

 回復するまで、もう少しかかるから」


 私がおそるおそる目を開けると、テーブルの上に試験管が二本立てかけてあった。


 ……あんなに血を抜かれたのかぁ。


 薬師寺(やくしじ)さんが鞄の中から、紙パックのオレンジジュースを手渡してくる。


「寝ながら飲んでおきなさい。

 あとのことは、私たちに任せて」


 私は黙ってうなずいて、紙パックにストローを刺した。





****


 ソファで寝転ぶ私の目の前では、不思議な光景が広がっていた。


 テーブルがどかされた場所に大きな木のたらいが置かれ、その前にマスターが上半身裸で座り込んでいる。


 薬師寺(やくしじ)さんが反対側で、私の血が入った試験管を持って座り込んでいた。


「辰巳(たつみ)、いつでもいいわよ?」


「よろしくたのむぞ、瑠璃子(るりこ)」


 突然、たらいの中にぼこぼこと水が湧きだしていく。


 その水がたらいを満たすと、今度は薬師寺(やくしじ)さんが試験管から血を垂らし始めた。


 ぽたり、ぽたりと血を落としていくたびに、たらいの水が光り輝いていく。


 その光がマスターに移っていき、マスターの上半身も光り始めた。


 淡く青白い光に包まれたマスターは、静かな呼吸を続けてる。


 私はおそるおそるマスターに声をかける。


「あの、薬師寺(やくしじ)さんもお知り合い?」


 マスターの代わりに薬師寺(やくしじ)さんが応える。


「そうよー? 同郷の仲間って奴。

 薬師如来って聞いたことある?」


「あー、なんとなく聞き覚えが」


 薬師寺(やくしじ)さんがクスリと笑った。


「私はその分霊、みたいなものね。

 大したことはできないけど、あやかしの間で医療に従事してるわ。

 医師免許はないから、『闇医者』だけどね?」


 いや、免許を持ってる神様とか、聞いたことないけど……。


 それにしても、マスターの周りの神様って、女性が多くない?


 たまたま男性の神様と会ってないだけ?


「あの、薬師寺(やくしじ)さんはマスターから力をもらったりするんですか?」


「足りなくなったらもらうわよー?

 そこは綾子(あやこ)と同じね」


 む、ということはべたべたひっつくのか。


 なんだか胸がモヤモヤする。


 でも薬師寺(やくしじ)さんにとっては命綱みたいなものだし。


 仕方ないことだよなー?


 そう考えても、胸のもやもやが消えない。なんだろう? これは。


「マスターはそんなに力を分け与えて、大丈夫なんですか?」


「辰巳(たつみ)は私や綾子(あやこ)より格上の分霊だからね。

 『本体により近い』って言えば、伝わるかしら。

 それに中国でもよく信仰されてたし、その分だけ力が強いのよ」


 これはもしかして――。


「薬師寺(やくしじ)さん、マスターって竜神じゃないんですか?

 本当は何の神様なんですか?」


「竜神よ? 竜の神様。そこは正しいわ。

 中国では皇帝の象徴として敬われていた竜。

 インドの辺りでは『ナーガ』って呼ばれてた神様ね」


「中国の竜?! あの細長くて、空を飛んでるやつですか?!」


「そうよー? 中国に渡った時に、そうやって力を大きく集めてたの。

 その中国の竜の分霊が辰巳(たつみ)よ。

 日本に来てからは、水を統べる神様ってことになったわね」


 マスターが眉をひそめて口を開く。


「瑠璃子(るりこ)、しゃべり過ぎだ」


「あら、ごめんなさい?

 儀式の邪魔をしちゃったわね」


 クスクスと笑う薬師寺(やくしじ)さんに、私は尋ねる。


「でも、薬師如来って有名なお寺がありますよね?

 なんで薬師寺(やくしじ)さんは力が弱いんですか?

 財部(たからべ)さんだって、もっと力が強いんじゃ?」


「私や綾子(あやこ)は、日本で別れた分霊なのよ。

 分霊の分霊の分霊の、それがいくつも連なった先の分霊。

 だから力が弱いの。

 私は奈良県で生まれた分霊。そこからこっちに流れ着いたのよ」


 ああ、『本体により近い』って、そういう意味か。


 ――あ、もしかして!


「ここのお客さんも、分霊だったりするんですか?!」


「あやかしのこと? そうよ?

 日本で古くから伝わるあやかしや、新しく生まれたあやかし。

 それぞれが分霊のような別れ方をしてるの。

 他の地域の分霊は、そのうち力尽きて消えてしまうわ。

 この地域だけは、辰巳(たつみ)のお店があるから長生きしてる方ね」


 初めて知る、世界の裏側!


 薬師寺(やくしじ)さんがクスリと笑った。


「興奮してると、また目が回るわよ?

 ちゃんと安静にして、大人しくしていなさい」


「はーい」





****


 私の血がすべてたらいに落とされると、光が収まっていった。


 マスターが深く深呼吸をしてから、口を開く。


「助かった瑠璃子(るりこ)。

 お前は大丈夫だったか」


 薬師寺(やくしじ)さんがニコリと微笑んだ。


「このくらいなら全然問題ないわ。

 でも、来月は二回くらい補給させてね。

 それくらいはいいでしょ?」


 マスターがうなずいた。


「わかった。お前の都合に合わせよう。

 ――伊勢佐木(いせざき)さん、具合はどう?」


 私はむすっとしながら応える。


「大丈夫だけど……」


 マスターがきょとんとして私に告げる。


「どうしたの? なんで怒ってるのかな?」


「……なんで私たちは苗字で呼ぶの?

 財部(たからべ)さんや薬師寺(やくしじ)さんは名前で呼ぶのに」


 薬師寺(やくしじ)さんがクスリと笑みをこぼした。


「あらあら、やきもちかしら?

 大丈夫よ、ただの仲間意識だから。

 別に辰巳(たつみ)を取ったりは――しない、つもりだけどね」


 ――なんか、遊ばれてる気がする!


「もういいよ!」


 ぷいっと壁際を向いた私の耳に、マスターのこぼす笑みが聞こえた。


「ごめんごめん。

 でも君たちを名前で呼ぶなんて、失礼だろう?

 僕らは古い知り合いだから、そのせいだよ」


「……なんか、仲間外れにされてるみたい」


「困ったな、そんなつもりは全くないんだけど。

 もしかして、子ども扱いされてるのが嫌になった?」


 カッと顔が熱くなるのを自覚しながら、マスターに顔が見えないように隠す。


「そういうことじゃないもん!」


 私はマスターと薬師寺(やくしじ)さんの楽し気な笑い声に包まれながら、ソファに顔を押し付けていた。


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