15.
「お待ち同様、清水さん、荒川さん」
マスターがコトリとコースターとグラスを早苗たちの前に置いた。
歩美は遠くにいるマスターと財部さんを睨みながらグラスに手を伸ばす。
「ありがとうマスター――え?!」
あわてた歩美がコーラをこぼしそうになるのを、マスターが寸前で受け止めていた。
「落ち着いて荒川さん。
そんなにびっくりしたかな?」
「だって、マスターはあっちにいるはずじゃ……」
早苗も二人のマスターを交互に見比べて、困惑しているみたいだ。
「なんでマスターが二人いるの?!」
マスターがニコリと微笑んで、私の向かいに腰を下ろした。
「神様なんだから、これくらいは簡単なことだよ。
それよりお腹空いたでしょ。
軽い物でも食べようか。何がいい?」
マスターがメニューを広げて、軽食のページをテーブルに広げた。
思わず四人で頭を突き合わせてメニューを眺めてしまう。
「うーん、サンドイッチかな」
「私はグラタン」
「私はパフェにしようかな」
「それで決まりだね。
――店員さん!」
マスターが手を挙げ、店員さんが近寄ってきた。
ちょっと困惑した様子の店員さんは、財部さんの方とマスターを見比べているようだ。
……そりゃあ、同じ人間が二人いたら驚くよね。
「お決まりでしょうか」
「サンドイッチとグラタン、パフェをお願いします」
店員さんが復唱していく。
「――以上でよろしいでしょうか。
少々お待ちください」
店員さんが立ち去ると、マスターがテーブルに肘をついて、笑顔で私たちを眺めた。
「さて、悪い子たちには理由を聞いておこうかな?」
歩美が上目遣いで告げる。
「……たまたま、同じお店に入っただけです」
マスターが目を細めて、楽しそうに歩美を見つめた。
「ふーん? それで?
『たまたま』同じ店内にいた財部さんを、見張ってたの?
どうして?」
「……なんとなく、目に入ったから」
苦しい! 歩美の言い訳、苦しいよ!
マスターが楽しそうに微笑んだ。
「なるほど、『なんとなく』か。
たしかに財部さんは、目を引く女性だからね。
『なんとなく』目に入っちゃっても、不思議じゃないかもね」
ニコニコと楽しそうなマスターからは、謎の威圧感を感じる。
問い詰められてる歩美は、もっとプレッシャーを感じてるだろう。
歩美の目が忙しく動く。
「その……マスターはここに居て、大丈夫なんですか」
「僕かい?
力の本体は財部さんのそばに残して来てあるからね。
彼女には、それで充分なのさ」
私はきょとんとしてマスターを見つめた。
「それって、どういう意味なの?」
マスターの目が私を見た。
「言った通り、見たままの意味だよ。
財部さんは自分を保つのに、僕の力が必要なんだ。
今は要するに、『充電中』ってことさ。
だからああして、僕に引っ付いてるんだ」
――いちゃついてる訳じゃなかったんだ?!
早苗がおずおずとマスターに尋ねる。
「そんなことして、マスターの力は足りるの?」
「ははは、力が弱くなっても、僕はまだまだ強い方の神様だからね。
ちょっとくらい力を分けても大丈夫だよ。
それに最近は、伊勢佐木さんのおかげで黒字経営だし。問題はないよ」
私は財部さんの方を見てみる――あちらも、どうやらこっちを見ているみたいだった。
「なんだ、やっぱり財部さんにもバレてるじゃん」
マスターがクスリと笑った。
「あんな目立つ隠れ方をして、大丈夫だと思っていたのかい?」
歩美と早苗が真っ赤になってうつむいていた。
私はマスターに尋ねる。
「もしかして、バーじゃなくてファミレスに来たのって、それに気づいてたから?」
「まだ外は寒いからね。
それに飲み屋の外で高校生を待たせる訳にもいかない。
酔っ払いに絡まれたら大変だ。
だから綾子――財部さんに言って、行き先を変えてもらったんだよ」
「今、『綾子』って言った……」
「ごめんごめん、同郷の仲間だから、つい名前で呼んじゃうんだ。
今度からは気を付けるね」
早苗が顔を上げて、眉をひそめてマスターに尋ねる。
「本当に恋人同士じゃないんですか?」
マスターがニコリと笑ってうなずいた。
「違うよ? 僕と財部さんはドライな関係――そう言ったでしょ?
ギブアンドテイクでつながっている、同郷の仲間だよ。
そんなことが気になっていたのかい?」
「いえ! そういうことじゃ――」
早苗はまた、真っ赤になって顔を伏せてしまった。
マスターがクスクスと笑って告げる。
「君たち、バイト代の原資が財部さんから出てると知って、気持ちが悪かったんだろう?
でも大丈夫、彼女はちょっと意地悪なことをしたけど、根は優しい人だから。
悪戯好きで、君たちをからかっただけだよ」
むー、本当にそうかなぁ?
財部さんから明らかに矢印がマスターに向かってるような気が……。
「おっと、食事がきたようだね」
マスターがテーブルからどくと、店員さんが近づいてきた。
「サンドイッチのお客様――。
グラタンのお客様――。
パフェのお客様――。
以上でよろしかったですか?
ごゆっくりどうぞ」
マスターが伝票を胸ポケットにしまい、私たちに告げる。
「ここはおごってあげるから、遠慮せずにたべなさい」
私たちはどことなく気まずい空気の中、自分の前にある物を口に運んでいった。
食べている私たちに、マスターが告げる。
「バイトをしていれば、これからも財部さんと会うことがある。
その時に悪い印象を持たれていると、お互い良いことがないだろう?
だから今のうちにきちんと誤解を解いておきたかったんだ」
私はクリームを飲み込んでマスターに尋ねる。
「本当に誤解なんですか?
財部さんは――」
「彼女の気持ちは関係がないさ。
大事なのは、僕と君たちの関係――そうだろう?
僕が彼女に振り向く気が無ければ、君たちも安心ができる。
違ったかな?」
……全部、お見通しなのか。
私もなんだか照れ臭くなって、黙ってパフェを口に運んだ。
マスターが立ち上がり、私たちに告げる。
「ちょっと僕もコーヒーを取ってくるよ。
少し待っていて。
その間に、家に遅くなるように連絡しておきなさい」
マスターは店員さんと何か会話したあと、胸元の伝票を見せて追記してもらっていた。
そのままドリンクバーカウンターに行くのを見届けてから、私たちはスマホを取り出し、親にメッセージを送った。
歩美が小さくため息をつく。
「――はぁ。大人の余裕かなぁ。
全部お見通しなんだもん。参っちゃう」
早苗はグラタンを食べ終わり、ふぅと息をついた。
「そりゃあ長生きしてるんだろうけどさー」
私もパフェを食べ終わり、レモンティーを一口飲んだ。
「あはは、今夜は全部マスターの手のひらの上だったね」
マスターがテーブルに戻ってきて、のんびりとした会話を楽しんだ。
私たちが笑顔になったのを、マスターは楽しそうに見守っていた。
****
「――あ、財部さんとマスターが席を立った!」
早苗の声で、私たちの視線が財部さんに向かう。
財部さんがマスターの本体と一緒にこちらのテーブルにやってきて、ニコリと微笑んだ。
「大人を盗み見るのは楽しかったかしら? お嬢ちゃんたち。
おかげでせっかくバーに行きたかったのに、ムードのないファミレスになっちゃったわ」
マスターの本体が財部さんに告げる。
「綾子、素直に謝れないなら――」
「わかった、わかったわよ!
そんなに怒らなくてもいいじゃない、もう!
――ごめんなさい、可愛らしすぎて、ついからかいたくなったの」
しゅんとした財部さんは、素直に私たちに頭を下げていた。
「――はい、これでいい?」
切り替え早いな?!
マスターの本体がため息をついて財部さんの頭を撫でた。
「まぁいいだろう。もうやるなよ?」
「はーい」
何か今の返事、語尾にハートマークがついてた気がする……。
マスターの本体が私たちに告げる。
「僕はもう少し財部さんと一緒にいなきゃいけないから、君たちはそっちの僕と駅まで行きなさい」
私たちは黙ってうなずいた。
財部さんを引き連れたマスターの本体は、そのまま店の外に出ていった。
マスターが席を立って告げる。
「僕たちも行こうか。
あまり遅くなるといけない」
「――あ、はい!」
私たちも会計を済ませ、店を出て駅に向かった。
****
改札の前で、マスターが私たちに告げる。
「もうこんなこと、しないようにね。
君たちが危ない目に遭ったら、僕が親御さんに会わす顔が無くなる」
私たちはしゅんとしながらマスターに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「うん、よくできました」
私たちは笑顔で手を振りながら改札を通り、マスターと別れた。




