第70話 トラウマの溶ける音 夢乃
「克哉 明美の蹴り受けて4秒で立ち上がったってよ」
噂を聞いてすぐに報告に来たらしい。
奈央がニヤニヤしながら私に言った。
「ふぅ・・・ん・・・」
「どうすんの?アイツ 全部できちゃうかもよ?」
「知らないよ」
「知らない・・って できたらつきあうんじゃねぇの?」
「つきあうとは言ってないよ?考えるって言っただけ」
「・・・それ ずるいだろ。」
奈央があきれたように言う。
ずるくて何が悪い?
この程度 たいしたことないでしょう?
人を平気で裏切るほうがずっとズルイ。
「・・・別に」
「まぁ、夢乃がそういう風に考えてることぐらい 克哉にだってわかってるはずだけどね」
それでも 頑張る意味がわからない
言ったはず そんなに頑張っても私はつきあう気はない と。
それでも 頑張ってる克哉が理解できない
愛は見返りを求めない?
そんなのふざけてる
人間 損得なしに動くわけがない
そういうこと言うのは偽善者でしかない
冷めた考えかもしれないけど それは事実。
克哉はあんなになって 何を求めてるの?
私が貴方を信じるわけがないでしょう?
それとも何 周りから同情でもされたいの?
それでまた 女の子からの人気を集める気でいるの?
どうであれ ふざけてる
明美の蹴りなんて 下手したら病院行きだってのに・・・
第一・・・・・・・・
私はくるりと奈央に背を向けて 保健室へ向かった。
奈央がついてきていないのを確認して 私は保健室に入る。
そこには先生の姿がなくて 燐と飛鳥と華穂 それからベッドに克哉がいた。
4人共驚いた顔でこちらを見る。
まったく そんな顔されてもすました顔してる私の身にもなってよね。
「大丈夫なの?」
私が言うと克哉は小さく頷いた。
「これぐらいなら 治る」
「・・・あっそ」
近くにあった小さな椅子に座る。
「なんでそこまでするわけ?」
私が聞くと克哉はまたきょとんとした。
「前にも聞かなかったか?それ」
「・・・・・・」
「夢乃のこと好きだからーっつったよなぁ?」
克哉が燐達に同意を求める。
燐達は困ったように笑ってごまかそうとしている。
「それが信用できないんじゃない」
「・・・なんで?」
「私のどこを言ってるのか理解できない。私 アンタに好かれるようなことした覚えないよ?」
「・・・それを聞かれると俺は正直困る」
困る?
それは いえないってこと?
なんだ やっぱりその程度か
どうせ・・・
「だって 俺だってわかんないんだし」
「は?」
「あのなぁ 俺はモテるんだぞ?黙ってたって女は寄ってくる!夢乃ほどじゃなくともいい女なんていくらでもいるんだ!好みの女なんかいっぱいいる!」
開き直り?意味わかんないし・・・
バッカみたい・・・私 何聞いてんだろ
「・・・なのに お前じゃなきゃだめなんだから困るんだよ」
「・・・はぁ?」
「何人女と一緒にいたって 女とどこいったって 何したって どうも満足しない どうも疲れる」
「・・・・・・」
「そうなるとどうしてもお前の顔が浮かぶんだよ」
・・・それは 結局迷惑な話よねぇ
「俺だって お前以外の女でいいならとっくにお前なんてほっといてるよ」
ギシッ
克哉がベッドから起き上がって私の顔をじっと見る。
「お前以外の女なんていらねぇんだよ お前しかいらない」
「・・・っ」
勝手に 私の許可なく
私の目から涙が流れた。
克哉が驚く。
克哉だけじゃない 他の3人もぎょっとしてる。
「ゆ 夢乃!?な なんだよ!俺なんか悪い言ったっけ!?なぁ飛鳥!え!?え!?夢乃!?」
「・・・バッカじゃないの?」
目をごしごしとこする。
それでも涙は止まらない
「ゆ 夢乃?」
燐も心配そうに私の顔を覗き込む。
「・・・いつか 捨てるんでしょ!?」
「へ?」
「どうせいつか私のことなんて捨てて 他の女のところに行くに決まってるのに・・・なんでそんな無責任なこといえるの!?」
「はぁ?」
克哉のマヌケな声
「だって そうじゃない!」
「なんで俺がお前のこと捨てんの?」
「男なんて・・・そんなんじゃないの!?」
「夢乃!!」
克哉の怒った声が響く。
驚いて克哉を見るとやっぱり怒った顔してる。
「ふざけんな!いつまで父親ひきずってんだよ!!」
「だ・・・って・・・」
「俺とお前の親父は別の人間なんだよ!同じじゃねぇ!あんな奴と 同じなわけねぇだろ!!」
克哉と お父さんは違う
どこかでわかってた
だけど 昔の私がそれを拒否した
また 傷つきたくなくて
同じ思いをしたくはなくて
全部 無理矢理遠ざけようとしてた
「頼むから・・・ひきずんのやめてくれよ・・・」
「・・・っっ」
「俺とお前の父親は違う だからさ 信じてくれよ」
克哉の手が私の顔をつつむ。
大きな手
あの頃のお父さんも 同じように私を宥めた
だけど違う
手の感触も 顔にかかる息も 瞳も
全部 お父さんとは違った
「・・・ごめん・・・なさい・・・」
涙が床に落ちた。
ポタッ
それと同時に トラウマの氷は溶けてなくなった。
あの頃から考えると 私は初めて男という生き物に対して『信じよう』と思い
その人に対して 謝った。