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見返りを得るために性悪王子を引き受けました  作者: makase


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「愛をください」

「……ん?」


 耳を疑って聞き返す。だが、再度繰り返されたそれは、私の耳が至って正常であることを示しただけであった。

 創立記念式典を目前に控え、王城内はせわしない。それこそ観光業の盛り上がりをそのままに、一年の中でもひときわ大きな行事を控えるとなれば、宰相もてんてこ舞いの様子であった。もちろん、国の主である私も睡眠時間を大幅に削られる日々である。

 ひとつ書類を片付けてから早く寝よう。そう思っていた矢先、約束をしていないアドリアの訪問に驚く間もなく、強請られたのは愛である。


「ど、どうした、アドリア」


 いきなりの告白に、気でもやったかと戸惑い、立ち上がる。真剣なように見えてどこか虚ろな、矛盾をはらんだ顔をして、アドリアは俯いた。


「欲張りな私を許してください。もう、我慢できないのです」

「我慢?」

「貴方からのお褒めが欲しくて、今日この日まで頑張ってきました。貴方から頂けるすべては、私にとってたまらない甘味でした」

「はあ……」


 いつも褒められるたびに満足げであったが、そこまで浸らせるほどだったとは。どこか恍惚とした様子のアドリアは、そっと私の両肩に手を掛けた。


「けれど日に日に渇き、飢餓が満たされることがありません。貴方を求めて求めて、求めても足りないのです。ようやく気付きました。私は、貴方の特別が欲しい」


 飢えた獣のように歯をぎりぎりと噛みしめたアドリアに、私はゆるく首を振った。


「貴殿は既に私の夫で王配だ。私の特別、といっても過言ではない」

「それは立場ではないですか――俺は、ほんものが欲しいんです」


 必死に食い下がるアドリアに恐怖を感じないといえば嘘になる。だが、ここまで国のために走り続けてきたアドリアを跳ねのける気は、今の私にはまったく起きなかった。肩に掛かっている手をそっと外し、両手をきゅっと包み込む。


「アドリア……それは刷り込みというやつではないか」

「刷り込み?」

「きっと、そうだ。あくまで私の予想なのだが……貴殿は、私以外にあまり褒められたことはないのではないか? 私に初めて褒められたから、子供のようにはしゃいで嬉しくて、私になついているだけだ。誰かに認められたいと願う心を、恋い慕う心とはき違えているだけではないか」


 ――私たちは夫婦である。そこに愛や恋などは不要の、国の繋がりを目的とした政略結婚である。だが、二人の間に愛が生まれれば、それを拒絶する理由はない。そうですか、それでは愛を育みましょう、と寄り添うことは簡単だ。けれど、それではきっとダメなのだ。今のアドリアの想いをそのまま受け止めてしまうことは、きっとアドリアのためにならない。

 長く歩む夫婦だからこそ、彼の真意をすべて確認したうえで進むべきだ。

 アドリアは私の仮説に、泣きじゃくるのを我慢する子供のように顔をしかめた。


「……初めて誰かに認められて、舞い上がるほど嬉しかった。貴方の褒美だけがほしい。貴方の賛辞だけを渇望したい。貴方の信頼は、俺が一番に勝ち取りたい。この思いを止める術を知らない」

「アドリア……」

「貴方も察しているでしょう。俺は、祖国ではつまはじき者でした。生まれが……いや、迫害の理由などどうでもいいですね。色男だなんて真っ赤な嘘。悪評を連ねて甚振るのが趣味の、一部の王族によるつまらない遊びです。国外の、どうでもいい国に追いやって、あっけなく死を迎えることを望んでいたのでしょう」


 実は、彼の祖国シュナゼルに送った刺客から、その情報は得ていた。アドリアの様子が噂と大きく異なることを踏まえ、秘密裏に動いていたのだ。およそ彼の口から語られた通り、過酷且つ悲惨な状況で育ったらしく、王子の立場など名ばかりだったらしい。だからこそ、今のアドリアという男が生まれたのだろう。アドリアは私の髪をひと房摘まんで、唇を落とした。


「貴方の愛は常にこの国に注がれて、民草にとめどない愛を向けている。そんな貴方が好きなんです。だから、貴方の愛を独占するつもりはありませんでした。けど、もう限界だ」


 指先から襲い来る恐ろしい底冷え。鋭いつららが、心臓を一突きしてしまうほどの、厳しい寒さのようなもの。暖かな愛ではない、狂った愛だ。凍える冬の、恐ろしい暗さを纏った、愛と呼べるかもわからぬ感情だ。アドリアは私の背に腕を回し、強く抱きしめた。


「――攫って、閉じ込めて、俺だけの愛に浸らせたいです。そうすれば、貴方の愛を独占できますか、陛下……」


 困った。

 どうやら、アドリアはその育ち故に歪んだ愛を信じている。結果、重く降り積もる雪のような、べったりとした執着が愛となってしまった。

 ここで近衛を呼び、狂気に溺れそうな彼を捕まえることはできる。ひっ捕らえて軟禁状態にすれば、身の安全は確保できるだろう。だが、私を掻き抱くその手の震えを、拒むことはできない。なぜならば私は妻である。そして、非常に不本意なことではあるが――。


(一人の女性として愛を囁かれ、満更でもないと思ってしまうのは仕方ないのではないだろうか)


 これが一般的な愛とはかけ離れているとはいえ、である。隠居状態にある両親の穏やかで、かつからっとした愛とは大きく異なるが、いままでここまで一途に迫られたことはない。


(だから、くらりと来てもしかたがない……と簡潔に整理するものでもない、か)


 これだけの出来事で揺らいでしまうほど、自分の心は単純ではないと信じたい。

 アドリアはなにより、国に対して誠実であった。たとえその行動の裏側に、私へのなにがしの重たい感情があったとしても、国への貢献とその揺るがない仕事ぶりには惹かれるものがあった。小さな積み重ねは、ひっそりと、私の内側で大きく育っていたらしい。

 ごほん、と大きく咳払いして、私はアドリアに答えるように彼の耳に唇を近づけた。


「では、ひとつ問いを出す。それに対する答えを出してくれ」

「問い?」

「ああ、そうだ。それをもとに、貴殿の愛に応えるかは考えようではないか」


 あくまで主導権はこちらにあるのだと、アドリアに私の動揺を悟らせぬように言葉を続けた。


「貴殿に金を求めたのは、王配としての役割においてだ。だが、一人の男として愛を求めるのであれば――金儲け以外で、私をわっとさせてみよ」


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