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見返りを得るために性悪王子を引き受けました  作者: makase


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 彼女は太陽であり、一輪の花のようであり、潮風そのものだった。


 追い出されるように雪国を脱出した馬車は、ハリボテだった。まるで祖国の写し鏡だ。精一杯見栄を張った豪華なつくりだが、長時間乗車する者のことなど考えられてはおらず、長旅には不向きなもの。

 後ろ盾のない、名ばかりの王子。それがアドリア・シュナゼル。歪んだ王宮で、俺が迫害の対象となるのは必然であった。俺に恥をかかせ、尊厳を奪う醜い王城内の者たちによる度重なる暴言は、遅効性の毒のように、俺の中のまともな思考を奪っていった。近い未来のことさえ判断もできず、鈍った頭では粗末な扱いを煙に巻く方法を思いつけず、ただひたすらに、抵抗もできず憂さ晴らしの対象になるだけの日々。ただ、目の前の快楽にのめりこんだ王族たちは、俺の悪評をばらまきすぎたおかげで、成長した俺の追い払い先まで検討していなかった。全く、愚かとしか言いようがない。引き取り手のない俺をどうにか押し付けようと、いくつもの国へ打診したものの、まともに取り合ってくれる家は皆無であったらしい。

 憂鬱が重なり続けた人生に、ある日飛び込んできたのは、小国の女王との婚姻。どれほど訳ありなのだろう。希望は一つも抱かず、目いっぱい着飾って、取り繕った外見で、手首を拘束され、馬車に乗せられた。

 ――長い時間をかけてパヌゼウに入り、一歩国境を越えた瞬間、わっと観衆が湧く声が響いた。


「ようこそ、王子様」

「お待ちしておりました」

「我らが愛しき王の、旦那様!」


 歓迎の声、歓喜の歌。身を乗り出して俺の乗る馬車に手を振る国民たち。あまりに眩しくて、目を細めた。暖かく爽やかな風、舞い散る花弁。美しきその国と民たちは、心から俺のことを喜んで迎え入れている。それだけで、ぐっと目頭が熱くなる。悪評にまみれた俺を、国中で歓迎してくれるだなんて、なんと優しく素晴らしい国なのだろう。そしてこの国を治める王は、どれほどの人なのだろう。


(期待してはならない。裏切られたときの落差には耐えきれないから)


 何度も胸に言い聞かせて対面した陛下。目にした瞬間、まるで女神かと錯覚した。

 日に焼けた、美しくも張りのある肌と、小柄ながら気品のある佇まい。それでいて、強気な瞳と凛々しい眉。金の髪はゆるやかにうねり、だがそれが穏やかな波のようだ。海を映し取ったような色鮮やかな瞳がきらりと光る。両腕に描かれた繊細で複雑な文様は、この国特有の染料で描かれた疑似入れ墨らしい。小麦色の肌は彩られ、独特の色香を放っている。俺は、チュリ陛下に傅くことに躊躇などなかった。彼女は俺を蔑むでもなく、王子として尊重したうえで王配として歓迎すると口にした。

 はじめてひとりの人間になれた気がした。その後、愛人をいくらでも作ってもいいと言われた際には度肝を抜かれたが、支度金目当てであったことは承知していたし、なにより金を目当てに婚姻を結んだことへの償いとして、自由を与えてくれたことには驚いた。一方で、責任を背負わせないことは、俺へ期待していないことの裏返しではあったが、そんなのはどうでもいい。


(この人が期待せざるをえないくらいに成果を出し、俺は使えるのだと価値を見出してもらおう。そうすれば、この美しき気高い女性に相応しい自分になれるかもしれない)


 自分でも驚いたことに、金を稼ぐこと、新しい施策を打ち出すことに関して才能があった。祖国で事務仕事を押し付けられていたこともあり、頭を働かせることには慣れていた。なにより策を巡らし、成果が出ればチュリ陛下はお喜びになる。そして国民や臣下たちも俺を認めてくれる。国も豊かになる。この国のためにできることならなんでもしたい。それしか考えられなかった。


◆


「けれど、貴方への愛は日に日に募るばかり。ついに愛を告げれば、貴方には勘違いしているのではと言われる始末」


 どうしても連れていきたい場所がある。そうアドリアに懇願されたのは、創立記念日当日。愛の告白を受けてからしばらく経ってのことだった。あれから私とアドリアには、どこかぎこちない雰囲気が漂っていた。もちろん私は、アドリアへの接し方に迷いがあったし、アドリアはアドリアで、私からの問いかけに対する答えを探し、常に思考を巡らせているようであった。従者たちからは「喧嘩でもなされたのですか」と心配の声を掛けられることもしばしばあった。

 外に出ませんか、見せたいものがあるんです。創立記念の式典がすべて終わり、夕餉を終えて湯あみでも、と考えていた矢先のことであった。急いで化粧を直し、少ない従者たちを伴って連れられてきたのは、人気のない東海岸地帯だ。海岸線が見渡せる小高い丘には、真新しい真っ白なベンチがぽつぽつと並んでいる。この辺りはさしたる見どころもなく、また住宅環境も整っていない、言ってしまえば寂れた場所であったはず。それなのに、人が通りやすいように草木は整えられ、椅子や机が配備されている。


「貴方から『金儲け以外』を指示されたとき、困りました。つまり、なにも指示されないに近しいですから。自分の意志で、誰かに認めてもらうこと。愛されるために行動することが、わからない。だからここ最近は、これまで以上にいろんな人と交流を持ちました」


 夜のゆるい潮風が、アドリアの髪を揺らす。最初に会ったときは、銀の刃のような鋭さを感じたそれは、色は微塵も変わっていないはずなのに、波打つ海の泡立つ様子を連想させる。


「これまでのように仕事の話ではなく、貴方という女性についての相談を。プライベートなこと、自分の感情をむき出しにしました。すると皆、仕事の話をするときよりもよほど心を開いて話してくれて、くだらない冗談や笑い話もたくさん交わすようになりました」


 どこか肩に力が入っていたのだろうか、とアドリアは笑う。民たちは親身になって相談に乗ってくれたそうだ。自分の生活だってあるだろうに、最優先で動いてくれる。それはアドリアが王族だからということを抜きにして、きっと彼の仕事ぶりを皆が認め、よき国の父として幸せになってもらいたいと誰もが願ったから。その無垢な願いは私が思うよりも強く、アドリアの胸に刻み込まれたのだろう。

 嗚呼、もうすぐです。アドリアが海を指さす。

 次第に、真っ暗な海面にぽつぽつと小さな光が浮かび始めた。それはやがてゆらゆらと、一定のリズムを穏やかに描きながら海面をゆるやかに飛び回っている。幻想的で、この世のものではない、おとぎ話の光景のようだ。


「あれは?」

「ウラル――光源を持つ魚で、一定の海面温度になると翅を光らせて飛び回る魚の一種です。海中環境を整えた影響で、安定してこの海岸に現れるようになりました」


 ふわふわと舞う光の粒子。波打つ銀の粒と入り乱れ、金銀の泡が海面で溶けては消える。パヌゼウには目を見張る絶景スポットがいくつもあり、美しき眺望には見慣れている気がしていたが、初めて目にする光景は、意外にも私の心を奪った。

 気を取られ、思わずうっとりとしてしまった私の手を、そっとアドリアは取った。


「ここは、観光資源にはせず、国営公園とするつもりです。観光客には広く打ち出さず、国民たちの癒しの地として残し続ける予定です」

「……」

「金儲けせずに、という指示があったからではありません。国民たちは俺たちに協力して、日夜国のために働いてくれています。だから国民向けの癒しの地、憩いの場を整えることも必要だと思いましたし……それに」


 指先をぎゅっと握りしめられる。それは、私を捉えようという意志よりも、強く包み込みたい、そんな思いが詰まった握り方だった。


「国営にしてしまえば、こんな風に貴方を王城から攫ってしまいたいとき、二人でこの景色を独占できますから」

「……アドリア」


 柔らかな光に照らされたアドリアの顔を、真正面から見つめるのは久しい。それこそ、最後にこんなにしっかりと彼の表情を見たのは、迫られたとき以来だろうか。決して、彼の瞳の闇夜が掻き消えたわけではない。けれど、海に浮かぶウラルのように、仄かな光の宿った瞳を携えて、私だけを見つめていた。


「視野を広げて会話を楽しんで、俺の仕事じゃなくて俺自身を見てもらって。この期間は、自分が形作られていくようでした。俺がどんどんと肉付いていく中で、貴方のことを考えると、ますます貴方が愛おしい。愛が減るどころか、募っていくばかりで」


 がさり、と物音がする。はっと振り返ると、机の上にいつの間にか大きな花束が置かれていた。協力者である従者か誰かが用意したのだろうか。アドリアは胸いっぱいに花束を抱え、私に差し出した。


「愛しています。俺のことも、同じくらい愛してくれますか」


 明るい黄色の花は、花弁を全開に開き、つやつやと咲いている。白く小さな花は、慎ましやかに花弁をすぼめながらも、ふっくらと膨らんで、はつらつとした黄色い花にそっと寄り添っている。

 私は花束を受け取ると見せかけて、花たちを潰さないように気を付けつつ、アドリアを真正面から抱きしめた。ふわり、と鼻をくすぐるいい香り。驚き、目を真ん丸にしたこの男には、まったく参った。

 私をわっと思わせてくれたんだ。この光景も、綺麗な花も、取り繕わない愛の告白も。すべて驚きと喜びをくれた。けれど、それだけじゃなくて、私のために変化を受け入れて、もっと国に寄り添ってくれた。私を国ごと愛してくれる覚悟を見せてくれるだなんて、よほど人生がひっくり返るほどの驚きじゃないか。

 胸がいっぱいになって、言葉に詰まった。いいよの返事も言えなくて、ろくな肯定もできないくらいに愛で溢れた。だから、ひとつの国を束ねる王とも思えぬ意気地のなさで、私はそっと、健康的な彼の頬に口づけを落としたのだった。



 ――さて。


 その後パヌゼウは、偉大な観光大国且つ資源大国として、小国ながらに世界に名を馳せることとなる。子宝にも恵まれた国王夫婦ではあるが、既に定められた王太子の座を自分の子へ譲り渡すことは一切認めなかった。そのため、定められた王太子である王の姪には帝王学を学ばせ、実の子供たちにはそれぞれ国を支える者としての教育を徹底した。結果としては、国内で王位をめぐる一切の諍いはなく、つつがなく王位は継がれることとなる。その裏には、夫婦の揺るがない愛が子供たちに注がれていたからだろうと、のちの研究者たちは考察する。王位を目指さずとも、愛に恵まれた子供たちは、それぞれに自分というものを確立していたのだろう。

 王配の愛妻家ぶりは他国にも轟くほどだった。彼は忙しい合間を縫い、時間を見つけては妻である国王に寄り添い続け、人目を気にすることなく言葉と態度で愛を最大限に伝えていたという。国王を愛する国民たちは、そんな王配の振る舞いを大層喜んだそうだ。また、「王配との交渉事を穏便に済ませたくば、国王への余計な関心は寄せるな」と強い共通認識が、パヌゼウと交流を持つ国々にはあったとか、なかったとか。ひとたび国王によからぬ色目を使った途端、いい大人たちが震えあがる目にあい、被害を受けた者たちは何をされたのか、決して口を割ることは無かった。とめどない妻への愛は「理想の夫像」として市井に知れ渡るところとなり、やがて後世にも妻を愛し抜いた夫として、世の女人の憧れとなっている。


 当の本人であるチュリは、自分の夫が理想像とされることに対して「なにごともほどほどがいい」と怪訝な顔をしていたらしいが、それは強がりだったに違いないと、子孫たちは語り継ぐのであった。

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