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「討伐したクラーケンから油を取り、燃料として活用。輸出計画についても滞りなく進行中……」
短期間で莫大な資金を稼ぐのはあまりにも非現実的だ。精密な調査の元、現実に沿った計画を立てたうえで、経済力をつけるつもりだった。一気に手にした資金については、臣下たちと意見を交わしながら、着実に金稼ぎの種とする。そのために、ここ数か月は会議に追われる日々だった。
ところが、なぜか私は今、机の前で報告書を捲り舌を巻いている。報告書の中でも一際目を引く金額が記載された箇所がある。想像以上のペースで金を稼ぐ事業が、国内に現れたことを示していた。それは、我が夫であるアドリアが新規に立ち上げた、「クラーケン」に関するものである。
少ない生活費を、アドリアは新事業を起こすための資金とした。どこから情報を引っ張って来たのか、中央付近にある国が、新たなる燃料を求めていると聞きつけたアドリアは、婚姻数日後にはクラーケンの油を交渉材料に商談を持ちかけたようだ。
巨大な怪物からは大量の油脂を採取することができる。だが、大抵は国内での消費で終わる。巨体に貯蔵された油は国内では消費しきれないほどの量であるため、余剰の油は定期的に廃棄しているが、その廃棄についても費用が掛かる。アドリアはそこに目を付けたのだという。いらないものを売れば、売り上げと共に廃棄費用の削減にもつながる。
交渉先の国では、クラーケンの油がまさに求めていた種類の燃料だったようで、喜んで買い付けてくれた。定期的な売買の契約を結ぶことに成功し、それを聞きつけた隣国も興味を持ってくれて試しに購入。すると、隣国特有の製紙工場にて使用する燃料としてこの上なく適していたようだ。
クラーケンを余すことなく活用する。アドリアのその発想は素晴らしいものだ。報告書から顔を上げると、私の反応を伺うアドリアの姿があった。彼の薄っすらとこけていた頬は肉付きも良くなり、白雪のような肌は未だ国民の誰よりも白いものの、太陽の匂いを感じる。
「身は通常通り食料として使用し続け、墨袋は珍味として売り出す予定で、現在市井の漁師や調理人に協力を仰いでいます」
「あれを珍味に? 相当癖があるが」
「けれど、食べれなくはないでしょう? どこにも物好きはいるものです。それに付加価値を付ければ、更に興味を持つものもいるはず」
「ふむ……」
アドリアの算出した、墨袋の市場における予想数値にも目を通した。願望や理想の入っていない現実的な数値に見える。博打な商売でもなく、勝負所を間違えなければ相当な利益を生むだろう。厄介な処罰対象であったクラーケンをここまで金のなる木に仕立てるとは、なかなかの手腕だ。私は、側に置いてあった国王の印に手を伸ばし、丁寧に紙に押し付けた。この承認印を押下すれば、クラーケン計画は次のステップへと進めることができる。書類を差し出すと、ほっと肩をなでおろしたアドリアは、紙束を受け取った。
「よくぞここまで頑張ってくれた。これからも引き続き励んでほしい」
「……っ!」
アドリアは己の髪の毛をくしゃりと撫でつけながら、書類を受け取った。
アドリアの功績は素晴らしい。しかも、監視役として付けている従者からの報告によると、愛人の一人も作らないどころか、親しくしている女人もいないと言う。王配というだけあって、近隣諸国の要人やその夫人と会話する機会も多いが、社交的な会話に留まっている。しかも、よからぬ粉を掛けようとした女性に対しては、さりげなく避ける誠実さを見せているという。私はもはや、彼を好色家だとは思えなかった。
それどころか、彼は一日たりとも公務を休むことはない。さらには、多忙でなければ一日一回は私と食事を共にする。そして婚姻初日に口にした金儲けを、彼は律義に計画として起こし、こうして見事な国益として見せたのだ。本来私が所望していたもの以上を、アドリアはもたらしている。
彼には仮初の夫として、ある意味ハリボテとして私の隣に立っていてくれさえすればよいと思っていた。だが、彼の国と私に対する誠実さを身近で感じていると、もう一歩進んだ関係性をつい望んでしまいそうになる。だが、それ以上のものを課すのは、きっとアドリアの負担になるに違いない。
「このままクラーケン事業は貴殿に任せる。予備資金が必要であれば追加で用意する。いつでも相談してほしい。それから……」
「もし」
「ん?」
口を挟んできたアドリアの表情を窺うと、なにかを言いあぐねるように唇をもごもごと動かしていた。それから、意を決したように静かに口を開く。
「もし、また、事業がうまくいったら……再度、褒めて頂けますか」
「え?」
思わず聞き返したが、アドリアはすぐに唇を閉じて、そのままむっと口をつぐんだままである。
雪原のような男が、褒めて欲しいなど口にするだろうか? 誠実さも生真面目さも伝わってくるが、それにしたってどこか薄っすらと冷たさの漂う男である。そして年齢だって、確か私と年も近かったはずだ。落ち着いた、大人の男である。そんな男が、私からの褒め言葉を望むのだろうか?
(もしかして恥ずかしくて言い出せなかっただけで……褒美が欲しいのだろうか)
金がかかるものだと困るが、ある程度は検討してもいいだろう。ここまで国のために動いてくれている男に対して、こちらも誠意をもって返さねばならない。私は頭の中であれこれと解釈を巡らせ、一人納得すると、大きく頷いた。
「ああ。いいぞ。貴殿が求めるものを与えてやろうではないか」
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