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満を持して計画を発表すれば、議会は揺れに揺れた。できる限りの根回しをし尽くし、納得させるだけの材料はかき集めたつもりだった。が、結婚を完全に国益のための取引として扱うのみならず、相手が悪名高き王子となれば、王を愛する臣下たちには到底受け入れられるものでもなかったらしい。それほど、私は王の地位や血筋を抜きにしても、家臣たちに心から愛されていることをひしひしと感じた。だが、だからといってこの計画以上に最適なものは思いつかない。結局、主に古くから仕えてくれている臣下たちから許しを得るのに数か月を要した。
「この婚姻を破棄させたいのであれば、この計画以上に現状を打破することのできる打開策を持ってこい」
議論の硬直状態にしびれを切らし、ついに私が臣下にそう指示すると、皆視線を下げ口ごもった。誰もがこの婚姻が妙案で、受け入れざるを得ないことくらい分かっているのだ。長い長い議論の後、宰相の重たく悲し気なため息とともに、最後の書類に承認の印が押されたのであった。正式な書類がしたためられた後、すぐさま使者は飛ばされた。更にその数日後、彼の国からは簡潔に、二つ返事で「喜んで送りだす」と返答があった。ご丁寧にも前金として目をひん剥くほどの金貨も携えて。
かくして、国を挙げて遠い国の王子様を歓迎する体制に入った。
王配として遠い国から王子を迎え入れる。その旨が国民に広く知らされることとなると、来るその日に美しき祭りを催し、王を祝おうと国民たちは歓喜に揺れた。特に若者たちは、国名も朧気な、遥か北国の王子様に夢を見て、国王の婚姻祭りという経験したことのない一大祭事に胸を躍らせている。ある程度情勢を知っている民たちの中には、手放しで喜べず曇り顔のものたちもいた。パヌゼウは小さい国だ。年の取った民たちは、私を見守り続け、いつしか誰もが親心のようなものが芽生えてしまったのだろう。そのどちらの反応も、私は優しい国民たちに慕われているのだと実感でき、心の底から温かいものが湧き上がってきた。だれが反対しようとも、たとえ配偶者に恵まれず手を焼こうとも、王として愛する国と愛おしい国民に身を捧げることができるならば、本望というものだ。
いよいよ輿入れ当日には、国はすっかり祝賀に色を染め上げていた。城下町は両国の旗が紐で吊るされ、鮮やかに空を彩る。壁や柱、いたるところに赤や黄色の大ぶりの花が飾り付けられ、色とりどりの灯籠が家と家を結び吊るされている。象徴的な存在である海の女神像が、ぴかぴかに磨き上げられあちこちに配置され、にぎやかな音楽が街を彩っていた。
そんな街を、見慣れぬ馬車がゆっくりと進んでいくのが、城のバルコニーから覗き見えた。大ぶりの逞しい馬は、積雪をものともせず駆け抜けるのだろう。後ろに引かれる籠は、金や銀の細やかな文様が彫られ施されている。大きく広げられた翼は、彼の国の信仰神のものだろうか。遠くから伺うそれだけで、北国の裕福さが見て取れる。しかし、一国の王子が輿入れするにはなんとも質素な一行だ。さすがに国境を越え問題児であることは轟いているため、見栄を張ることはしないらしい。
玉座にて、いまかいまかと王子の到着を待つ。輿入れ当日だというのに、宰相は額の汗を拭いながら、悪あがきしようと話しかけてきた。
「陛下。本当にいいのですね。最終確認ですよ」
「ここまできて引き返すわけにはいかないだろう」
「ええ。ですがどうするのです。色狂いの夫が、我が国で好き放題してしまったら」
想像してみた。酒池肉林を築く未だ顔も知らない夫。その隣で執務に精を出す私。特段、問題はないのである。
「まあ……いいんじゃないか。私の子には王位継承権が渡ることはないのだから」
「それはそうですが……」
アドリア王子ご到着です! と近衛が張り上げる。玉座の間に控える臣下が一斉に背筋を伸ばした。腰かける玉座から、直線状にある正面扉が開き、これから配偶者となる北国の王子が一歩足を踏み入れる。
驚いた。およそ、南方では見かけない外見だ。目を引くは、雪に溶け込むかのような白い肌に、刃のように鋭く光る銀髪。熟れた果実を思わせる真っ赤な瞳は、私をただ見据えた。美麗な容姿だ。悪名さえなければ、さぞ貴族令嬢や他国から引く手あまただっただろうに。
「前へ」
指示に従い、彼は玉座の前まで歩を進めると、膝を折り、首を垂れた。おや、と訝しむ。随分と従順じゃないか。母国にこってり絞られて反省でもしたのだろうか。これから新しい人生が始まる彼は、仕切り直しですっかり心を入れ替えたのだろうか。であれば、こちらとしてもありがたい。臣下が余計な心配をすることもなく、私も手綱を握り続けられるのだ。
「アドリア・シュナゼル。よくぞ参られた」
いたわりの声掛けをすれば、けれど彼はゆるりと首を横に振った。
「……もったいないお言葉でございます」
「いいや。改めて礼を言う。アドリア。よくぞ南方イルゼルへ」
「恐れながら……女王陛下」
「我が国では、呼称に性別は付けぬ。陛下と呼ぶように」
この国の習わしをさらりと教えれば、彼は逆らうこともせず即座に従った。
「陛下。この度は陛下とご縁を頂けること、恐縮至極に存じます」
「こちらこそ、よくぞ遥々遠い国へと参られた。これからともに、この国を築き上げよう」
堅苦しいのはもういいだろうと、玉座からひょいと立ち上がった。臣下が止める間もなく、旦那となるべく存在へと手を差し伸べる。きょとんとした彼に思わずくすりと笑いがこみ上げる。
「無理やり連れてこられたに近いのだろう。嫌悪の気持ちは隠さずとも分かる」
「そんな……」
「だが、私は国王である。貴殿に生半可なことは言えない。夫として、最低限務めは果たしてほしいだけだ。なに、国を守る母としての役割は、国王たる私が一手に担う。貴殿には国の父としての威厳など特に求めない。一国の主の配偶者となるが、そこまで気負ってくれるな」
「……私、は」
彼の顔に、戸惑いが大きく広がっていた。不思議なものだ。暴れまわるでもなく、逃げ出すでもなく。臭い台詞に嘲笑もしない。どうやら、噂に聞いてきた評判からは随分かけ離れた旦那様のようだ。おずおずと重ねられた彼の手を取り、強く握りしめた。
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