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金がない。頭を抱えた。抱えたところで金が降ってくるわけでも無し。
執務机に突っ伏して、お先真っ暗の現実から逃避したくて目を瞑る。弱音を吐いている場合ではない。なにせ私は、一国を束ねる王なのだ。それでも絶望的な状況を前に、人知れず嘆くことくらいは許してほしい。
我が国、パヌゼウは南方海岸地帯を領土とする小国である。一年中風通しの良い服装で過ごすことができ、国民のほとんどが上着を羽織ったことがない。宝石のように真っ青な穏やかに波打つ広大な海と、混じりけのない白い浜辺が象徴的な南国。誰が呼んだか「最果ての楽園」。海沿いに並ぶ住居はどれもが潮風に強い白石造りに青色の屋根となっており、まるで海と砂浜を写し取ったかのようである。時折、目立つことを目的とした商店は赤レンガや赤茶土など、温暖な気候を表すような資材を用いている。それが白亜の世界の中にぽつんと目立つのがまた美しい。
だが、パヌゼウは見た目通りのパラダイスではない。凄まじい極貧国家である。
その昔、観光特需のおかげで裕福だった時代もある。近隣からは軽い旅行として、北方の国々からは雪をしのぐバカンスとして、パヌゼウの暑い日差しを求めて多くの観光客が訪れた。大地を焦がす太陽と、からっとした気候は多くの人に好まれた。観光資源は高貴な身分の方からの評判も良く、景観を望める海沿いの宿泊地はどこも満員御礼だったと伝え聞く。それが十年、二十年と経つうちにみるみると客足は遠のき、いまでは物珍しいもの好きの旅人くらいしか見る影はない。理由は明らかで、あるがままに過ごし過ぎたのだ。
気だるいままに報告書を捲る。どうにかして、私の世代で再度観光地として盛り上げてやろうではないかと一考し、部下に命じた詳細な調査結果がしたためられている。どうやら我が国は、人気に胡坐をかき続け、変化のないまま長い年月を過ごしてしまった。もちろん、この土地の風景を好んでくれているのであれば、リピーターは足繁く通ってくれるだろう。しかし老朽化していく設備の放置、ルートの整っていない自然保護区域。右に倣えで同じような味付けの屋台飯……とくれば、美しい海と空、街並みだけでは流出は抑えきれない。それこそ、唯一無二の景色を堪能したとして、それ以外に魅力がないのであれば一度きりのいい思い出で終わってしまうだろう。
観光地として斜陽となったパヌゼウ。ところが常夏の国の国民性がそうさせるのか、民草たちは自らの生活が苦しくなろうとも、ほとんど気にしていない。だが国を率いるものとしてはそうは言ってはいられない。定期的に海域を襲い、海産物を根こそぎ食らう怪物クラーケンの討伐、潮風による塩害の対策に、緊張関係にある隣国へのもろもろの投資。経費を削りに削り、王宮にしては質素な建物でうんうん唸り続ける日々。民たちは事あるごとに、陛下には申し訳ないと頭を下げられていた。自分たちの生活はさておき、私が苦心していることには情けないと思う心があるようだ。
基本的には平和が築かれているならばそれでいい。過度な豊かさは望まない。それでいいが金は欲しい。とりあえずは観光地として栄華を取り戻すのだ。新たな商売だって国を挙げて始めたい。だが、金を稼ぐのにも金が要るのだ。
「どうにか資金調達できないものか」
もはや神頼みだろうか。側にいた宰相は、所在なさげに長い髭を撫でつけていた。
「ここまでくれば税を上げるしかありませんでしょうな」
「それだけはないな。これ以上負担を掛けられない」
「とはいえ、八方ふさがりでございます。陛下」
そんなことは言われなくても、と当たり散らすのはやめた。宰相だってやれるだけのことはやっているのだ。ううん、と体を起こし、机の上に広がっていた国際新聞に目を通す。一面の大見出しはセンセーショナルな煽り文とともに、とある記事が大きく紙面を占めていた。
「北方のシュナゼル王族一大スキャンダルーーか」
「嗚呼。第二王子様がなんでも婚約者様を無下に扱い、王位継承権をはく奪されたようですよ。王宮のどこか深いところで反省を促すため幽閉されたとか」
「なんともまあ」あきれ果て、ため息すら吐く気力もない。「愚かな王子だ」
「ええ。幼き頃から問題を起こしてばかりで、シュナゼル国王も手を焼いていたようですよ。こんなことになっては、配偶者も得られないだろうからどうするべきかと、記事は続いておりました」
「そんなことを心配している場合か。無理やり嫁がされる女人の気持ちになって見ろ。結婚などさせないでもよいだろうが」
「シュナゼルは保守的ですからな。婚姻して一人前、王族はお子を残すべきと考えているのでしょう」
「婚約者を雑に扱った男でも、王族に入れるならと娘を送り込む貴族ばかりか」
「とはいえ、今回ばかりは酷いものらしく、どの貴族も渋っているようですぞ」
嫌な話を聞いたと、新聞を丁寧に折りたたむ。これ以上目に入れるわけにはいかない、毒になるだけだ。国王として国際情勢は頭に入れておくべきだが、こうも胸につかえる話はさっさと切り上げたいもの。だが、宰相の思わぬ一言が、この話を簡単に終わらせてはくれなかった。
「どうしても、婚姻の駒として使いたいのでしょう。他国の貴い身分の方で、婚姻を結んでいただけるならば標準の三倍の支度金を出すとか。いやはや、厄介払いしたいのか……」
「――それは本当か」
がたん、と大きな音を立てて立ち上がる。宰相はしばらく何事か、と驚いた後、顔を真っ青にして激しく首を横に振った。
「い、いけませんぞ。陛下。貴方が何を考えていらっしゃるか、分かりますが、それだけはいけません」
だが、私はぐっと握りしめた拳を見つめた。物好きなゴシップを口にしたことで、思わぬ収穫を手に入れた。
「いいや。そんなことはない、これは光明だ」
「ダメです。貴方にはふさわしい配偶者をと、我々臣下は常日頃……」
「それは有り難いが、最優先ではないと常日頃私も言っているだろう。そして、この最悪の状況を打ち破るふさわしい配偶者じゃないか」
なに、王族に生まれてこのかた、恋愛結婚など夢見ていないさと胸を張る。目尻を拭う宰相のことなど気にしていられない。他国に先を越されてなるものかと、この国で一等上質な紙を持ってくるように指示した。議会の承認を得るのはすべての手を回した後でよいだろう。
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