女になった日
金曜日。
その夜は飲み会で、営業チームのささやかな打ち上げに呼ばれ参加していた。
赤提灯が揺れる安っぽい大衆居酒屋の片隅で、私はいつも以上に酒を飲んでいた。家での閉塞感、アキラとの溝、積み重なる疲労。それら全てをアルコールで麻痺させなければ、この場にいられないような気がしたからだ。
「如月さん、飲みすぎですよ」
隣に座る優太が、私のグラスをそっと取り上げた。彼の指先が触れただけで、火照った肌がさらに熱くなる。
「……大丈夫よ。これくらい、いつもだから」
「いつも? 如月さん、家でもそんなに飲んでるんですか?」
彼は心配そうな瞳で私を見つめていた。その瞳が、まるで私の心の奥底にある澱まで見透かしているようで、急に視線を逸らしたくなった。
家庭での私は、ただの便利な道具だ。でも、ここにいる私は、一人の女性として扱われている。その対比が、今の私をひどく不安定にさせていた。
飲み会が終わり、店を出ると夜風が冷たく頬を刺した。
タクシーを拾おうとする優太に、私はふらつく足取りでしがみつく。帰ったらまた、冷たいリビングと、スマホをいじる夫の背中が待っている。そう思うと、帰宅が恐怖に変わった。
タクシーの座席に座っても、私は泥酔していて行き先も告げられなかった。運転手が怪訝そうな顔をする中、優太が慌てて「とりあえず、僕の家へ」と呟き、私の肩を支えてくれた。
私の家は、私を私として扱ってくれない場所だ。
優太の家へ向かうという行為が、家庭という檻を物理的に飛び出すような、恐ろしい解放感をもたらしていた。
優太の部屋は狭かったけれど、どこか整っていた。
「ベッドでもよければ、ここで休んでください。水、持ってきますね」
優太が優しく私をベッドに促し、毛布をかけてくれる。
その姿を見ていたら、急に堪えきれない思いが溢れ出した。
夫は私を求めない。私の疲れも、悩みも、何も見ていない。けれど、この若い青年は、ただのパートのおばさんに、こんなにも気を遣ってくれる。
ベッドの端に腰掛けた優太の背中を見つめ、私は衝動的に彼のシャツの裾を掴んだ。
「……行かないで」
私の声は、酒のせいか、それとも抑えきれない渇望のせいか、ひどく掠れていた。
優太が驚いて振り返る。その隙をついて、私は彼を引き寄せた。
「私を……見て。妻でも母でもない、ただの私を」
驚愕に目を見開く優太に、私は自分から唇を重ねた。
優太の身体が硬直するのが分かった。けれど、すぐに彼の温かな手が私の背中を抱きしめ返してくれる。
アキラとのそれは、儀式のような、無機質な動作だった。だが、優太の抱擁は、私という存在を確かに受け止めるような、熱い渇望に満ちていた。
背徳感。家庭を裏切る罪悪感。娘への申し訳なさ。
それは酔っていてもしっかり持っていた。忘れてなんかいなかった。
それでも、それら全てを上回る、「女として生き返りたい」という本能的な叫びが、私を支配した。
部屋の薄暗い灯りの下、私は無我夢中で彼のシャツのボタンに手をかけた。
「ねえ、優太君……私、もう限界なの」
その言葉を合図に、私たちは互いを貪るように求めた。
優太の指が肌をなぞるたび、私は自分が確かに「生きている」ことを実感した。
女である事を思い出した。
アキラとは一度も感じたことのない、激しい高揚感と、胸を締め付けるような情熱。
私は壊れたように彼の背中にしがみつき、声を上げた。
私を侵食していくのは、背徳の痛みではなく、自分を、亡くしていた女を取り戻すための歓喜だった。
彼の上に跨り、溢れ出る悦びと、愛液、それからメスであるという香りを撒き散らしながら、一心不乱に腰を振り、優太の熱い、熱い肉棒を体内に擦りつけていた。
「如月さん、ああ気持ちいい。気持ちいい如月さん!!」
優太のその甘い喘ぎと言葉、何よりもメスとしての私の名前を呼ばれた事に私は脳を焼かれた。
これまでに感じた事がないくらいに濡れ、そして優太の甘い言葉に反応しながら絶頂に達した。
窓の外では、東京の夜景が冷ややかに光っている。
ここが地獄への入り口だとしても、今の私には、この熱だけが唯一の救いだった。




