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幕間2 ヤソバ村と精霊

 これは10年前、シオによって精霊ソィスが村に引き入れられてから一週間後のことだ。


 村の人たちも最初は彼女を歓迎した。今年は豊作で余裕があり、たとえ子供であっても一人でも多くの働き手を必要としていたからだ。


 しかし村の顔役の大ババ様と呼ばれている呪術師が「ソィスには関わるな」と言ったので村人はそれに従った。


 ソィスは村八分の目にあった。もしシオの両親が、シオにねだられてだが、彼女を扶養すると言い出さなかったら彼女はこの村にいられなかっただろう。


 ただ、心優しい村人たちはシオ家がソィスを育ててくれると知って安心した。シオ家におすそ分けだと言って、間接的にソィスを幇助ほうじょした。もっともソィスは食事を必要としなかったが。

 大ババはそのことについて何も言わなかった。


「なぁんでみんなソィスに冷たくすんだよ」


 シオとソィスは村の花畑で花摘みをしていた。シオは不満をたらたらとこぼしながら小石で地面をほじくり返している。


「最初はみんなソィスのこと村の一員だって言ってくれたのに、ユウもホウもさぁ」


 ユウもホウもこの村の子供で、シオの友達だ。

 ソィスはシオが自分のために怒っているのを奇妙だと思った。どうしてこの人間の子供は自分に関係のないことで怒っているんだろう。

 ソィスは花摘みの手を休めることなくシオに返事をした。


「あの女がボクに関わるなって言ったからだろ」


 あの女とは大ババ様のことだろう。シオはその呼び方に顔をしかめた。


「大ババ様のことそんな風に言うなよな」


「ごめん。とにかく大ババ様がボクのこと嫌いだからだろ」


 ソィスは事実を伝えるようにさらっと言い放った。シオは、嫌われてることなんてない、と否定したかった。だが大ババがソィスのことを追い出そうとしているのは子供心に感じ取っていて、素直なシオは嘘はつけなかった。


「なんで大ババ様、そんな風に言うんだろ……」


「ボクが精霊だから?」


「精霊ったって人と変わんないじゃん」


 シオはソィスの言う精霊というものがピンと来ていなかった。人間と同じ見た目で人間と同じように喋れるのにどう違うのか分からなかったのだ。


 ソィスにとって、誰に嫌われようが村八分にされようがなんともなかったが、シオが他の村人と同様に自分のもとから離れていくことを想像すると胸がざわついた。


 だからずっと人の姿を取っていたし、精霊らしさを隠すようにもしていた。大ババや勘のいい大人ならソィスが精霊だと一目で見抜けるものだったが、子供のシオには人間との違いが分からなかった。


 シオは今まで気にしていなかったが、ちょっと興味が湧いてきてソィスに尋ねた。


「精霊ってなんか出来んの?」


 ソィスはため息が出そうになった。ここまで無知で幼いとは。ここで一つ懇切丁寧に精霊の力を見せつけてやろうかと思った。


 だがなぜかそれを嫌がる自分もいた。ソィスはうまく説明できない自分の心に戸惑った。

 ソィスはシオに精霊として特別視されることも、恐れられることもどちらも気にかかった。一人の人間として接してもらいたかったのだ。


 だがシオが期待に満ちた表情で教えろよとごねたので、恐る恐る精霊術を見せてやることにした。


「……見てろよ」


「うん」


 ソィスは妙に緊張した。まだ咲いていない蕾があったので、そこにしゃがみ込み両手をかざした。そして震える息を吐きながら手に魔力を込めた。


「うわぁ!すげぇ!」


 花はみるみるうちに成長し花弁を目いっぱい広げた。ソィスは魔力を消費した若干の気だるさを感じながら、シオの反応に注視した。

 シオが飛び上がって驚いたので、ソィスは少し不安な気持ちになりながらも妙に照れ臭く嬉しかった。


 シオはしばらくの間ソィスの力にたまげていたが、ハッと一つのアイデアがひらめいた。ソィスのこの力を知れば大ババ様が考え直してくれるかもしれないというアイデアだ。


 シオはいてもたってもいられなくなった。


「待ってろ!大ババ様を説得してくる!」


「あっ」


 シオが大ババの家のある村の中心へ走り去っていき、途端にソィスの心に暗雲が兆した。


 シオは精霊が特別な存在だと気付いてしまった。もう同等には接してくれないかもしれない……。


 ~~~~~~~~~~


「大ババ様!聞いてよソィスがすげーんだ!あいつが手をかざしたらバッて花が咲いてさぁ!だから」


「シオ!落ち着きなされ」


 大ババはしわだらけの顔についた二つの鋭い瞳で、部屋に飛び込んできたシオを見据えた。


「それは精霊術じゃろう……。のうシオ。あの精霊と関わるのはもうやめなされ。お主は取りつかれておる」


 大ババの予想以上の厳しい態度にシオは怯んだ。


「ソィスはそんなこと……」


「それは分かっておる。じゃがな、精霊はヒトならざるものじゃ。神の使いであり、人間より遥かに力を持っておる。そんな過ぎた力はな、たとえ味方につけようと敵に回ろうとろくなことにならんのじゃ」


「関わらん方がええ」と大ババは固い声色で言った。シオには大ババの言うことは難しかったが、彼女が頑として意見を変えてくれないことは分かった。


「なんだよ!大ババ様がなんて言おうがオレはソィスのこと追い出したりしないからな!」


「……勝手にせい。じゃが儂は今後精霊が呼び込むであろう災難からお主のことを守ってやれんぞ」


 シオは大ババの家から出ていった。

 大ババは、その後ろ姿を険しい顔をして見送った。精霊と人が関わる伝承は数が少ない。どうするのが正解かは彼女にも分からなかった。


 ソィスがシオに執着していることは分かっているが何をするつもりなのかは分からない。精霊は気まぐれというし、まだそれほど力も備えていないようだ。放っておくのが一番だろう。それに今のシオからソィスを引きはがすのは一苦労だ。

 シオが大人になれば精霊の恐ろしさに気付き、自分から離れていくだろう。


 大ババは、あの頑固で優しい村の子が取り殺されないようにとせめてもの祈りを唱えた。


 ~~~~~~~~~~


 ソィスが落ち着かない気持ちでいると、シオがとぼとぼと元気のない足取りで花畑へ帰ってきた。


 ドカッと無言で座り込み、ふてくされた顔を隠そうともしない。

 ソィスはシオの反応が気になった。


「どうだった……?」


「……ダメだった。……クソっなんでだよ!大ババ様はソィスの凄さを見てないからあんなこと言うんだ」


 ソィスの不安はいよいよ彼女の心を包みこんだ。精霊であると祭り上げられることは彼女の望むところと正反対だった。


「そうだ!ソィスが見せて来いよ!そんなすげぇ力持ってるんだから勿体ないじゃん!」


「……嫌だよ…………」


 ソィスの心にジワリと諦めの感情が染み出してきた。自分とシオはかけ離れた違う存在で関わるのは間違いなのだと説明されているようだった。


 シオはソィスの声に元気がないのに違和感を覚えながら、気分を切り替えるようにごろっと仰向けになった。


「ちぇっ。惜しいなぁ。ソィスとみんなの何が違うって言うんだろうな」


「え……?」


「だってさ、ユウは編み物上手くて大人の役に立っててさ、ホウは弓が大人顔負けで狩猟の手伝いしてる、どっちも大ババ様は凄いやつだって認めてるんだぞ。だからソィスがセイレイジュツの使える凄いやつだって知ったら好きになってくれるって思ったのにな」


 ソィスは作り物の心臓がドクドクと早鐘を打つのを感じた。ドプドプと湧き水のように感情があふれ出てくるのが抑えきれず衝動の命じるままシオに飛びついた。


「わっ!な、なんだよ」


「ふふっ!別に?」


 シオの胸に頭をぐりぐり押し付けていると、シオの胸からも同じドクドクという音が聞こえるのが嬉しくてソィスは笑った。


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