聖剣とパジャマ神官
買い物を済ませ、ティアとアリスと僕の三人は今夜予約してある宿屋に帰った。宿は勇者パーティーとして6人全員同じところを取った。
扉をくぐると馬小屋やキッチン、受付のある開放的なフロアだ。そして間の悪いことに、その開けた空間で僕ら三人は勇者様とばったり出くわした。
もう日は暮れているわけで、これから夜の街に繰り出すところだったのだろう。
僕は勇者様と鉢合わせて半ば反射的にギクッとした。勇者様は僕がアリスとティアに挟まれるようにして帰還したことを見るやスッと眉を顰めた。
その空気を感じ取ったのかティアが何か言おうと前に出たが勇者様は彼女を押しのけ僕を睨みつけたまま
「ちょっと来い」
と彼の部屋まで連れていった。ちなみに部屋は個室で6つ取ってある。羽振りがいいと宿屋の女将は言ったが、単に仲が悪くて同じところで寝たくないだけだ。
部屋の扉が閉じられた。僕は「なんでしょう?」とニコニコ尋ねたが返事はない。空気が重くなぜか怒られそうな雰囲気だ。
いや、怒られるとすれば女の子二人侍らせてデートに出ていたみたいに見えたからだろう。でもそれは個人の勝手じゃないか。
と僕はイヤな気配に対して怯え、その裏返しに早速ふてくされた反論体制でいた。実際言い返すことなど出来るとは思えないが、しかしこんなことで怒られてもつまらない。
しかし勇者様の取った行動にひゅっと身がすくんでその気勢は一瞬にして削がれた。
勇者様はおもむろに聖剣を取り出したのだ。
鞘から剣身がゆっくりと引き抜かれ、部屋の薄暗いランタンの明かりに反射して僕に怖気が走った。
き、斬られる……?
しかし勇者様はあくまで緩慢な動作で、僕に見せつけるように聖剣を突き付けただけだった。
「見ろ」
「は、はい?」
刃渡り70cmほどの聖剣は刃全体がぼんやり青白く発光している。
聖剣は勇者様の強さの象徴だ。
勇者様は強い。戦闘に連れて行ってもらえないからほとんど実戦の様子は見たことがないが、普段の身のこなしを見ていてもそれは自明の理だ。
その強さの要因は二つある。
一つはゼノ様から与えられた加護の力で、もう一つが王様から授かったこの聖剣だ。具体的にどう強さに関係しているのかは教えてもらえないので知らないが、まさに鬼に金棒といった感じなのだ。
しかしその金棒たる聖剣を見せつけられても僕は反応に困る。今更何を見ればいいのか分からない。
「持て」
「へ?……わっ!」
まるで水筒でも放るように聖剣をポイと僕に投げつけてきた。近い距離だったとはいえ抜身の剣を投げるなんてマジで危ない。
僕は慌ててキャッチした。どうすればいいのやら困惑し柄の部分を握ったまま勇者様におずおずと尋ねた。
「あのう、これは……?」
「……気のせいか」
「えっと……?」
「ふん。見ろ剣身が全く光ってない」
勇者様の言う通り聖剣は何の反応も見せずただの鈍い鉄の塊と化している。そりゃそうだ。別に僕以外の誰が握ってもその聖剣は反応しないじゃないか。聖剣が勇者様を選んでいる証なんだろう?
勇者様はやっといつものニヤニヤ笑いをし始めた。さっきまでは勇者様の思惑が見えなかったから何をされるのかとビビっていたが、ただいびられるだけだと気付き安心した。
勇者様は言葉を続けた。
「だが俺が握ったときは青く発光する。これは聖剣が力を発揮している証拠だ。分かるか?勇者は俺なんだよ。てめーは何物でもねーの!ただの凡夫!」
「はぁ……」
「だからてめーは女侍らせて調子に乗ってんじゃねぇよ!その役割は俺なんだ!OK?」
「お、OK」
「分かったらとっとと聖剣磨いて来い!」
勇者様に怒鳴られて僕は聖剣を胸に部屋を飛び出した。結局そのことで怒られるのかよ。
パーティー内での恋愛はパーティーの崩壊につながると冒険者たちが話しているのを聞いたことがある。
だからそういう理由で怒られるならまだしも「俺がいちゃいちゃするんだよ」と言われてしまえば怒られたのかどうかも分からない。分かりやすくて逆にすっきりするくらいだ。
いや別に僕だってメンバーと恋仲なわけじゃないし、いちゃいちゃするなら勝手にどうぞ、という感じだが、勇者様が「げへへ」とティアと抱き合うのを想像すると無性にむしゃくしゃした。
そんなふうに不機嫌になりながら一人部屋で聖剣を磨いているとコンコン、と扉がノックされた。
一瞬勇者様かと思って身構えたが勇者様ならノックなどしないだろう。僕はそっと扉を開けた。
「あの……手伝いますよ」
メルだった。過酷な旅をしてきた神官らしからぬ刺繍の入った上品なパジャマを着ていて割と寝る気満々だったことがうかがえる。
手伝うとは聖剣の手入れのことだろうか。今までそんな殊勝なことしてくれたことないじゃん、と思いながら僕は断った。
「え、いやいいですよ」
「遠慮とかいいですから」
「いやいやそっちこそいいですって」
「いや、もう!早く入れてくださいよ。仮にも私聖職者なんですから!」
訳の分からない理由で顔をちょっと赤くして彼女が怒ったので僕は慌てて彼女を部屋に入れた。
混乱したが少し考えると訳が分かった。夜分に寝巻きという無防備な姿で男の部屋に入る姿を忍んでいたのだ。だったらわざわざこんな雑用手伝いにこなければいいのに。
そんな急に「私敬虔で不可侵な宗教女ですよ」みたいな態度を取られても、この勇者パーティーとして旅した一か月で彼女は割と感情を露わに怒ったりしまくっていたので今更という感じだ。
一番僕が仲が良くて性格も分かっていると言えるのがこのメルだ。彼女は出会った当初から敬語で丁寧な人だったし、考えてることも他の人たちに比べて分かりやすかったので心細かった僕は安心して一番彼女になついていたというわけだ。
勇者様に揶揄われてだんだん性格が荒んできた彼女に怒られてビビったり、時には不安がる彼女を慰めたりしながら僕は「妹がいたらこんな感じかなぁ」とぼんやり思っている。
お祈りにも付き合ったりして、だから僕としてはもう実は意外と仲良しでお互い素を見せたりしてもいいよな、位のイメージをぼんやり持っていたので、パジャマ姿を見ることが初めてなことに逆に驚いた。
僕とは違って彼女は僕に対してしっかり公私の線引きをしていたわけだ。パジャマを見られてちょっと恥ずかしがったりしているのは急に女の子っぽくてびっくりした。
彼女は僕から布と砥石を取り上げがしゃがしゃと乱暴な手つきで聖剣を磨き始めた。
まるで怒っているかのようなその手つきに僕はハラハラしながら彼女を見守った。
「あの……どうしてわざわざ手伝いにきてくれたんですか」
「別に……聖剣はもともとは教会のものです。シオさんより私みたいな信心深い人間がやる方がふさわしいと思ったまでです」
いや全然ふさわしくない。その手つき!見てるだけでひやひやする。
口をはさんだ方がいいのか、それとも彼女が怒っているなら何もしない方がいいのか、と手を出しあぐねて僕は怪我だけはしないようにと祈りながら見ていた。
やがて彼女自身も下手くそなことに気付いたのか、それとも少し冷静になったのか、ふう、とため息をついて手を動かす速度を緩めたので安心する。
「それに……気づいたんです。私はシオさんに優しくなかったって」
「え?」
おっと、何を言うつもりだろう。確かに彼女は優しくはないと思う。
彼女が懺悔しそうな気配に僕はちょっとわくわくした。大人しいふりして結構気遣いとかしない彼女の反省はレアだ、と失礼な気持ちで続きを楽しみにする。
「夜の見張りとか食材の調達とか、まあシオさんは自発的にやってくれるわけですけど、それだけじゃない。聖剣の手入れとか、やらされていても文句ひとつ言わないから全然平気なんだって思ってほっといたんです」
うんうん。
「ほらシオさんって本当に辛くなったらゼノ様にすがってお祈りするじゃないですか。私に付き添いをお願いして。だからそれで救ってあげられてるつもりだったんですね」
うんう……ん?
「いや、それは違います。僕はお試しとか物見遊山のつもりで……」
「ええ、ええ。いいんです、初めはお試しのつもりでも。神を信じるのに入り口なんて関係ありませんから。信仰を続けていることが大切なんです」
いやお祈りに今でも参加するのは単にメルが一人で寂しそうにしてるからであって、決してゼノ様を信じたからではない。だから真実は逆だ。彼女がお祈りしているのに僕が付き添ってやっているんだ。
そう否定してやろうとしたが彼女がその前に喋り始めたのでタイミングを失った。
「……でも、それだけじゃダメだなって思ったんです。もう同じゼノ教を信じる仲間なんですからシオさんがすがってくるのを待つんじゃなく、積極的に助け合っていかなきゃいけないって」
……まあ、色々と誤解とかあったり筋道が僕とは違うみたいだけど、でもその考えは僕が今日行きついたことと同じだ。
今日ティアと話してみて、メンバーのみんなと腹を割って話し合ったり、仲良くなるためにぐいぐい行く必要性があると考えていたので、その考えが彼女とシンクロしていたことに僕はちょっと嬉しかった。
と思っていると彼女はポツリと予想外なことを口にした。
「……だってティアさんとアリスさんと仲良く帰ってきたシオさんを見て焦ったんです……。放っておいたら他の女性にかまけて私のもとへ来なくなりそうじゃないですか……」
「え?」
僕の呆気にとられたような声を聞いて彼女は自分の言った言葉を反芻して確かめたようだ。
そしてぼっと顔を赤くした。
「い、いやっ!そういう意味じゃないですよ!?私のもとへ救いを求めに来なくなりそうってことです!シオさんは毎日の祈りを欠かすような不真面目な信者なんですから面倒見ておかないとゼノ教にふら~っと飽きちゃいそうで!だからこうして今も聖剣を磨いているシオさんを早速手助けに来たわけで!」
本当にそういうつもりはみじんもなかったのだろう。
だが彼女がわちゃわちゃと大げさに手を振って否定するので却って僕の方が照れてしまう。
今日はメルが妙に可愛く見えてしまうのはその無防備なパジャマのせいだろうか。いつもきっちり祭服に身を包んでパーティーメンバーの一員としての姿しか知らなかったから、こう普通の女の子みたいな恰好を見せられると動揺してしまう。
それで僕も「そうですね、そうですね、助け合っていきましょう、ええ」などと大慌てで言い、彼女も「はい、そうですとも。助け合っていくことが大切です」などともっともらしく口早に無理矢理場の収束を図った。
結局静かになって気まずく思いながら、しかし聖剣を磨く彼女を残して僕一人部屋を離れるわけにもいかず、もじもじと彼女の作業が完了するのを待った。
それから最後はぎくしゃくと、折角だからと二人でいつもの就寝前の祈祷文を唱えた。
「主よ。その御力によって支えてくださった今日一日に感謝いたします。私はこれから遥か遠い世界へ旅立って参ります。どうか、助けと励ましを与えてください。旅路が安らかなものとなるようお見守りください。私は、主が私たち罪びとのために、主の祝福に満ちた朝日を再びこの身に授けてくださることを信じます。私は安心と憩いに包まれ、眠りにつきます」
それからメルは部屋にそそくさと帰っていき、どっと疲れた僕はそのままベッドに倒れこみ眠りについた。




