落ち着かない旅路 前編
評価ありがとうございます頑張ります。
目が覚めた。妙にいい気分だ。そう、それはまるで花畑で蝶と戯れているような……。
「おいコラ起きろ!出発の準備整えろよボケが~!」
まるで、蝶と戯れているような……。いや、もう吹き飛んだ。
はい、目が覚めました。
勇者様の怒鳴り声にせかされるように準備を整える。そうして街を出て草原へ踏み出し、次の拠点を目指した旅が始まった。
……今思えばこの怒鳴り声が全ての象徴だった。
この号令こそが、退屈極まりない、妙にどこか落ち着かない道のりの始まりだったのだ。
昼夜交互にその一部始終をお見せしよう……。
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昼。
ああ、慌ただしい。僕たち勇者パーティーは宿屋の慌ただしい朝を終え、現在街道を歩いている。
それも慌ただしい。というかうるさい。理由はガッシャガッシャ、ゼイゼイと相変わらずの重装備で息を切らせて歩く女騎士が隣にいるからだ。ヘルムは被らずカバンに仕舞ってあるので無駄に整った顔が丸出しだ。辛そうに歪んでいるが。
平和な街道は森の中と違ってのどかで鳥の声も少ない。したがって鎧の音が響く……。いや音量自体は大したことない。実際ベアの出す騒音を気にしているのは隣を歩く僕くらいだろう。
だがメンバーで一人だけ必死な思いをしていて、それに誰も手を差し伸べないという状況が心にずしずし響いてくるのだ。
「ベアさん、その、やっぱり剣帯くらい持ちましょうか」
「はぁ……はぁ……構うなと言ってるだろう……!」
ああ、神よ。この強情な女騎士をなんとかしてくれ。
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夜になった。野営だ。今回は草原の只中だ。水は持参しているので川が近くにないが問題ない。今日は勇者様の気分が乗らないようで街へ出かけて行かなかったので晩御飯は僕が責任をもって作らねばならなかった。
というかここから一番近い街は昨晩泊まったところだ。日中もたもた歩いた道を再び辿って帰る気がしないのだろう。というかそんなにふらっと簡単に帰られたら移動の遅い僕とベアとメルは虚しくなる。
僕ら足の遅い組に合わせてゆっくり歩いてもらっているのだという事実が申し訳ない。
なぜかそのことに関しては意外と勇者様は愚痴を言わないのでいい人だと錯覚しそうになる。だが本当にいい人はこんな雰囲気のパーティーを作らない。
メニューがワンパターンだがシチューをコトコトと煮込む。隣ではアリスがじっと鍋の様子を眺めている。食い意地が張っているのか、と思っていたらコテっと僕の肩に寄りかかってきた。
じゃあ寝てるのかと思ったら別にそういうわけでもなく、瞬きもせずシチューがかき混ぜられていくのをじーっと見ている。路地裏の一件以来距離が近くて僕はモヤモヤする。
「おい!まだか!」
「あ、もうすぐです!」
ご飯の催促をされた。勇者様はやはりいい人ではない。
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太陽が高い。まだ一本道の街道をどこまでも歩く。旅とは景色に慣れれば退屈なものだ。
ガッシャガッシャとうるさい女騎士は健在で、だがやはり文句を言ってもしょうがないことなのだし、助けようとしても跳ねのけられるのだし。
それでも今日は結果が変わっているのかもしれないと思い一応声をかけることにする。積極的に助け合うことこそが大切なのだとメルと話し合ったばかりだ。
「あの~ベアさん」
「……はぁ……はぁ……しつこいぞ……」
「……」
積極的に助け合うことが大切という一文に但し書きを付けたい。
ただし、不機嫌な女騎士を除いて!
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夜。
今日は風よけになりそうな大きな岩と小川を見つけたのでそこにテントを張り野営だ。
僕がシチューをコトコト言わせ始めると勇者様は「二日連続同じものが食えるか」と言って街まで走って行ってしまった。昨日よりさらに遠いはずだがあっという間なのだろう。やはり化け物だ。
ちなみにベアは僕お手製のシチューを食べたことがない。野営になると自分のテントに閉じこもりパンだか干し肉だかをむしゃむしゃやっているらしい。
そこに一品シチューがあればさらにいいのにねーと僕とティアは頷き合った。
シチューを煮込んでいるとまたアリスが隣に座った。相変わらず距離感がバグっていて、肩が触れ合っている。照れる様子もなく無表情なので僕もなんとも思わないが。
そういえば今目指しているところはとあるエルフの里だ。本当の目的地は魔王領と隣接した辺境の城郭都市なのだが、遠いので小目的として道中にあるエルフの里を目指している。
同じエルフだしなにか知っているかもしれない。地図を見せながらアリスに聞いてみる。
「アリスさん。今目指しているこのビカラの里っていう土地ご存じですか」
アリスはいつになく俊敏にコクリと頷いた。
「故郷」
「えっ!」
そういうことは早く言おうよ。
だが別にアリスは嬉しそうでもない。普段から感情を表さない人だが、もしかしたらそもそも感情がないのかもしれない。
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ガッシャガッシャ。
……もはや何も言うまい。
いや、言う。
「ベアさん、荷物……」
「ちっ!……はぁ……はぁ……」
余計なお世話は人を苛立たせるだけだしやめた方がいいと思う。それと同じくらい舌打ちも人を傷つけるだけだしやめた方がいいと思う。
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夜。
いつもと変わらずシチュー。材料は現地調達のものも増えてきた。食べられる野草を採集するのが昼間の唯一の楽しみだ。
「シオくん……ベアちゃんのことはほっときなよ」
ティアが心配してくれたようだ。その方がいいのかもしれないがベアは僕の丹精込めたシチューを食べてくれないのだしその復讐だと伝えるとポカンとしていた。
彼女は僕がやっていることが迷惑だからやめた方がいいというのではなくて、僕があしらわれているのを見ると心が痛むからやめてほしいのだそうだ。なんて優しい人だろう。
僕は慣れてきて全く傷ついていないのでこれからもさせてほしいと言うとティアはしぶしぶ頷いた。
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ガッシャガッシャ。
「ベアさん、甲冑ってかっちゅいーですよね」
「……はぁ……はぁ……」
さて、いい天気だ。
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夜。
勇者様は次の城郭都市に一足先に行ってきたみたいだ。
「いや~壁がでけぇのなんのって。あとこれまたでけー領主館があって、飾り付けが下品で下品で。絶対意地汚いやつが住んでるとみたぜ」
ネタバレしてくる。
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ガッシャガッシャ。
道が二股に分かれた。小さな方は目的のビカラの里に向かうビカラ森林という深い森の中へ入っていき、大きな方はそのまま草原を突っ切るようになっている。目的の城郭都市へは小道を行く方が早いのだ。
僕らは森の方へ入った。
ベアの下りは変化がないので割愛する。
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夜。シチュー。コトコト。
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ガッシャガッシャ。今日は跳ねのけ方が少し優しかった気がする。
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コトコト。
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ガッシャガッシャ。今日は手酷かった。
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コトコト。アリスが肩にコテっ。
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ガッシャガッシャ。
「あの~ベアさん」
「いい加減にしろお前!ぜぇ……ぜぇ……」
とうとう怒鳴られてしまった。流石にそろそろシチューの仕返しにしてはやりすぎかもしれない。
反省して明日からはもうよそうかなと考えていると、誰かがズンズンこっちに歩いてきた。
ティアだった。
「ちょっとベアちゃん!いい加減にするのはそっちでしょ!」
やばい、と思った。そういう迷惑をかけたくてやっていたのではなかった。
ベアは心底だるそうに顔を上げた。
ティアが言葉を続ける。
「どうして親切に対して必要以上に手酷く当たるの!」
「だから余計なお世話だと言っている……はぁ……はぁ……」
様子を聞きつけメルがおどおどと近づいてきた。僕の顔をチラチラと覗き見る。
「そりゃあシオくんは迷惑なくらい世話焼きだと思うけどね!」
「そうだろう……はぁ……迷惑なんだこいつは……」
「でも善意なんだからそれを無下に断り続けるのも失礼だよ!どっちかが譲歩しなくちゃいけないのならこの場合ベアちゃんだと思うんだけど!」
「本当に善意100%だと思うかこれが……」とでも言いたげにベアはこちらをぎろりと睨んだ。僕は気まずくなって目をそらした。
最初は善意100%だったんです。途中から意地だったけど。
ベアが僕を見ながらティアに言い返した。
「嫌いな奴に話しかけられ続けることがどれほどめんどくさいか……経験がないのか?」
うぐっ!
うすうす気づいていてもはっきり嫌いだと言われたのはこれが初めてだった。割とダメージがデカい。
メルは僕が困っているのに気が付いてなんとかしなくてはと焦っている。お互い助け合おうと話し合った同盟がここで発揮されるのか。こんなしょうもない喧嘩みたいなことで恥ずかしいからやめてほしい。
ティアも言い返す言葉を失っていた。ティアは言動から受ける印象以上に合理的な人間だったようだ。僕をめちゃくちゃに贔屓してはくれず「それはそうかもしれないけど……」と言い淀んでいる。
とうとうメルが言った。
「ほら、落ち着いてください。ベアさんもティアさんも。シオさんにとってはベアさんが一人だけ重そうな鎧を着て歩いていることが気がかりなんだと思います」
おお、メル。予想以上にナイスアシストだ!僕の本来の優しい意図を汲んでくれながらベアをやんわりと非難している気がしないでもない!
ベアはメルの方をチラと見た。それから、僕が聞いたことがない、ほんのわずかにだが優し気な声を出した。
「じゃあどうしろと言うんだ?」
「荷物を少しだけ持ってあげます。剣帯とかはどうですか?やっぱりイヤですか?」
「いや、ありがとう」
メルは素直にベアが剣帯を渡しながらお礼を言ったのでポカンとしている。
僕も展開が呑み込めなくてしばしポカンとした。が、何が起こったのかをすぐさま理解しぎりっと歯ぎしりした。
こ、このアマ~~!
僕が剣帯を持とうとした時この女はにべもなく断りやがったのだ。それは恐らくティアやメルも知っていることだ。
だがメルに言われたらあっさり渡した。これはつまり「僕だったから断っていただけであって、他の人の親切なら受け入れるつもりでしたよ」というパフォーマンスなのだ。
いや本当にもともとそうだったのかもしれないが、この、どっちが悪いのか白黒はっきりつけましょうみたいな状況になった後でそれをされると、完全に僕の分が悪くなってしまう。
ベアはこっちを見て軽く眉を上げた。ほら、なんとか言えよと言われているかのようだ。
ぐ……ぐぐっ……。
ティアとメルも、控えめに僕の言葉を待っている。次は僕が何か言わなければならない。逆転の一手か、いや、それより謝罪の言葉だろう。
僕は、謝らねばならないのか……!しつこくしてすみませんでしたと、半分嫌がらせでしたと、正直に……!僕は……!
「おい!何くっちゃべってんだ!ふざけんじゃねーぞてめーら!」
遠くで勇者様がイラついたように怒鳴った。慌てて僕は歩き出した。
それで何とかうやむやになった。
勇者様はもしかしたらいい人なのかもしれない。
僕は心の中で合掌した。




