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第二十三話 「貴族エリアの要塞」

ゾンビの大群で混乱した街中を治安維持兵達が乗った荷馬車が悠々と貴族エリアを目指して練り歩いていた。


逃げ惑う人達の中には藁にもすがる思いで荷馬車に近寄ってくる者もいたが、治安維持兵が持つ槍が彼らの体に容赦なく、そして無造作にも突きつけられていた。


そんな様子を治安維持兵一行の最後尾を走っていた荷馬車の床ぞこに張り付いていたウィルは己の筋力がいつまで持つか不安になりながらただその光景を見ていた。


ダリスが囚われているのを発見したウィルは土系攻撃魔法の<潜地>を発動させ、地面の下に潜り込むと姿が見られることない最後尾の荷馬車の床ぞこに張り付いてダリスが連れて行かれるであろう貴族エリアまでこっそりと同行することにしたのだ。


片腕しかないウィルにとって荷馬車の床ぞこに張り付くのは至難の技であった。技というか全身の筋肉をフルで使っているだけであるが。車輪よりも低い位置にいるため地面からの高さがとても低く、顔一つ分ほどしかない。揺れる荷馬車から剥がれ落ちないように一応両足、右手に粘土状の土を付け、粘着性を上げてはいるのだが果たして効果があるのかウィル自身もよくわかっていなかった。お守り程度にしかならないかもしれない。


あれこれ考えることを止め、ただひたすら張り付くことだけに意識を向けていると荷馬車の動きが停止した。


何度かゾンビの群れを蹴散らすために停止したことはあったが、今回はどうやら目的地の到着したようだ。

背中越しに荷馬車から降りる複数の人間が動き出した振動が伝わってきていた。治安維持兵達の「はあ 疲れた」「早く動け!」などと今までの道中の苦労を吐露する者や捕らえた者達を移動させようと催促している声が聞こえる。


しばらくし、人の気配が消えたのを感じたウィルは全身に入れた力を解放した。


ドスンと音を立て、うつ伏せの状態で地面に体が体当たりする。


「はあーーーーー 疲れた」


先ほどの治安維持兵と同じ言葉をウィルは呟いた。全身の筋肉をフルにそして長い間使用し続けたため、僅かに足が痙攣している。


荷馬車にいた治安維持兵とは比べ物にならない疲労感が襲う。彼らよりも「疲れた」には深い意味が伴う言葉だ。同じ言葉を使って欲しくないとさえ思ってしまう。


疲れが徐々に消えていき、痙攣が収まったのを確認すると「よし!」と小さく呟いたウィルは再び<潜地>を発動させ、地面の下へと潜り込んだ。


荷馬車の周りに人の気配は無かったが遠くから監視されている可能性も考えられる。それゆえウィルは得意とする地中を使って荷馬車の下から移動することにしたのだ。


この魔法もジーンから教わったものだ。正確にはジーンが考えた魔法ではないがジーンの魔法作成プロセスを参考にしてホンブル市で出会ったモンスターの攻撃魔法を応用したものだ。


治安維持兵に所属していた頃は基本的な攻撃魔法しか使うことができなかった。禁止されていた芸術を密かに愛していたウィルはいくつかオリジナルの魔法を発明しようと何度か試みたのだがどれもなんの成果も得られずに失敗していた。それが、レジスタンス活動を始めてから何故だか魔法を新たに作成することができるようになっていたのだ。


原因はいまだに判明していない。ジーンでさえ何故自分が使えるのかわかっていない様子だ。彼女については当初は特に思考が安定していなかったので無理もないが。


土の中を潜りながら外の様子を観察する。


<潜地>発動中は地面の下にいてもある程度外の様子を視認することができる。かなり狭い範囲でボヤけているため鮮明には見えないがおおよその状態は把握できるのだ。


どうやらここは貴族エリア内で正解のようだ。荷馬車が停まった場所はなんらかの建物、要塞の方が適切かもしれないところの内側部分にいる。周りを石の分厚い壁で覆われており、コの字型の大きな建物と少し離れた場所に納屋が発見できた。


これ以上は地面の中にいても仕方ないので、ウィルは壁際の影になった死角になっている場所を見つけるとそっと地面へと這いずり出た。


「要塞か...」


外に出て、あたりを見回すとやはりここは要塞のようだった。


城壁には2人の治安維持兵が巡回しているが、荷馬車が置かれているこのスペースには他に人影がない。


どうやらここは要塞のゲートの前にあたる待機ゾーンであることがわかった。


要塞にも様々あるが出入りが激しい要塞は本門の前に城壁で囲いを作り、関所のような役割を持つエリアを設けているパターンが存在する。


出入りが激しいと門を通るための確認作業に時間がかかり、門の前に行列が発生してしまう。それでは効率が悪く門の外に溜まった行列により本来出入りをするための役割が果たせないとして行列が発生しないように本門の前に関所を設けることにしているのだ。納屋があるのは商人などが連れてきた馬を休ませるためだ。


治安維持兵は本門を通り抜けた奥に多くいるのだろう。おそらくそこにダリスもいるはずだ。


右手で頭を掻き毟りながらウィルは侵入方法を模索する。


荷馬車にくっついていたことで貴族エリアには侵入することにはとりあえず成功したものの、肝心のダリスがいるのは目の前の城壁の向こう側だ。さすがに本門から堂々と中に入ることはできない。


上を見上げると治安維持兵の姿が見えた。幸いウィルの方を向いていない。


待機ゾーンの警備がたまたま手薄で助かった。ほとんどの治安維持兵は貧困街にでも赴いているのかもしれない。


<潜地>は地面が土でないと潜ることができない。石のような硬い成分を含む素材には魔法が通用しないのだ。


待機ゾーンはさほど費用をつぎ込む必要がないので地面は土なのかもしれない。あるいは馬のことを考慮している可能性もあるが、要塞内や貴族街はほとんどが石畳だ。ウィルの得意な<潜地>もここまでだろう。


土系攻撃魔法が使えなくともウィルは風系攻撃魔法を習得している。


応用ができるようになったウィルはそこらの治安維持兵と使える魔法数が違うのだ。こんなところで諦めるのは愚かである。


「<竜巻>小」


魔法を唱えると土埃を巻き上げ、ウィルの二倍ほどの高さまで成長した風の柱。竜巻が発生した。


ヒューヒューと風が音を立てるが、違和感を与える音ではない。これなら気づかれることはないだろう。


二、三歩助走を付け、勢いよく竜巻に向かって走り始めたウィルは竜巻の中へとダイブする。


すると、ウィルの体が竜巻の威力に押されるようにして見る見ると上へ上昇し始めた。


城壁を軽々と越える高さからウィルは城壁上部へと舞い降りる。


巡回している治安維持兵はウィルが降り立った城壁上部の通路の突き当たりを歩いていた。


中腰に姿勢を保った状態のまま足音を立てないように背後から徐々に距離を縮めながら忍び寄る。


手の届く距離まで近づいたウィルは素早く腰の剣を抜き、抜刀した音を聞かれる前に鎧とヘルムの間に剣先を差し込んだ。


「うっ!?」


ドバドバと首から血を流した治安維持兵がドサリと倒れこむ。


背後からこっそりと近づいて素早く剣で瞬殺する方法でウィルは残りの巡回していた治安維持兵も片付けてしまった。


「さてと.... 中はどうなってる...」


城壁から要塞の中を見渡して見ると、中は小さな町のようになっていた。煉瓦造りの見事と言わざるを得ない美しい装飾が施された建物がいくつも連なっており、至る所から煙がモクモクとたっていた。注視すると、熱した金属の細長い塊を叩いている。鍛冶作業だ。


「要塞内で武器も生産しているのか?... 直しているだけか」


破損した武具や武器などを修理しているようだ。建物は円を描くように要塞内に建ち並んでおり、真ん中部分は中庭になっている。


中庭には格子状の鉄の牢屋が犇めきあっており、連れて行かれた人たちが今まさに牢屋へと収容されているところだった。


要塞内には50人以上の治安維持兵達が作業をしている。職人などもちらほら見受けられるが一番多いのは囚人の数だ。


治安維持兵の3倍近くはいるだろう。


「これは... 難易度が高いな...」


幾人もの治安維持兵を葬ってきたウィルでさえ、目の前の治安維持兵の量に若干たじろいでいた。


建物や置かれている荷物の影を利用すれば、ダリスのもとまで行くことは不可能ではないかもしれない。


「....やるか...」


深いため息をした後、思いっきり深呼吸をし、覚悟を決めたウィルは城壁を伝いながら要塞内部へと侵入を開始した。


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