第二十四話 「海からやって来た悪夢」
城壁からせり出した金属の棒、正確にはコルノン市の旗をかける役目をする突き出し棒の上を器用にバランスを取りながら歩いて行き、ウィルがいた城壁から一番近くに建っていた煉瓦造りの建物の屋上へとジャンプをして飛び移る。
屋上の屋根にも煉瓦が使われているみたいだ。ウィルが着地するとガチャンっ!と煉瓦と煉瓦が擦れる音が響いた。
カチャカチャと歩くと音が鳴る。なるべく大きな音を出さないようウィルは慎重に腰を落としながら屋根の端まで移動する。
建物の屋上には一本の煙突が突き出ており、そこから灰色の煙があたりに薄く広がっていた。
咳き込まないように口元を手で抑えながら隣の建物と最も近い距離を探す。
鬱陶しい煙であるが、ウィルの姿を下にいる治安維持兵達から見えにくくする効果があるため文句は言えない。
それから建物の屋上から屋上へとジャンプを繰り返し、着実にバレることなくウィルは中庭に接する建物まで移動することに成功した。移動中、最上階付近から治安維持兵達の声が聞こえたが、彼らは皆作業に集中していた所為か屋根にいるウィルに気付く者は一人もいなかった。
「ここからが問題だな」
建物が密接に並んでいたお陰で発見されることなく中庭まで近づけたウィルであったが、中庭の牢屋に囚われているダリスのもとまで行くには地面に降りなければならない。特に監視の目が牢屋に向いている上に周辺を巡回している者や治安維持兵以外の職人も時折姿を見しているので牢屋の影に隠れても多角的な視線により発見されるリスクが非常に高い。
さすがに先ほどのように一人一人殺しながら進むことはできない。最初の数人を殺せてもこの人数では隠し通せないだろう。仮に見つからずにダリスのところまで進めたとしてもダリスを連れて帰るときに見つかってしまうリスクがある。
ウィルは屋根の上から中庭の様子を観察する。
よく見ると治安維持兵達は連れてきた者達を牢屋に入れる以外にも様々な作業をしていることに気づいた。
武器や武具を鍛治職人のところへ運んでいる者。
攻撃魔法の練習をしている者。
剣の模擬戦をしている者。
ゾンビの死骸を燃やしている者。
食料を運んでいる者。
そして、ヴェッカの葉を運んでいる者。
ウィルはこのヴェッカの葉を運んでいる者に注目した。
ヴェッカの葉。森林地帯や草原地帯などに生えている高可燃性の緑色をした細長い葉っぱだ。
これは食料ではない。ゾンビを燃やすために薪と一緒に入れて火力を上げることを目的としている材料だ。高可燃性のため、葉っぱ一枚でも焚き火に投入してやれば消えそうな弱火でも忽ち火柱が上がるほどの威力を持つ。
取り扱い注意の植物である。このヴェッカの葉が原因でよく山火事が発生するほどに。
ヴェッカの葉を運んでいる者は火に近づかないようゾンビを燃やしている解体場を避け、暗い倉庫へと向かって行った。
屋上からでも見えたが、ヴェッカの葉は火の効果を打ち消す「レッドダウンクロス」という布状のマジックアイテムで厳重に梱包されていた。
「いいものがあるではないか...」
屋根伝いに倉庫まで移動すると、倉庫の屋根に取り付けられた換気口からウィルは屋内へと侵入した。
中に入ると換気口からの僅かな光のみがレッドダウンクロスに包まれたヴェッカの葉の山を映し出していた。
片手で掴めるほどのヴェッカの葉の束を取り出すと天井の梁を伝って換気口から屋根へと手際よく脱出する。
目的のヴェッカの葉を難なく入手することに成功したウィルは中庭の周辺を囲む建物の煙突口に一枚ずつヴェッカの葉と遅効性風系攻撃魔法<竜巻>小を設置していく。
遅効性攻撃魔法は以前ソウルポリスで一暴れしたときに使用した魔法だ。魔法発動までの時間を遅らせることができる。治安維持兵時代に教わった攻撃魔法の一つであるのだが、あまりこの魔法を使う者はいなかった。治安維持兵が任務にあたるときはほとんどが現行犯を逮捕するときであったからだ。
全ての設置を完了し、最後に念のためダリスが囚われている牢屋の位置を確認する。
「....5、4、3、2、1、 行くぞ!」
ドーーーーン!!!
ウィルのカウンドダウンに合わせるようにして、周辺の建物内部から爆音が鳴り響く。
煉瓦造りの壁が内側から破壊され、中庭に壁であったものの破片が飛び散った。
そして、壁の破壊とともに内側から大量の煙が中庭に流れ始めた。
そう、ウィルは煙突の通り道である内側の壁を破壊したのだ。遅効性の風系攻撃魔法<竜巻>小が同時に発生し、ヴェッカの葉が高音の釜に投入されたことにより一気に火力の上がった炎を<竜巻>が後押ししたお陰もあって煉瓦造りの壁を破壊するほどの爆発が起こったのだ。
濃度の濃い煙が中庭に充満する。
中庭いた治安維持兵や囚人、職人たちの咳き込む声が至る所から聞こえてくる。
その隙を狙って、地面に降りたウィルはダリスが囚われている牢屋目掛けて、中腰の姿勢のまま進んでいく。
煙幕により1メートル先も見ることが出来ないのは、ウィルも同じだ。慌てふためく治安維持兵に衝突しないよう注意しながら感覚を頼りに牢屋の間をすり抜けていく。
カーンカーンカーンカーンカーンカーンカーンカーン!!!
「緊急事態発生!直ちに中庭から離れろ!!」
警報の鐘が鳴り、煙から逃げるようにして人が走り抜けていく。
ダリスが囚われているであろう牢屋の近くまで来たウィルは必死に目を凝らし、牢屋の鉄格子の隙間から中を覗く。煙たくて人のシルエットしか確認できない。
「ダリス!どこだ!ダリス! 俺だウィルだ!」
声を出して何度もダリスを捜索する。あまり時間はない。今だに建物内部から煙が溢れ出てきているが、治安維持兵の応援部隊が到着するのも時間の問題だろう。
牢屋を叩きながらダリスを探していると、
「ここだよ! 助けて!」
聞き慣れた声が聞こえた。
駆け寄って見ると、そこには小さな男の子がいた。
間違いない。ダリスだ。
「おお よかった無事だな 今ここを開ける! 少し離れていろ! <強風切り>!」
牢屋の南京錠が外れる音がした。すぐさまドアを開け放つと、
ダリスが現れる前に囚われていた大人達が我先にと鬼気迫る勢いで脱出し始めた。
最後尾からダリスが現れる。
「よく頑張ったな! さすが長男だ! 早くここから離れるぞ 俺の背中に乗れ!」
頷いたダリスがウィルの背中に掴まった。
小さい男の子なのに泣き出さずに偉いと感心していたウィルであったが、背中にダリスを背負った瞬間、背中越しにダリスの震えが伝わってきた。
(よく耐えたな...)
背中に重みを感じ取ったウィルは牢屋の間をすり抜け、来た道を引き返し始める。
「俺たちも助けてくれ!!」
「こっちにも子供がいるんだ!」
「天国草を分けてやるよ!!」
「おい!どこへ行く!!!」
他の牢屋からの魂の叫び声を無視し、ウィルは<竜巻>小を発動させた。
屋上へと飛び移りこの要塞から脱出するために。
体が宙を舞い、屋上へと着地する。
「あの人たちは助けないの?」
背中からダリスがウィルに問いかける。
「無理なんだ 俺たちが逃げるためには仕方がない すぐに治安維持兵の連中が来てしまうからな」
「わかった...」
後ろを振り向きたい気持ちを圧し殺し、ウィルは近くの建物の屋上へと飛び移るため助走を取り走り始めた。
(今は一人じゃない。その分の体重も考慮しなければ)
走る足に力をより一層入れ、屋根のレンガを蹴飛ばし体を宙に投げ出す。
「<引力発動>」
宙に浮いているウィルの体が突然、後ろへと引っ張られ始めた。
「なっ!?」
背中から得体の知れない見えざる強力な力によって急速な速さで後方に引っ張られる。
たどり着く筈の向かい側の建物の屋上がみるみると遠ざかっていく。
このまま行くと背中から地面に直撃してし、ダリスが押しつぶされてしまう。
「ぬおおお!<竜巻>強!!」
<竜巻>を発動させ、強で威力を向上させても己の体が半回転するだけに終わった。
それでもダリスの直撃を避けることには成功したが、ウィルが扱う攻撃魔法の中でも威力の高い方に部類する強を使用しても体が半回転するだけに終わるとは。
(何が起きた!?)
右肩から先ほど飛んだはずの屋根に直撃した。
「グフッ!!」
強烈な電撃が全身を駆け巡る。
「っ!!!ああ ダリス! 大丈夫か!?」
「っん うん!」
頼もしい子である。
肩の痛みに耐えながらゆっくりと立ち上がる。
すると、屋根の反対側から一人の男がこちらを向いてニヤニヤと笑っている姿が視界に入った。
黒色のロングコートを身に纏い、海軍の制帽を被っている年配の男性。
年配の男性と言っても格闘技をやっている者のようなガッチリとした体型の持ち主だ。
「左腕がないようだな... ほほう 貴様の能力とその腕からお前はもしやレジスタンスのリーダーでもやっている者かね?」
「....」
「どうやら正解のようだなウィル。お前の親父さんは任務に失敗したみたいだな。あのジャックでさえ、やはり息子を殺すことはできんらしいな」
「何者だ!?」
「貴様も元は治安維持兵出身だろうに 俺が誰だかわからんのか? それでは出世できんぞ? はっ! まあ出世どころではないようだがな。 教えてやろうデヴォルカスの敵よ 俺は海軍最高指揮官、ヴァークナイト・アーク・ビジャー提督.... おっと今は特級将軍だ。 貴様は俺の能力探知に引っかかった逸材らしいからな。取り敢えずは確保しにきた」
「ヴァークナイト...だと!?」
ヴァークナイト・アーク・ビジャー提督と言ったらベイジョンと肩を並べるほどの強さを誇るデヴォルカス軍のナンバー2だ。
(そう言えば...ソルジャーゲーム開催時は海から悪夢がやって来るとか聞いたことがあったが....こいつのことだったのか....)
「ダリス! 先に姉ちゃんのところに行くんだ!」
「え...でも...」
「後から行くから!」
「わかった....」
小さな足音が消えていった。
「おいおい 俺から逃げられるとでも思っているのか?」
「俺は思っていないさ ただあの子は逃がしてやってもいいだろう? ただの子供だ」
「まあ お前に比べれば特出して捕える必要性はないな 子供などその辺に転がっておるし」
「お前はデヴォルカス軍の者だろう!何故自国の民を苦しめる」
「はあ わかっていないね コルノン市はデヴォルカスが捧げる生贄の役割を持つ市なのだよ デヴォルカスの民の娯楽には欠かせない生贄だ」
「ソウルポリスの民でさえ食い物にする外道が言えた口ではない!」
「人間は増えすぎた 適応量を超えているのだよ 余剰分は切り捨てなければ人間の存続は不可能 故にそれは仕方がないのだ」
「あまり俺らを舐めると痛い目に合うぞ!」
「ほほう 確かに貴様は俺のように枠を超えて魔法を使用することができるようだが...お前はどっちだ?バグか?それともハッカーかな?」
「バグ? ハッカー? 何のことを言っている!?」
「ああ それすら知らないとなると貴様は単なるバグか 恐るるに足らん 折角のバグなら今後のため、やはりソルジャーゲームで活躍するといい ネタは既存のものばかりだとつまらんからな」
「お前の見世物になる気はない!」
ウィルは剣を握りしめ、戦闘態勢に入った。
「良かろう 相手をしてやる!」




