第二十話 「錯覚」
開かれた独房のドアを抜けると、人一人がようやく通れるほどの狭い廊下に出た。
全裸のパーチェスがヘレンの先を歩く。
ベレに捕まり、体はボロボロだが姉ヘレンは戦闘経験が少ない。この拷問部屋を有する『ガルゴス』の拠点から脱出するには戦闘経験豊富なパーチェスが先に動いた方が最善だと考えたのだ。
パーチェスがいつも着ている漆黒の鎧はない。肌が直接空気に触れ、少し敏感になっていたが本人は全く気にしていなかった。男だらけのギャング組織で生き抜くためパーチェスは長い年月をかけ徐々に男以上に男らしい構成員となっていたのだ。今では部下にも慕われるほどに。裸であっても下っ端の構成員なら余裕で吹き飛ばすことができる。
ベレに独房の監視を命じられたあの男には同情する。
なにせ裸の女に殺られたのだから。
姉のヘレンもギャングの構成員ということになっているが、前に出て戦うことはない。むしろ家事をこなす優秀なお母さんだ。『天国草』のことは一旦忘れておきたい。
死んだ部下の顔が頭を過ぎった。
あれで良かったのだろうか。
ギャングとしてはよくある死に方だ。
それにしても....。
考えるときりがなくなりそうだったのでパーチェスは目の前の事に集中することにした。
脱出をする。
何が起こったのかわからないが、どうやら緊急事態が起こっている最中のようだ。
今行くしかチャンスはない。
「姉さん どの扉から出ればいい?」
「...そんなこと言われても私はこんなところ普段からこないからわからないわよ...」
「連れてこられるときに見なかったの?」
「目隠しされていたから...」
「なら階段を何段降りたのか 何回曲がったのかは覚えてない?」
「....うーーんちょっと待って 今思い出すから...」
ヘレンはそんな誘拐されるような事になりそうな人ではないのだ。パーチェスのように普段から緊張の糸を張っていた生活をしていない。問いただしても難しいことだということはよくわかってはいたが。
この狭い通路では一つのミスが命取りとなる。発見されてから闇雲に逃げても行き止まりにぶつかっては終わりだ。
「階段は結構長いこと降りた気がするわ 3回程度は扉を通り抜けて.... 3、4回は曲がった気がする... ごめん これくらいしか思い出せないわ」
「いいわ それでも役に立つ」
パーチェス自身は連れられた記憶がないので今はヘレンの情報に頼るしかない。
それにしても独房にいた構成員以外は姿がなかった。気味が悪いほどに人の気配がない。
通路の奥には3つ扉があった。
そのうち二つは明らかに独房の扉だ。細い穴に鉄格子が付いていた。
残るドアが外に通じる通路に続いているのは簡単に予測できる。
扉を開けると同時にパーチェスは攻撃魔法の詠唱を開始した。
「<強化骨格>!」
肌に赤みのかかった薄いモヤが出現したパーチェス。
大抵、独房が連なっているエリアを守るゲートには門番がいるものだ。その門番が扉のすぐそこにいると想定してパーチェスは己の体に強化魔法をかけて勢いよく飛び出したのだが。
扉を開けてちょっとした広間に出てもただパーチェスの魔法詠唱の声がこだまするだけだった。
「誰もいない?」
「姉さん 『ガルゴス』はどうなってるんだ? いくら非常事態でも拠点を守るべき人員はいるだろう」
「ええ さすがにみんなが出て行くことはないと思うわ ....だとすると非常事態以上のことが起きている?」
「拠点を捨てるほどのことが? そんなことはないでしょ まあいないにこしたことはないから早く地上に出ましょう」
「パーチェス それで外に出るの?」
「... 今はそんなことを言っている場合じゃないでしょ! 一刻も早く脱出しないと」
「そうだけど... あそこのロッカーに置いてあるのあなたの鎧じゃない? 黒いし」
「んあ?」
とぼけた顔で返事をしたパーチェスがヘレンが指をさす先を見るとそこにはパーチェスの代名詞というべき相棒の漆黒の鎧が置かれていた。
「おお! ここにあったのか! でかしたしたぞヘレン!」
「あんたって会うたびにどんどんおじさん化してるわよね」
「....姉さんだってこの状況に冷静すぎない? さっきはあんなに泣いていたのに」
「それはあんたもでしょ....」
いつも身につけているのでそんなに感じないが持つとかなり重い鎧をパーチェスは丁寧にそして素早く着る。
ガンガンと己の胸を叩き、久しぶりに着る鎧の状況をチェックした。
「そんなに脱いでから時間経ってないと思うけど...」
「知らない野郎に剥ぎ取られた鎧が帰ってきたんだ このくらいはするさ」
「変なの」
パーチェスはこのとき何故だか幸せだった。普段から略奪だの殺人だのばかりしているが、今は昔の姉妹の何気ない日常に戻れているように錯覚したからだ。
「本当に誰もいないのね」
「早く外に出てミーシャとクロエ、ダリスのところに行きましょ!」
「あなたのその顔好きだわ 女らしくて」
「うるせえ」
ヘレンがパーチェスの鎧にパンチをした。
この一撃は今まで渡り歩いたどんな敵よりもこの鎧には響いた。




