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第十四話 「最悪の救世主」

 クロエはただ泣いていた。


 自分の不注意の所為で地獄に来てしまったこと。そして、もうミーシャやダリス。中毒者でありながらも優しい母親に会えなくなってしまうということを。


 勝気で男勝りな性格のクロエは泣いた記憶がない。と言うか自分には泣く資格がないと思っていたから今まで泣けなかった。スラム街に住んでいる者たちを哀れむ者がいるらしいが、日常になってしまえば辛くなんかない。多少貧乏でもお金持ち達よりは幸せに暮らしていると言い聞かせていた。


 ただ、突然やって来た居候がいつものように食べている食事をこっそりと吐いていたことが許せなかったし、その所為で自分達が置かれている環境について気づかされてしまった。


 そんな怒りも今はない。ただ目の間で起こっている惨劇をクロエは日常とは認められなかった。


 真っ赤なドレスを身につけ、首輪を付けさせられたクロエはギャング達の売春市場に連れて行かれていた。どこかの建物の地下らしき大きな空間には円形のステージを囲うようにして、薄気味悪い大人達が座っておりステージに連れてこられた女たちをオークション形式で売買していた。


 その様子をステージ袖でただ見つめる。


 それだけの光景であるならば、なんとか持ちこたえられただろう。しかし、


「今回は誰も落札されませんでしたか.... それでは締め切りに致します。ではあれを...」


「まっ! 待ってください! 私を見捨てないでえええ!」


 落札などされたくないであろう女が騒ぎ出す。だが、ここにいる者達に同情するような変態はおらず、


 女が立つ円形のステージが下がり出した。


「助けてえええ!」


 相変わらずに叫び続ける女。無常にも時は流れ、この会を仕切っている仮面をつけた司会が合図をすると


 何やら下の方から「グヲオオーーー」「アアッワアアーーー」となんとも表現しがたい呻き声が聞こえてくる。


 その呻き声はだんだんと近づいてきて、ついに上からでもその正体が見えた。


 生気を完全に失い、身体中が真っ白になった人間だった。その人間達は降りて来た女を囲うようにして群がり、貪り食う。断末魔が聞こえる中、判定をしていた大人達が上からその様子を覗き込む。


「だああすけでえええああ!!!」


 腕が捥げ、血が吹き出し骨が露わになっても生気を失った人間達は女を食い続けた。そして、無残な死体と化した女を確認した司会が部屋にいる者達に聞こえるように告げた。


「皆様、今、彼女を襲った人間が我々がいつも『ソルジャーゲーム』の際に政府へ献上している廃人の成れの果てでございます。名前は『ゾンビ』。生者を発見すると殺すまで追いかけ続ける兵器です。そしてこの兵器が凄いところは捕食された生者も『ゾンビ』として生まれ変わるという点なのです! あれをご覧下さい」


 司会が指を指した方を見ると、先ほど死んだ女の死体が痙攣し始めたと思ったら、おもむろに立ち上がり始めた。しかしそれは生き返ったのではなく、生気を失った『ゾンビ』としてだった。


 ステージが上がり、元の場所へと戻る。そこには人間はおらず、先ほどの女は下の『ゾンビ』達の群れの一員と化していた。


「このような素晴らしい兵器の実験会場も兼ねているのが『ソルジャーゲーム』でございます。ですが、今回開催される『ソルジャーゲーム』は残念ながら最後となります。故にギャングの方々には他ギャングと抗争をせずに人を連れて来て頂きたいのです!」


 司会の話を聞いていたギャングの一人が質問をした。


「人間なら誰でもいいのか?」


「良い質問ですね! 一度『ゾンビ』となれば人間に関わらず生きている者は襲いますが、好物はどうやら人間のようですね。 ただその『ゾンビ』にも襲える数には限りがあるのですよ。故にコルノン市では一から『ゾンビ』を生成したいと思っております」


「一からとは?」


「はい それではこれをご覧下さい!」


 司会が合図をすると、司会の後ろから透明な箱を持った二人の屈強な男達が現れた。


「何も入ってないではないか!」


 ギャングの一人が箱を見て呟く。


「よーくご覧下さい。半透明な塊が見えるはずですよ!」


「あっ!なんかあるな」


「左様でございます。これは粘性型寄生生物『スライム』です。こいつに寄生された人間は自我を失い、先ほどのような歩く死体、『ゾンビ』になってしまうのです。そして捕食した生者に自分のクローンを流し込み、繁栄していくのです」


「おおー」


 ギャング達の間から感嘆の声が漏れる。「完璧な生物ではないか」と。


「しかし、この『スライム』、問題がございまして。『天国草』を過剰に摂取した人間にしか寄生しないという習性があるのです」


「それでこの市が毎回選ばれているのか....『ソルジャーゲーム』の『ゾンビ』制作に....でも何故今頃教える?」


「そうですね.... まもなくコルノン市は無くなるからでしょう。最後ですし」


 席に座っていた者達がいたるところで立ち、仮面をつけた司会に野次を飛ばす。その様子を見ていたスキンヘッドの頭で、首に大量のアクセサリーを身につけた『ゼイダース』のボス、ゼノスは静かに周りの者達を観察していた。すると、側近の者達が慌ててゼノスに問いかける。


「ボス!知っていたのですか!?この市が無くなるって」


「つい先日な。代表貴族のジーク様から直接聞いた。だが案ずるな、協力した俺たちが巻き込まれることはない。だが、まもなく市が滅びるのだ。最後くらい女達で遊ぼうではないか」


「ゼノスさんの仰る通りでございます!皆様が心配することはありません では 次の女性に登場して頂きましょう! あのライブバー『ソニッカ』の若きエースの子です! 気にいった方は落札をよろしくお願いします」


 首輪をつけられたクロエが先ほどの悍ましいステージへと連れて行かれる。ここで抵抗しても『ゾンビ』にされてしまうのがオチだ。顔の涙を拭き、意を決する。


 ステージに立つとクロエは緊張して、どこを見ていいのかわからなかった。そして、心臓が弾けそうな声が聞こえる。


「うーん 小娘か... 趣味じゃあないな....」


 このままでは誰にも落札されないかもしれない。勿論そんな事は一切望んでいないが、このまま『ゾンビ』にされるくらいなら藁にもすがる思いで行動をするしか。


 そして、クロエは徐にドレスから肩を出し、クネクネと体を捩る。手で己の体を舐め回すように触った。


 全ては延命のため。恥ずかしさもプライドもない。


 ギャング達の反応が変わった。


 スカートをギリギリまで捲り上げ、四つん這いになって歩く。


 ギャング達の反応が変わった


 それはクロエの必死な誘惑によるものではなく、


 この地下室の大きな扉の警護をしていた者によるものだった。


「扉の外で何らかの破壊音が聞こえます! 皆様!至急逃げるご準ーーー」


 警備の者が騒然となっていたギャングに伝え終わるのを待たずにして、外側から扉が吹き飛んだ。飛ばされた扉に直撃した警備が倒れていく。


「逃げろ!!」








「逃げるだと? ありえんな! <風切り>!」







 最後列で一番扉に近かったギャング達が逃げ遅れ、次々と倒れていく。





 クロエがステージから見えた救世主の正体は、食事を吐いたあの居候だった。




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