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第十一話 「サキュバスの手」

 コルノン市地下街のある一角に構えたライブバー『ソニッカ』の店長、ボブは地上の四大ギャング組織の一つである『ゼイダース』のボスに約束通り女を届けた後、ライブを終えたばかりの亜人音楽グループ『ディファレンス』の楽屋へと向かった。


 吉報を届けるために。


 亜人音楽グループ『ディファレンス』はボーカル兼ダンスを務めるサキュバスであるアリア。クラシックギターを弾くエルフのカンテラ。独特なリズムを生み出す太鼓を叩くエルフのフィーラ。カスタネットを叩くエルフのシャンティの四人の女性によって構成されている。


 コンコンとボブが楽屋の扉をノックすると内側から「どーぞ」という美しい声が聞こえた。サキュバスのアリアの声だ。


 「邪魔するぞ」と言い、ボブが部屋へ入ると四人の美しい女性達がボブを迎える。いつもなら大熱狂だったライブ終わりは皆んなで盛り上がりながら食事を取ったりするが、今日は違う。


「今日もいつも通りお客様はパーフォマンスを喜んでおられましたわ。最後のステージ。私には悔いはありません!」


 アリアの言葉を噛みしめるように他のエルフ達もうんうんと頷きながら、涙をこぼしている。


 今日のステージを最後にボブはアリアを『ゼイダース』のボスに送り届けることになっていたのだ。


 歌手を目指していた彼女だったが、ボブが自分の店から誰か女性を送らなければ店が潰される状況であった事を知ったアリアが自主的に立候補した。しかし、なんとしても阻止したかったボブに今日幸運が訪れたのだ。


 店の端で『ディファレンス』を見ていた若くて美しい少女を発見したのだ。人をさらうのはあまり好きではない。だが自分の店で働いてくれている彼女達を売り渡すくらいなら見ず知らずの少女をさらう方がましだと思ったボブはその少女に話しかけたのだ。最初やんわりとこの場から立ち去っても構わないというスタンスを取ったつもりだったが、途中から気が変わり半ば強引に少女を馬車に連れ込み、忌まわしきギャングの野郎どもに送ってやったのだ。


「アリア。本当に君には感謝している。他のみんなもそうだ。」


 ボブは感謝の気持ちを述べると一呼吸置いてから吉報を伝える。


「今日の『ゼイダース』の件についてだが、あれは無くなった。アリア。これからもここで働いてくれ!」


「....!? 本当ですか?... ちょっとびっくりして...」


「アリア!やったじゃん! 行かなくて済むんだよ! 本当ですよねボブさん!?」


 突然の吉報を聞き、喜びすぎてはしゃいでいるエルフ達の甲高い声に振らついたが、ボブはホッとしていた。


「本当だ。その件は既に解決した。気にしないでくれ」


「信じられない... 」


 エルフ達が口々に「さすがはボブさん!」などと口々に褒めてくる。少し気分が良くなったボブであったが、


「もしかして私以外に立候補が....?」


 というアリアの声にボブは詰まってしまう。


「ああ ちょうど君たちのライブを見ていた美しい十五くらいの少女がいてね。内の店を案内したんだ。見学だな。見学をしたということはもう店員みたいなもんだ。だから内の従業員の女性として彼女を引き渡した。君以外にこの店には立候補はいない。だが、これで店の従業員に犠牲が出ることはなくなったぞ」


 すると、みるみるとアリアの表情が険しいものへと変貌していくのが分かった。あの美しいサキュバスにこんな恐ろしい顔があったのかと身震いするほどに。


「私たちのライブを見に来ていた少女を送り届けたですって?.... ありえない! 私たちのファン。さらには少女をさらうなんて」


「ここをどこだと思っているアリアよ。コルノン市の地下街だぞ! これでも優しい方だ。あまり私情を挟まないでくれ!」


「私情を挟んでいるのはあなたの方でしょう!」


 そう言うと、アリアは仕事に行くと言って楽屋を出てしまった。


「君たちはどう思う?」

 

 残ったエルフ達に尋ねてみると、アリアもボブの気持ちもわかるのか何とも言えない苦渋の表情を浮かべていた。


「はあ.... 仕方がない....」








 ーーーコルノン市地下街。


 ウィルは地下街の奥まで進むと片っ端から商人に少女を見かけたか、そして『天国草』はどこにあるのかを訪ね廻っていた。


 ここまで得た成果は『天国草』を買うには取り扱い店の会員になることが必須条件であるという事と十五歳くらいの少女なら見かけた気がすると言う証言だった。


 あの年頃でさほどお金を持っていないクロエはまだ『天国草』を入手していないだろう。どこかで入れ違いになった可能性がある。


 そろそろ最後にしようと思い、ウィルが立ち寄ってみた店は騒がしいライブバーだった。


 亜人には慣れてきたが、ここの店にはサキュバスやエルフが多くいるようだ。人気なのも頷ける。あまり子供が来そうな場所でもないので、この店も外れだなと思い立ち去ろうと店の出口に向かうと一人の美しい女性がウィルに話しかけてきた。


「ねえ そこのあなた。ちょっとここから一緒に移動しましょ?」


 見るとウィルに体を密着させるようにして近づいてきた女性はサキュバスだった。頭には二本の曲がった角が生えており、よく見ると背中から黒い翼が生えている。


 邪魔になりそうだなと思ったが、それは聞かないことにした。


「すまんが... 人を探し中だ。また今度にしてくれ」


 適当に遇らって逃げようとしたウィルだったが、そのサキュバスが聞き逃せない事を耳打ちしてきた。


「もしかして、可愛い十五くらいの少女をお探し?」


「!?.... ああ」


「話したいことがあるの.... ちょっと来て」


 サキュバスに案内され、ウィルが入ったのはライブバーの奥にある個室だった。


 店内は薄暗かったので、よくわからなかったが個室の明かりでサキュバスの美しい姿が鮮明に見える。黒を基調としたドレスを着ており、スカート部分の赤いフリルが足のラインを際立たせる。特に露出した肩にはどうしても目が行ってしまう。


 そのサキュバスが個室の椅子に座るウィルの膝に跨るようにして座ると耳に顔近づけてきた。心臓の鼓動が早くなったウィルは慌てて、我を取り返す。


「おいおい!ちょっと待て! 少女の話をしてくれるんだろう? いちいち所作がエロいぞ!」


「あら?そう? まあいいわ 私の名前はアリアよ よろしくね!」


「アリアか....俺はウィルだ。 てかいい加減降りてもらえます?」


 口を膨らませたアリアが渋々ウィルの膝から降り、隣に座った。


(近いな....)


「見れば分かると思うけど私はサキュバスなの だからさっきの事は許してね?」


 アリアがウィルに近距離でウィンクをかましてくる。普通なら許すわけないが、


「ああ許そう... だけど俺はあまり人間以外の種族に会ったことがないんだ。...そのサキュバスって皆んなエロいのか?」


「失礼ね サキュバスだって人間種よ 私前から気になってるんだけど、人間ってなんでエロいのが恥ずかしいの? 性欲は自然界で生きていくには生物として絶対に必要なものよ?」


 アリアは本当に心から疑問に思っているのだろう。純粋な目でウィルに上目使いをしてくる。所作全てに男性を落とすための技術が詰まっているのではと思ってしまうほどに。


「確かに....なんでだろうな....考えたこともなかった。でもよサキュバスだって人間種だって言うなら人間の男性の相手なんかしてないでサキュバスの男性の相手をしたらどうだ?」


 ウィルが疑問に思い、アリアに尋ねてみると白くて細長い綺麗な手で口を押さえながらクスクスと笑いを堪えていた。


「何がそんなに面白い?」


「いやだって..... サキュバスに男性なんて存在しないわよ」


「何故だ? 種族として生き残っているなら種族全員が女性って可笑しいだろ? それこそ生物としておかしい.... おい! さては性転換するのか?」


 今度はアリアが足をバタバタと動かしながら笑っていた。


「....あなた面白い人ね! サキュバスは人間種とだったらあれができるのよ....」


 アリアの視線がウィルの下半身に移動していく。


「一種族のみで子孫を残しても残念だけど能力が上がっていく事はないわ、その代わり他種族の人間種とすれば子孫はどんどんと優秀になっていくのよ サキュバスはその道を え・ら・ん・だ ってわけ!」


 アリアが体を突っついてくるのを払いのけ、新たに浮かんだ疑問をぶつけてみた。


「なるほど.... だが他種族と...その....交配したら...子供がサキュバスじゃなくなるだろ 特に男の子なんかが生まれた場合は」


「いい質問ですウィルくん! サキュバスの母は普通の人間種よりも子に対する影響力が強いの だから自分の意思でサキュバスの子を産むことができるのよ 男が欲しい場合は相手の要望も聞けるわっ」


「女性の中の女王だなサキュバスは....その分人間の女性には嫌われそうだが....」


「そこが問題ね...私たちは人間の女性とも男性みたいに仲良くしたいのだけれど....」


 アリアは上を向いて物思いにふけていた。サキュバスもサキュバスで大変なのだろう。彫刻のように美しい横顔をしばらく見つめていたウィルは当初の目的を忘れかけていたことに気づいた。


「!? てかこんな話をしにきたんじゃない! 少女を見たって言ったよな?」


「あっ! そうだったわね! つい話が面白くて忘れてしまったわよ.... そうね少女ね....見たとは言ってないけど...おそらくあなたが探している少女に心当たりがあったから呼んだのよ」


「クロエという名前の十四、五の少女だ。知ってるか?」


「私が直接見たわけじゃないんだけど....」


 さきほどの様子とは一変したアリアが小さい声でウィルに耳打ちをしてきた。あまり聞かれたくない内容なのだろう。


「内の店長がね....今日、ギャングのボスにこの店で私たちのライブを見ていた美しい十五くらいの少女を引き渡したって言ってたのよ....もしかしたらそれがあなたの探しているクロエ?ちゃんじゃないかなって」


「....こんな地下街で今日少女がいたって事はおそらくクロエだな.....そのギャングのボスの居場所に心当たりはあるか?」


「そうね...『ゼイダース』の拠点は地下にあるって言ってたからこの地下街のどこかにあるとは思うけど....そういえば....『ゼイダース』に行くための予備馬車がまだ店の裏に残ってるわよ!」


「でかしたアリア! ありがとう! これは情報代だ.... じゃあ 俺は行くとしよう」


 ウィルは情報代としてアリアに銅貨を渡そうとしたが、アリアが断ったので止めた。本当はもうあまり金が残っていなかったのでとても助かったのだが、それは言わない。


「!?えっ 本当に一人で行くの? ギャングのボスよ! 危険よ」


「さっき聞いたよ」


「そんなにまでしてそのクロエちゃんを助けるってことはもしかして家族なの?」


「いや...違う、ただの通りすがりだよ....」


 ウィルはクロエに言われた事を思い出し、言葉がスムーズには出てこなかった。だが、これ以上ここにいても無駄なので、早めに出ることにした。


「もしピンチになったら、この紙に書いてある場所に来て! ここなら安全よ」


 アリアが渡してくれたのはこの地下街を含めたコルノン市の地下地図だった。


「優しいな じゃあ覚えておくよ.... まあピンチになることはないがな!」


 そう言うとウィルはライブバーの裏に残ってるはずの予備馬車に向かって店を出て行った。


「私、ウィルの事好きになったかも....」


 普段から人間の男性と関わってきたアリアは最近男性にうんざりしてきていた。だが、今日ウィルに会ったことで久しぶりに彼女のサキュバス精神を燃やされたのだった。



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