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第三話 「ギャングの一員」

(最悪の街だな....)


 ウィルは助けた男の子ーーーダリスの姉であるミーシャとクロエを<催眠>から覚めさせた後、ダリスと姉の住む家に向かっていた。ウィルは家に来て欲しいという誘いを一旦は断ろうとしたのだが、弟や自分達を救ってくれたこと、そして結局は返してはもらったのだが一度ウィルから所持品を奪ってしまったという謝罪も込めて、最年長の姉とダリスが是非来て欲しいという強引な誘いに乗ることにしたのだ。


 ただクロエという真ん中の少女はあまりウィルを歓迎していないように思えた点がウィルとしては気になるのだが、川に流されてたどり着いたこの場所に関する知識もない中、単独行動に拘るメリットも感じられなかったのでとりあえずご好意に甘えることにした。


 それにしても、この街はウィルが訪れたことのある街の中でもワーストな場所だった。


 そして、ダリス達の案内のもと家までの道中、街の雰囲気を観察した結果、この街がコルノン市の一部であるというほぼ確信に近い推測を立てることができた。


 凡人、ウィルにもすぐに推測できるほど分かり易かった。


 そう、単に治安が他の都市と比べて悪すぎるのだ。


 まず、治安維持兵の姿が一人も確認できない。レジスタンスとしは忌むべき敵である治安維持兵であるのだが、治安を維持するという観点からはある意味とても良い仕事をする組織だ。住民に縛りを与える一方で、住民同士による揉め事を防ぎ、最低限度の安全は保証している存在なのだ。国が住民を縛るという点において対立することになったウィル達レジスタンスであったが、こうしてコルノン市のように全く治安維持兵がいない現状が引き起こすこの有様を目の前にすると、ウィルにも思うところが出てきた。


 治安の悪いとすぐに感じることができる点として、


 通りすがりの住民と目があったらまず、殴り合いの喧嘩が始まる。ウィル達は目を合わさないように避けていたが、歩いて間もない間に三回は住民同士の喧嘩に遭遇している。


 路地裏ではなく、大通りでさえも日常であるかのごとく平然と違法な薬、『天国草』が売買されている。これはソウルポリスにいたときも違法な薬の売買はあるにはあったが、さすがに大通りではない。治安維持兵に連行されるのは明白であるからだ。


 おそらく薬の異常摂取によるものと考えられるが、壁に向かって歩き続ける廃人、どこからともなく定期的に聞こえる奇声、視点が合わずただボーッと微動だにせずに立ち尽くしているこれまた廃人、大通りで用を足す変人。ウィルはもう目を向けられるところを見つける事自体が難しいと感じる。


 通りに隣接する店や住民の家からは時折、排泄物やゴミを上から放り投げてくるので当たらないように注意することが求められる。その上、大通りには溜まったゴミ溜めが至る所に存在するため悪臭がウィルの鼻を貫く。ただこれは慣れのようでウィルを案内する子供らも周りの住民も気にしていないようだ。


(麻痺しまくってるな....)


 声をかけてくる怪しい者達を適度に無視しながら、一行は不快な通りを抜け、石造りの階段を登る。人が二人ようやく通れるような幅しかないため、降りてくる住民との距離が異常に近い。この階段は予想以上に段数が多く、最上段まで登ると大通りがかなり下に見えるはずだ。そのため落ちたら即死だろう。今のウィルでは廃人が近寄ってきたら蹴飛ばしてしまう恐れがあるので降りてくる住民が廃人でないということをただ願う。


 ウィルの願いは叶い、廃人とすれ違うことなくなんとか階段を登り終えると、そこには若干白い筋が見えるほどボロボロになったもう茶色が消えかかっている木材を主に使用して作られた、小さな家が何十件、何百件も連なった様子が見えてきた。


 住宅街ーーー。いや言い方をストレートに言うとスラム街が広がっていた。先ほどの大通りや石造りの階段とは異なり、このスラム街の道は舗装されていなく、雨でグチャグチャしたむき出しの泥の地面が轢かれている。そして、予想外にも辺りはとても活気に満ちており、見たこともないドロドロしたスープを売っているお店やハエがたかっている牛の生肉を取り扱っているお店、はたまた珍しいモンスターの骨を売っているお店が見受けられ、ダリスよりも年が下であろう子供たちが元気に遊びまわっている。


 そして、幾度となく細い路地らしき道を通り、川もないはずなのに水の中を何度か歩いたところ、ようやく目的のダリス達の家にたどり着くことができた。


「.....ハア ハア ハア ハア ハア..... やっと....着いた...のか?」


 漂流直後+傷だらけのウィルはもうすでに活動の限界まできていた。息を切らしながらもう歩きたくないと念のためダリスに確認をとる。


「そう ここだよ さあ 上がってよ!」


「あ....ありが....」


 バタンっ!!


 ウィルが本心ではなくお礼を言おうとした直後、意識が飛び、体が地面に崩れ落ちた。


「あ!ウィルさん!!大丈夫ですか!!? 早く中に入れるわよ! ダリス クロエ 手伝って!!」


 意識が切れる瞬間、ミーシャが慌てている様子が聞き取れた。






 ーーー数時間後


 ウィルはダリス達の家の床で寝かされていた。申し訳程度に掛け布団がかけられている。そして、枕元には水の入った小皿が置かれていたが、手に取ることなく、ゆっくりと上半身を起こす。


「ウィルさん! 起きられましたか! 具合はどうです?」


 ただ床に寝ていただけなので、大して傷の回復もしておらず、体の痛みは全然消えてはいないが、


「さっきよりは...大丈夫...かな?」


 ウィルが適当に返事を返すとミーシャは少しホッとしたようだ。張り詰めていた顔が少し緩んだ。


「せっかく私たちの命をお救い下さったのに十分な看病もできず申し訳ございません....魔法が使えないもので....母が帰ったらなんとかしてもらえるように話してみますので...」


 周りを見渡すと、ウィルの近くには一番年上のミーシャが、少し離れたとこらからダリスが顔を覗かせていた。クロエは見つからない。


(....避けられているな... まあ仕方がない...か?)


「お母さんがいるのか?」


「はい... この家には私、ミーシャと妹のクロエ、弟のダリス。そして母のヘレンがおります。」


「ああ.... もし答えられなければ答えなくて構わないのだが.... お母さんはお仕事中?」


「....あ.... ええ そう... そうですね.... 今は仕事中だと思いますが、もうじき帰ってくると思いますよ...」


(歯切れが悪いな... あまり聞かれたくない内容のようだ...)


 その後、ウィルはミーシャにこの場所の現状をわかる程度で聞いた。どうやら予想通りここはコルノン市であり、スラム街の一角であること。そして、外は治安が悪いので外出は昼以外はなるべくしない方がいいとのことだ。詳しく聞くと、あまり言いたくはない様子であったが外はほとんどギャングの縄張りらしく、特に川の付近では抗争が激しいようだ。なのに何故子供の君たちが川なんかにいたんだと問いただすと、魔法が使えないので、危険でも生きていくために水を確保しなければならないからだと教えてくれた。


(回復魔法が使えない俺はなんとしてでもここのお母さんであるヘレンさんに回復をしてもらわねばならないな...)


 ウィルは攻撃魔法と生活魔法を使うことはできるが、回復魔法を使うことができない。そのため、マジックアイテムの『ホワイトバンデージ』などを使って傷を癒すのだが、生憎川に流されているときにどこかへいってしまったようだ。


 ウィルはヘレンが帰ってきたときにミーシャ達が回復するよう説得してもらうため、すこしでも自分の価値を今のうちに上げることにする。


「ミーシャ。お母さんは魔法を使えるのか?」


「はい。回復魔法のみ使えます」


(これはラッキーだ)


「なるほど... では君たちが危険を冒してまで水を汲みにくのはやはり仕方がないな.... うっ!... ああ気にしないで.... それよりもバケツとかあるか? 水を貯められるような」


 ウィルがミーシャに問うと、ダリスが奥からバケツを持ってきてくれた。


「おお... ありがとうな....ダリス.... では... 見ててくれ......<凝縮>」


 ウィルの右手付近の空中に霧のような白い靄が立て始めた。すると、その靄から水が雨のように現れ、用意されたバケツに降り注ぎ始める。


「うわー!」


「....すごい」


 ダリスとミーシャは同時に声を漏らした。


(いや...これただの生活魔法なんだけど... まあ...素直でうれしい)


 攻撃魔法と生活魔法は同じ魔法のように見えてかなり性質が異なるものであると昔、治安維持兵の訓練生だった頃に聞いたことがある。攻撃魔法は己の魂を仮の魔力に置き換え、その魔力を動力源とし、力を創造する。それに対して、生活魔法は身の回りに存在する自然現象に直接介入し、その性質を利用する。攻撃魔法は習得が難しいがその分応用性がある。そして、生活魔法は習得が簡単だが、利用できる事柄が少なく不変だ。


 ソウルポリスにいた住民なら最低でも生活魔法はほぼ全員が使える。というか、攻撃魔法を使える者も多い。これは住民というか政府関係者が多い所為でもあるが、魂を仮の魔力に置換できる人間が多く存在することからも市の名前に(ソウル)が付くくらいだ。


 ダリスを救ったときは攻撃魔法を使用していたから、生活魔法ごときで驚かないにしても、実用性があることに共感してもらえたらという程度の考えだったが、ウィルの予想以上に好感触を得られた。


 そんなこんなでダリスとミーシャに生活魔法を少々自慢げに話していると、ギーという音が玄関口から聞こえてきた。


「母さんが帰ってきた...」


 ダリスが呟く。


 勝手に家に連れて来られたウィルであるが、この状況を知らない母親はどんな表情をするのだろうか。あまり母親の仕事について聞かれたくない様子であったのを思い返すと、居心地がよくない。


 だんだんとボロボロな木でできた床を歩く音が近づいてくる。


 そして、


「ただいま..................!?? 誰!?」


 明らかに目を見開いて驚いている母親、ヘレンとウィルの目が合った。


「おーーー」


 そしてウィルが説明を開始するよりも前に、ダリスが勢いよく母親に言う。


「僕と姉ちゃん達を助けてくれた人だよ!!」


「....助け.... !? なっ 何があったの?」


 驚くのも当然だ。子供は文脈を気にせずに言いたいことを先に言うからだ。だが、その方がわかりやすい場合もあるにはある。


 困惑しているヘレンにミーシャがダリスに代わって先ほど起きた一連の流れを説明した。ウィルはただ黙ってそれを聞いていた。途中で話に割って入っても良いことなどない。


 しばらく、ミーシャの話を所々質問しながら聴き終えたヘレンは、床に寝そべっているウィルに対して、母親らしくお礼を述べた。そして、話はウィルの怪我について流れる。


「確かに私は...その...回復魔法を少しは使えます。ただあまり上手くないので、その傷だと数日は回復までかかると思われますが... 大丈夫でしょうか?」


 ヘレンはウィルのことを気遣っているのだろうが、本心はあまり長く家に居て欲しくないのだろう。子供を助けてくれた恩人を無下にはできないが、恩人自身から断ってくれることに期待しているようだ。


 ただ、


「俺は大丈夫です。回復をしてもらえると非常に助かります。その分は生活魔法が使えるので、それでお返ししたいと思っています。迷惑でなければですが...」


「...子供達を助けてくださったばかりにそこまでして貰っては申し訳ないです。ただ、なにぶん恥ずかしながらこの家はとても貧乏なものでして、ありがたく頂戴いたします。」


 となりで母親であるヘレンの話しを聞いていたミーシャが何やら言いたげな様子であったが、彼女も現状は理解しているのだろう。特に反論はしてこなかった。


 そして、ヘレンが続ける。


「ミーシャ、ダリス。私はこの人と話すことがあるから、あなたたちはクロエのところに行きなさい」


 急にウィルと話していたときよりもワントーン下がった声色で子供に話すヘレンにウィルは少し恐怖を抱く。


(女性のこのギャップは今だに慣れないな...)


 その後、子供達がウィルが寝ている部屋から出て行ったことを確認すると、ヘレンが回復魔法を唱えた。


「<免疫向上>、<麻酔>、<皮膚縫合>.... これで少しは良くなると思います。一度に何度も魔法を使えないので続きはもう少ししてからですね...」


「ありがとうございます」


 すぐに効果があったのか、それとも脳の間違いか、痛みが緩和された気がした。


「....子供達を襲った者達は死にましたか?」


「ええ」


 ヘレンが深く息を吸い込む音が聞こる。


「この街では毎日のように死人がでます。これはウィルさんもここまで来れば分かるでしょう。ただ、ギャングの死はその辺の者の死とは違うんですよ....」


「厄介事を引き起こしたと?」


「言いにくいんですが、否定はできません。それに..... ハア ハア ハア ハア ヒュッ! ハア ハア」


「!? どうしました!? 大丈夫ですか?」


 突如、話の途中でヘレンが呼吸を荒げ始めた。そして、とても苦しそうだ。胸を叩いて抑えようとしている。


「ヘレンさん!?」


 ヘレンはウィルに手で大丈夫だと止めると、部屋の扉を開け、隣の部屋に急いで出て行った。


 開けっ放しの扉から隣の部屋でヘレンが何かを狂ったように探している様子が垣間見える。


 そして、そのヘレンが戸棚から見つけた物にウィルは己の目を疑った。


(あれは...『天国草』!?)


 ヘレンはすり潰され加工した天国草の粉を一気に鼻から吸引したのだ。


「ゴホっ!ゴホっ!ゴホっ!ゴホっ!」


 咳き込みながらも天国草を吸引したヘレンはそのまま地面へ腰を下ろし、呼吸を整え始めた。


 呼吸を安定させたヘレンがしばらくしてウィルのところへフラフラと歩いてきた。


「すみません.....取り乱しました..... もう....大丈夫です.....」


 落ち着きを取り繕ってはいるが、ヘレンの目が先ほどよりもトロンとしている。


(ヘレンは中毒者か.... )


 心の中でため息が止まらない。


「あまりよろしくはないとは....思いますが.....」


 ウィルの気持ちを察したのだろう。もう隠すことはできないとヘレンは少し開きななおったようだ。


「まあ...この際だから....全てお話しましょう。私もギャングの一員なのです....」



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