第二話 「殺人」
「...ろ! お前...かに.... ね...ちゃん... ... て... るか!....やめ....」
ウィルの脳が何やら近くで叫いている思われる男?というより男の子の声を微かに認識をし始めた。
(ここは... どこだ? 天国?.... にしては物騒な言葉が聞こえる.... 俺のした事を考えれば... 地獄か?)
(.... 俺が信仰者の真似事をするなんて...な)
今おかれている自分の状況を未だに把握できていないウィルであったが、徐々に思考が回り始めた。
「うる...あ!... となし... ろや!.... これだ... ガキは嫌...んだ...よ」
(あれ?さっきのは男の子の声だと思ったんだが..... これは... なんだ.... どこかのチンピラか?)
(クソ! 身体中が痛む....)
今まで閉ざされていた体の感覚が思考の回転から少し遅れて伝わってきた。
どうやらウィルはまだ生きているようだ。
55との戦闘の際に受けた身体中の傷の内、特にダメージが大きかった部分の腹部の感覚がなかった。それよりも感覚の未だない腹部の周りを伝う神経が悲鳴をあげている。まだ活動している神経がウィルに激痛を伝え続けているが、これは正常な働きをしている神経に感謝すべきなのか、それとも激痛を運ぶのならいっそ腹部のように死んでくれた方が良いのかわからない。
痛みを感じながらも、ウィルは己の体が思うように動くのか確認をし始める。
まずは、目だ。おそらく自分の近くで起こっているであろう出来事を認識することが、現段階では最優先事項だと判断したため....というより瞼を開けるという動作が最も簡単だと本能的に感じたためである。
ウィルはそっと瞼を開けた。
どうやら目の方は正常に作用しているようだ。
そして認識する。
ウィルは今地面に仰向けで寝そべっているということを。
ウィルの近くで先ほどのチンピラと思わしき男性が片手で男の子を担いで、青い方へ向かっているということを。
青い方.... 耳からは今目の前で繰り広げられているチンピラと男の子の声以外に、水が流れているせせらぎが聞こえることからおそらく川か湖、もしくは池の方だろう。
(意識が戻ったと思ったら...まさに今...事件勃発中か?)
このまま痛みに耐えながら死んだふりをしてやり過ごすか....それともあの男の子を助けるか.....
それとも男の子より強いあのチンピラ側につくか....
模範となる正義の行動の教科書には男の子を助けるという項目しか書かれていない。
しかし、ここの状況が分からない以上、強者であるチンピラ側につく方がメリットがあるかもしれない。レジスタンスのメンバーになるのであれば悪人であったとしても多少は目を瞑るべきーーーー
(俺は今やレジスタンスリーダーではないのだ..... ただの敗残兵.....)
レジスタンスではないただの男。ウィル・クェーサー。
ただの男であるならば、余計な事情を考えることは必要ない。己が正しいと思う行動をするまでだ。
(エマに聞いたら....どう思うだろうか.....)
つい先日まで、ウィルの側にいたはずのエマのことをふと思い出し、ウィルは口元を緩ませた。
どうやら、目、耳に続いて口も正常に動くようだ。
ウィルの意は決した。
男の子をとりあえず救うと。
但し、下手に起き上がろうとすると上手く相手に気づかれることなく起き上がるのは難しいかもしれない。
そんな確定ではない事実ーーー己の体の動作について不確定要素を抱えたままチンピラを排除することは良い選択とは言えない。
そう考えたウィルは、右手がまだ痛みを抱えながらも動かせることだけを確認すると、
地面に寝たままの状態で右手をチンピラの方へ向け、魔法を唱えることにした。
「<小突撃風>」
ウィルの右手から徐々に圧縮された空気の線が伸び始める。空気など勿論目で見ることなどできないが、空気中に浮かぶ埃や小さな浮遊するゴミがトグロを巻き始めることでなんとか確認できた。そしてその回転数が急激に上昇し始めると、気体分子の乱れのせいかはたまたこの魔法独特のものなのか分からないが、空気の線に当たる光が僅かに屈折し始めたことにより、目で生み出された空気の線の存在をますます感じられるように成長し始める。
それを確認したウィルは地面に横たわった状態のまま空気の線をさらに伸ばし、今まさに男の子を川へ放りだそうとするチンピラの背中に突き刺した。
「グハッツアアア!」
チンピラは微かに不意に直撃された衝撃により、口からチンピラらしからぬ間抜けな声....というより息を吐き出した。
そして、片手で掴んでいた男の子を掴む手に力が入らなくなり、男の子が落下する。
その子はもがいていたが、急に落ちてもさほどの高さではないので怪我なく落下し、チンピラに何が起こったのか理解は出来ないながらも距離をとっていた。
小さいながらもさすがだ。
ウィルが思う予想通りの年齢の男の子であれば、その場に泣き崩れるか発狂してもおかしくはない。
何故なら今まさにチンピラを貫いている空気の線が、チンピラを構成していた内臓とその内臓に送っていた新鮮な血を体内から竜巻のように巻き取っている最中であるからだ。
子供に見せるような状況ではない。
もしかしたら、このチンピラと男の子は単に喧嘩していただけで本来は仲が良いのかもしれない。
ただそのチンピラがウィルをどのように扱うかは分からない。そんな一抹の不安と子供を助けなければという流れの文脈を一切考えずに、ウィルは男の子に乱暴しているチンピラの命を奪ったのだ。
これはももう賭けだ。
男の子が命を落とす瀬戸際であったという。
チンピラを殺しながら、ウィルは殺す前には全く考えていなかった心配事を頭に思い浮かべていた。意識が戻ったばかりで判断力が曖昧だったとしてもやり過ぎたのではという後悔と、微細な罪悪感がウィルを襲う。
その嫌な可能性を振り払うがごとく、ウィルは発動中の<小突撃風>に力を込める。一応、男の子を巻き込まないように<突撃風>よりも威力と範囲が小さい魔法を選んでいる。
まあもはや自己満足なのかもしれないが。
すると、チンピラを貫いた空気の線が大きくなる。
そして、空気の線はチンピラを川の方へと貫いたまま運んで行った。
吹き飛ばしって行ったの方が正確かもしれない。
僅か数秒の間に、チンピラの間抜けな声以外は全く音も立てずに、男の子に乱暴を働いた奴はこの川岸らしきところからは消えていた。
(....やってしまった.....)
ウィルは痛む首の事は気にもせずに急いで男の子のほうへと顔を向けた。
(これが俺の勘違いであったらかなり不味い....)
「....うわっ!!?」
ウィルと目があった男の子は小さな声で悲鳴をあげる。大声を出すほど既に余裕がなかったのか....
(この反応は.... 失敗だったか....殺すのは....)
先ほどよりも大きな後悔と罪悪感がウィルに襲いかかってきた。
(俺は....何をしてしまったのか....)
落胆していると、
「.....生きていたの?」
男の子が今尚驚きながらも目を見開かせて、興味津々にウィルの顔を覗き込んでいた。
それには、こちらとしても驚き返してしまう。
「ああ....今....起きた.....うっ!」
意識を取り戻してから初めて言葉を発したウィルであったが、忘れかけていた痛みが喋り出した同時に襲ってくる。
「...大丈夫?」
この反応はさらに驚きである。もしかしたら殺したのは失敗では無かった可能性が...
そこまで考え込んでいると、再び掛けられた男の子の声によってウィルは我に返る。
「...あの...ありがとう...助けてくれて.... あっ! 姉ちゃん達が.... 襲われたんださっきの奴に...もう一人すぐ近くにりうの....助けて!」
若干噛みながらも急いでウィルに話し掛けてくる男の子の言っている内容全てを把握することができなかったが、どうやらチンピラが乱暴していたのは本当で、殺したのは間違いではないようだ。そして、もう一人のチンピラが男の子の姉を襲っているのだろう。
「わーーー」
まあある程度状況を読み込めたウィルは安心させようと声を掛けようとしたが、すぐさま男の子に遮られてしまった。
「奴がこっちにくる....」
(こっちにくる?... なあ もう来るのかい!)
地面に寝ている場合ではないと、ウィルは起き上がろうとする。
全身の神経が運悪く、活発に活動し、激痛を伝えてきた。
ウィルはそれを無視し、強引に立ち上がった。
体を支える二本の足は、生まれたての子馬のようにブルブルと震え始め、まともに立とうとするが足になかなか力がかからない。
なんとか体を支えようとウィルは近くにあった大きめの岩に体の半分を預けながらなんとか立つことができた。
自分自身不甲斐がなかった。立つこともままらないとは。
すると、男の子が言った通りもう一人のチンピラが現れた。
川岸が斜めになっていたので、死角になっていた上の方から来たのだろう。向こうもすぐにはこちらに気づいてはいない様子だ。上から見れば岩以外の川岸は割と見渡せるとは思うが、先ほどウィルが死体のように地面に転がっていたのが上手いこと隠れられていたのかもしれない。
「おーい チック どこに行ったんだ?」
チンピラがどうやらウィルが殺した奴を探しているようだ。
(間抜けな野郎だなと思ったが....チックとはな...名前の通りダサいやつだったな 殺して正解か....)
ウィルは邪悪な心が己の内に湧いたのを忘れ、ブルブルと今だに震える足を殴って喝を入れてみたが、どうにもならないようなので、チンピラの方へ歩くのを止め、相手からこちら側に来させるように話しかけることにした。
「....あいつ....は...チック...って言うの...か っ!...ダセえな....」
全身を襲う痛みに耐えながら発した言葉は相手にダサいと言いながら、自分の方がダサい感じになってしまったがどうやら相手の気を惹くことに成功したみたいだ。
「ああ? なんだお前生きていやがったのか? チックはどこに行った?」
(間抜けな質問だ...死んだに決まってるだろう...周りの血を見てみろ)
ウィルは先ほどチックと呼ばれるチンピラを殺したことに後悔と罪悪感を覚えたが、目の前にいる間抜けなチンピラ第二号をみると前言撤回したくなった。
(確かにこんな奴らに子供が襲われたと考えるとムカつくな...)
さてどうしたものかとこれからこのチンピラをどう殺そうかと考えていると、ウィルの後ろに隠れていた男の子が予想外にもこの状況で喋り掛けてきた。
「そいつが姉ちゃんをやったさっきの奴の仲間だ! やっちゃえ!!」
(また余計なことを....あああ こいつから先手を打ってきちゃうじゃん)
見るとチンピラが腰にぶら下げていたナイフに手をかけているところだった。
そして、ナイフを抜いたチンピラはまたもやウィルの予想を反して魔法を唱えてきたのだ。それもウィルが知らない魔法をだ。
「<豪鋭剣>!」
(戦闘慣れしてんな こいつ すぐに間合いに入ってきやがった)
ウィルは内心焦っていた。
チンピラだと甘く見ていた男がまさかの魔法を行使してきたことに....
だが、それだけだ。
それ以上は感じられない。
「<風切り>!」
ウィルはこの間合いで放つにはオーバーキルとも思える魔法を発動した。
さきほどの<小突撃風>にも似ている空気の線で切断することにしたのだ。
だが、威力は桁違いに大きい。本格的な戦闘で使用するウィル愛用の魔法である。
それは相手を侮ってしまったとことの詫び、そして敬意を込めて
殺すことに決めたウィルの判断である。
自分から突っ込んできてくれたチンピラには感謝の仕様が無い。
助けると言った男の子にも自分からスムーズに動けずにチンピラに殺されるのは、申し訳ない。それ以上に恥だ。川に己の父親に放り投げ出せれた時点で死んだと思っていた命がまだ繋がっているのだ。こんな風に繋がった命を消すのは勿体ない。
そして、名前の知らないチンピラは死体へと化した。




