第三十八話 「ウィル・クェーサー vs バウンティハンター」
ホンブル市闘技大会が開催されているネイタウンにはウィルが見慣れた光景は今は広がっていない。昼間から外を徘徊していた数人の老人達の様子は見えず、目の前にはソウルポリスさながらの喧騒と活気に満ちた観光客と商人達の会話で溢れかえっている。
闘技場の外にいる者達を警戒するため、ウィルは警備という名目で徘徊していたのだが特に違和感のある光景は見当たらなかった。天国草などの違法薬物を転売しているという噂があったがウィルは見つけられていない。
ウィルは今やデヴォルカス連邦共和国に反乱するレジスタンスのリーダーだ。相手側からしたらテロリストである。しかし、そんな大層な名称をつけられているウィルであるが、実のところ他のレジスタンスメンバーから比べると対してスペックが高い訳でもない。ただの左腕を無くした元ソウルポリス治安維持兵に過ぎない。そんなことはウィル本人が最も理解している。というか、ウィル自身が一番他のメンバーよりも気にしているのだ。
ジーンは『悪魔』とまで治安維持部隊に恐れられたレジスタンス最強の魔法の使い手。
恋人と言ってしまっても過言ではないエマもメンバーでは唯一マジックアイテム製作ができる職人。
親友であり同じ職場の同僚でもあるロルトは幻術が使える貴重な戦闘兵。
ノックと愛馬のフォスは競馬界のレジェンド。
そして新たに加入したメンバーも他には類を見ないスキルを保有した者が多い。
今、ウィルからリーダーという肩書きを外されたら一体何が残るというのだろうか。
そんな不安からか、今日の闘技大会に至るまでの間ウィルはコツコツとジーンから新たなスキルを身に着けるため、攻撃魔法の開発を行っていた。
覚えているだろうか。以前ウィルがジーンとホンブル市自然区域に生態系のバランスを崩しに行った際に出会った川の下流にある三角州に生息していたモンスターを。ナマズ型生物。今は設立された冒険者ギルドによって『マッドキャットフィッシュ』という名称が付けられている。
『マッドキャットフィッシュ』はウィルとジーンとの戦闘の際、三角州の泥を自由に変化させていた。この『マッドキャットフィッシュ』固有と思われる攻撃魔法をウィルはジーンと共に人間でも使える攻撃魔法に改良していたのだ。
治安維持兵の頃、攻撃魔法は教官から教わったものしか会得出来なかった。火系、水系、雷系、風系、土系攻撃魔法は治安維持兵独自のマニュアルに基づいた攻撃魔法なのだ。改良や芸術作品を生み出すのが好きなウィルは教わった攻撃魔法以外のものも独自で作り出そうと試みたことがあったのだが、改良は成功するが何故かオリジナルの攻撃魔法は全く形にならなかった。
しかし、レジスタンスとなりジーンと攻撃魔法を開発したところ、何故だかオリジナルの攻撃魔法作成に成功したのだ。
ジーンは自由に魔法を操れるのに対して、ウィルは治安維持兵を辞めてから魔法に対する考え方が変わり、魔法を開発できるようになった。ジーンはウィルは何かしらの魔法で縛られていたように見えたとも言っていたのだが、真相は今だに闇に包まれたままだ。
街を歩きながらそんな面倒なことを考えていたウィルはロルトと落ち会うため、街から少し離れた川沿いに向かう。
この川は自然区域から流れてきた幾つもの支流が合流しており、なかなかの川幅を持つ。対岸までは小さな船を利用しなければ渡れないほどだ。そのため、わざわざこんな闘技大会真っ最中に川まで訪れる者は少ない。川を辿って行くと大きな滝が待ち受けて、ちょっとした観光名所にもなりそうな場所もあるが治安の悪いコルノン市の領土に近いため人数も少ない。そんな理由でロルトと落ち会う場所に指定したのだ。
周りを見渡したながらウィルは人がいないことを確認すると、岸に備え付けられていた歩くと軋む音がするボロボロの桟橋を渡った後、転覆しないように慎重に船に乗り、船内に置いてあるオールを取り出して船を発進させた。
若干川の流れが早いとも感じたが、人力の船は流れに負けないように川を斜めに横断する。
やっとのことで対岸付近まで辿りついたウィルは船を固定させるため、右手でオールを抱えたまま対岸に設置されていた桟橋に左手を伸ばした。
すると、
ドカーーーン!!!
ウィルが触れた桟橋が爆発し、桟橋と船、それからウィルの義手の左腕が一瞬にして吹き飛ばされた。
船から飛ばされたウィルは川へ大男に投げつけられたかのごとく勢いよく落水し、咄嗟のことで口を開けてしまったのか川の水がウィルの口内、胃を埋め尽くし始める。
飛ばされた桟橋や船の破片が降ってくるが、ウィルはそんなことを気にしている余裕もなかった。直撃する破片の痛みを感じないまま必死に右手と足をバタつかせて水面を探す。
だが、思ったよりも川の流れに抵抗できず、水中をただ流されていく。
グハッアアアアアっ!
体内の酸素量がみるみると無くなっていくのが感じられた。
(このままでは....ダメだ...)
ウィルは必死に体を動かすが、むしろ逆効果のようだ。体はなかなか水面に上がらない。
ウィルの体が川の流れに負け上下反転した。目の前には先ほどの淡い空模様は見えず、泥で視界が閉ざされる。
(....泥!!)
(<巨人の手>!)
ウィルが藁にもすがるような思いで覚えたての攻撃魔法を自身に放った。
すると、
川の下の泥がみるみると形を変え、ウィルに接近し始めた。接近した泥の塊はウィルに衝突した後も動きを止めず、ひたすら上へとウィルの体を持ち上げ、
突如、川から泥に下から押されるようにして、ウィルの体が飛び出した。
宙を舞うウィルは受け身を取る前に対岸に落とされる。衝突した痛みが全身を駆けるが不幸中の幸いか体に溜まった水が衝撃で外へと吐き出された。
「グッホッ!ハア....ハア ハア ハア ハア!」
地上にいては感じられない呼吸ができるという喜びを噛み締め、ウィルはゆっくりと右手を支えにして起き上がる。
「ほほう.... 意外と渋とい奴だな。あれで死ぬと思ったんだが.... まあ首を取れないよりはマシか」
頭に酸素を補給中のウィルでもはっきりと聞こえた。
男の声だ。先ほど対岸には人がいなかったはずなのに.....
そして、声のする方へ顔を向けると
そこには、顔にサングラスと呼ばれるマジックアイテムを掛け、首には銀色のスカーフを巻き、手にはこれまた銀色の厚い手袋をはめた男が立っていた。
ウィルはここで話をする必要はないと悟り、瞬時に攻撃態勢へと切り替える。
その様子を感じたのかサングラスの男も腰に手を当てた。その腰付近には『レールガン』と呼ばれるマジックアイテムが装着されている。
ウィルは治安維持兵時代あまりマジックアイテムの知識は詳しい方では無かった。だがエマと話している内にソウルポリスにないマジックアイテムについても一通りは知るようになっていた。特にレアなマジックアイテムは覚えてしまう。
そうこの『レールガン』と呼ばれる鉄の塊の事もだ。
『レールガン』は所有者の特性に左右されず、誰でも雷系攻撃魔法を放つことができる代物だ。しかも『レールガン』が放つ電撃光線の威力は絶大であり、ウィルが新たに習得した土系攻撃魔法では部が悪い。攻撃の速度はマジックアイテム最速の上、マジックアイテムでの防御も間に合わない。
ウィルは『レールガン』を発動させないように、相手の態勢を崩すことを優先する。
「<突風>!」
ウィルの右手から放たれた高速回転した空気の塊がサングラスの男に直撃したかと思われた。
が、
正面にいた男の姿は無かった。
「いきなり攻撃すんなや 自己紹介してないだろうが!」
サングラスの男はウィルの上にいたのだ。詳しくは人間三人ほど重ねた位置に浮遊していた。よく見るとサングラス男の足裏から何やら青白い炎が吹き出している。おそらくなんらかのマジックアイテムだろう。ウィルの知らない物であることは確かだ。これならウィルが先ほどサングラス男を見つけられなかったのも頷ける。上空にいたのだ。
ウィルは話をしないという作戦を一旦保留させる。
「お前が言うな! 突然爆破してきておいて」
サングラス男はウィルの返答にニヤニヤと薄気味悪い笑顔を浮かべ、
「それは失礼 だがこれも仕事なんでな。早く首をくれ。残業はしないタイプなんだよ」
「バウンティハンターか」
「ハハハッツ! 正解!! 俺は55。この俺からは逃げることは不可能だぜ 政府が探しきれないレジスタンスリーダーをもう追い詰めているのだからな」
「勝手にしろ」
「おうよ」
その言葉を皮切りに二人は同時に攻撃を再開させた。




